第34話 お茶会
今日はナメクジくんと久々のお茶会。上司の飲み会の誘いを断ってまで参加したお茶会は、すっかり常連扱いになっているいつもの店で開催される。今回で何度目のご来店になるだろう。というわけで今日の注文はカツサンド、コーヒーを食後に。いつもパスタじゃ飽きが来るからな。
「私はペペロンチーノと、食後にパフェ」
「かしこまりましたー。ご注文確認させていただきますね。カツサンドとペペロンチーノと、食後にホットコーヒーとパフェ。以上でよろしいですか」
「はーい」
伝票を持ってスタスタと歩いていくウェイトレスの後ろ姿……主によく締まった下半身を見送って、イイものを見たと心のなかで微笑んだら、ナメクジくんと向かい合う。
改めて、ナメクジくんて美少女だよな。顔よし。スタイルよし。モデルやっててもおかしくないくらいの完璧美少女だ。ゲーム中での初対面がアレなせいで全く異性としての認識がないけど。年齢的に異性として見ちゃまずいので助かるんだが、ときどき自分がノーマルじゃないのではと不安になることがある。だからこうやって時々確認してる。
大丈夫、ノーマルだ。
「ところでイベントどうだった?」
「地平線まで埋め尽くして、津波じみた量のアリを皆殺しにする忙しいイベントだった。迫りくるアリ共をちぎっては投げちぎっては投げ、まさにパイル無双といったありさまで近づく敵を片っ端から風穴空けて最終的に自分に爆弾くくりつけて敵の女王アリごと吹き飛んできた。あの勇姿を君にも見てもらいたかったなぁ」
「うわぁ、参加しなくてよかったぁ……」
その場面を想像してしまったのか、ひどく顔をしかめるナメクジ君。しかめっ面もかわいいよ。ところでツッコミはないんだろうか。それとも俺ならやりかねないとでも? まったくひどい奴だよ君は。
「俺は楽しかったぞ」
「私はアリが、というか虫全般がムリなんだって……知ってるよね?」
知ってる。地下基地攻略作戦中に何度も聞いたし、ということで頷いておく。
「だから参加しろとは言わなかっただろ。お前が居ないと静かなせいでちょっとだけ寂しかったけど」
「なに。私がうるさいって言いたいわけ?」
「違う違う、そうじゃない。居てくれたほうが嬉しいって意味だ」
「あ……ふーん。そうなの」
若干顔が赤くなって、照れているように見える。ご機嫌取りには成功したようだ。ついでにごまかせた。俺の舌も捨てたもんじゃないな。
「おまたせしましたー。カツサンドとペペロンチーノでございますー。食べ終わりましたら呼んでください。デザートとコーヒーをお持ちしますのでー」
「あ、ごはん食べよ! ごはん!」
「うんうん。そうだねー」
揚げたての分厚いカツに味の濃い甘めのソースをかけて、薄いけどしっかりと存在感のあるパンで挟み込んだカツサンド。一口かじれば、ジューシーな肉汁あふれる豚ロースと、揚げたてザクザクの衣。カツにあうように作られたソース。柔らかくて、ほんのり甘みがあって、小麦の香りがするパンが口の中で一つになって……うん、とてもおいしい。大当たりだ。
そして普通に一食分のカロリーはあるであろうボリューム。コーヒーと合わせて600円は値段以上の価値があると思う。
「……ところでそーいちさん。私またクラスの男子に告られちゃって……もうウンザリなだよねー」
「ん。モテる女は大変だな。っぐ」
スネを蹴られた! イタイ! ナンデ!?
「ゆっくり食べないと喉に詰まっちゃうよ?」
そしてこの女神の如き微笑みである。どうやら求める返事と違ったらしい。
「すまん財布を忘れ……冗談だよ。髪型変えた? コレも違う?」
テーブルの下で脚が動く気配がしたので慌てて返事を考えるが、今度は足をぐりぐりと踏みつけられた。イタイ! ヤメテ! そういう趣味はないけど目覚めちゃうかもしれないから!!
「鈍いねー」
なんなんだ、いったい何が不満なんだ。視線で抗議してもナメクジくんは語らない。
「……お兄さん大人だから今どきの子が考えることなんてわからないよ」
とんとん、と彼女がテーブルの上に置いたスマホを指先でつつく。その後にピロン、と自分の携帯に通知のバイブレーション。内容は、目の前の少女からNINEメッセージだ。
目の前に相手がいるのに口頭で伝えず、こういうことをするときは大抵、聞かれると困ることだったりする。
『恋人のふりをしてほしい』
『なんで』
驚きの内容に一瞬目を丸くし、すぐに平静を取り繕う。周りに悟られては困るなら、都合に合わせてやろう。
『周りを見ればわかる』
なんのことだか、と思って眼球だけを動かして左右と正面と、窓ガラスに反射した風景を見てみる。そういえば今日はやけに学生客が多い。比率は、男子生徒が七割。女子生徒が一割。その他の大人が残りの二割くらいか。
……なんとなく察しがついた。
『飢えた野獣の群れに囲まれてるわけか』
狼の群れの中に美味しそうな羊が一匹。よく食われなかったもんだ。
『そーいちさんと会ってたら噂になって。断る口実に使わせてもらってたら、自分の目で見るまで信じないってついてきちゃった』
『俺に何の得があって』
『役得だと思って。カワイイ私を助けると思って。お願い♡』
画面を手元に引き込んで周りから見えないようにして、一瞬返信を確認したらブラインドタッチ、指の残像が見えるほどの早業でフリック入力をする様はまさに現代っ子。
『具体的に何をすればいい』
恋人らしい行為で真っ先に浮かぶのが、キス。口づけ、接吻……呼び方は色々だが、示す意味は一つだ。いくら海外じゃ挨拶みたいな行為でも、ここは日本で、日本でそれをするのは極めて犯罪に近いしそもそもそんな間柄じゃないのでナシ。
じゃあ他に何をするんだろう。
「はい、あーん」
なるほどその手があったか。ちょっと女の子と付き合った経験がないからわかんなかったよ、ははは。
「なぁ……別のにしないか。それはちょっと……いやかなり恥ずかしい」
「コレ以外になにか名案でもあればよろこんでそうするけど」
「……いや、ない」
「こっちも恥ずかしいの我慢してるんだからそっちも我慢して観念して口開けてー」
「あー……んがっ!!」
そして激痛。反射的に口を抑えて、フォークの先に少し巻き付けられたパスタは口に入った。
「美味しい?」
「……ひのあひがふる(血の味がする)」
恥ずかしいのはわかる。なるべく早く終わらせたかったのもわかる。でもフォークを勢いよく人様の口に突っ込むのは危険だからやめようね! たのむよ! 歯茎に刺さった!
「ご、ごめん……!」
「今日はそっちのおごりだな……」
「学生にたかるって、大人として恥ずかしくないの?」
「慰謝料には安いもんだろ……」
「しょうがないにゃぁ……もう。パフェ一口あげるから許して」
口の中を血まみれにされたのを千円くらいで許してやるって言ってるのに、それさえ値切るとは。
「許さん。口を開けろ。あーんだ、あーん」
新しいフォークでパスタを巻いて、ナメクジ君の前に突き出す。どれだけ俺が恥ずかしい思いをしたか。同じ苦しみを味わえ。よく噛んで食べろ。
「ひぃ、許してぇ」
「ダメだ。食え」
「許して……ホントに悪いと思ってるから……」
「食わないならお前を傷害でサツに突き出してやる……冗談じゃないぞ」
もちろん嘘だ。こんな最高にくだらないことで警察が取り合ってくれるわけないだろ。彼らもそんなに暇じゃない。
「お、大人げない」
「大人はみんな大人げないもんだ。いい勉強になったな?」
さあ食え、冷めない内に食え、とナメクジ君の前でフォークを揺らす。
「……あー、む」
「美味しいか?」
「……むぐ。恥ずかしくて味なんてわかんないよ」
「そうか。残念だったな」
その後は普通に食事を済ませて、コーヒーとデザートをそれぞれ堪能し終えた頃には。席を埋め尽くしていた男子生徒は一人も残っていなかった。女子生徒は何人か居て、こっちを見てキャーキャー言ってたけど。店の迷惑になってたら申し訳ないなぁ。




