第33話 黒い津波(終)
『十秒後に砲撃を開始する。防衛ライン上に居る奴、今すぐ後退しろ』
「もうそこまで進んだのか」
アリの群れのど真ん中で二度目の大立ち回りをして無双ゲーを楽しんでいたら、頭からの無線で警告が入る。まだパイルの残弾には余裕があるけど、砲撃に巻き込まれてスクラップは嫌なのでブーストを使って脱出。アリは酸という飛び道具を持っているが、未来位置を予測しての偏差射撃をする知能はないので高速で動いていればかすりもせず、全く怖くない。
悠々と敵上空を飛び越えて味方陣地に帰着。
「お早いお帰りで。気は済んだか?」
「まあまあな」
もう少し暴れたかったが。アリンコと心中するつもりはない。
「今から戻ってもいいんだぜ?」
「遠慮しとくよ。補給してくる」
ドォンドォン、と遠くから雷が落ちるような音が何十と重なって届き。ひゅー、と気の抜ける落下音が空から聞こえてくる。視線をアリの方へ向ければ、小さな黒い粒がアリの群れの中へ落ちていき……爆発……爆発。爆発、また爆発。地上に爆炎の花が咲き乱れては散っていく。一発ごとにダース単位のアリが消えていく。その砲火に晒され、それでもなお突っ込んでくるアリの群れは、まさに飛んで火にいる夏の虫。季節は夏でもないし、飛んでもないし、飛び込むのは虫じゃなくて砲弾だけど。
あの中に戻るなんてのは、自殺行為以外のなんでもない。
「行きたいならリーダーが行くといい。楽しいから」
「冗談だよ」
今も激しい砲撃が続き、砲弾のゲリラ豪雨がアリを地面ごと耕している。
後方陣地から前線へ。今もなお宅急便で送り届けられている砲弾は、範囲も破壊力も、アースの持つ豆鉄砲とは比べ物にならない破壊範囲と威力を持つ。直撃でなくとも至近弾一発で機体はバラバラ、当然アリもバラバラ。細切れになったアリだったものが爆風で空に舞い上がり、ぱらぱらと離れた最終防衛ラインまで降り注ぐ。傘がほしいな。
『支援砲撃はいまので最後だ! クソッタレのアリ共が一匹も動かなくなるまで油断するな!』
支援砲撃はたっぷり一分間ほど続いて、残ったアリンコどもの数は……未だに多い。千か、二千か、それとももっとか。数えるとなるとバカバカしいが、機関砲を並べて撃ち殺す分にはそうでもない。
多少食われはしたが、こちらの数は三十から四十。その数だけ砲があり、そこから吐き出される弾丸は毎秒何百発。アリンコどもは数に任せた正面突撃以外に能がなく、数の利を失って、その上距離を空けられたなら。あとはもう消化試合だ。陽動に出るまでもなく終わるだろう。
機体から降りて、補給車両の前に腰を下ろして戦火を眺める。一足先に休憩モードだ。
日も傾いてきて薄暗くなった戦場に、何千発の曳光弾が流星群のようにアリの方へと飛んでいき、全てのアリを撃破するまで攻撃は続く。
最初は地の果てまで埋め尽くす量だったアリも、今ではせいぜいバーゲンに積まれたお買い得商品。群がる主婦に取り尽くされるように、三分と待たず儚く消えていった。
-Mission Complete-
「おつかれーい」
ようやく終わった、と深呼吸。体の力が抜けていく。現実の体力を消耗することはなくても、集中していれば精神力は摩耗する。やってる最中は気にならなかったけど、アリの群れのど真ん中というのは自覚がなくとも圧迫感があったんだろうな。
「おう。おつかれ」
「おつかれさまー」
「みんなよくやってくれた。特にアヌスレイヤー、お前がMVPだ。胴上げするからこっちこい」
「疲れたんでログアウトさせてもらってもいいですかね」
「いいやダメだ。胴上げはやるぞ」
「えぇー。しょうがないなあ」
この後めちゃくちゃ胴上げされた。機体ごと持ち上げるってそんな無駄に凝った機能つけなくてもいいんじゃないですか運営さん。
ちなみに報酬は100万cr。熟練者なら有償のバトルロイヤルとかで一位を取ればすぐに稼げるが、初心者がこれだけ稼ぐには結構な労力がかかる。つまり、コレは熟練者にとってはお祭りミッションであり。初心者をターゲットにした救済イベントでもあり。初心者の皆さんはこのミッションで手に入ったお金で装備を更新してね、ということか。
……初心者のみんなには、今回大活躍したパイルをぜひ買ってほしいなぁ。悲しいかな、需要が少ないから価格も安いし。戦場がパイル装備した機体であふれかえる日が来るかなぁ。くるといいなぁ。
そんな感じで今日はログアウト。
ヘッドセットを外して、椅子に座ったまま伸びをする。今日のプレイ時間は二時間ほど、その間現実ではずっと同じ姿勢でいたのだから、体はバキバキに固まってるというもの。
「さて。こーひーいれるかー」
ストレッチをして、全身をほぐしながらリビングへ。テーブルの上に置きっぱなしになってたスマホで、コーヒーメーカーに命令を飛ばして。淹れてる間にメールの確認。メルマガと。上司からのと。それからなんとナメクジ君からNINEの通知。
……どれを一番に開いたかは言うまでもない。もちろん上司だ。何かマズイことでもあったら困るし……と思ったら飲み会の誘いだった。おごりなら、と返しておいて。次はナメクジ君のだが。こっちはいつものお茶会の誘い。時間は、おお。なんと飲み会と被るではないか。
ちなみにお茶会が夜にあるのではなく、飲み会が昼間からあるのだ。さあて、上司とJKどっちを優先するべきか。言うまでもないだろう、JKのお誘いだ。さっきの上司のメールに『すんません予定できたんでやっぱナシで』と送り直したら、ナメクジ君には喜んで。と返しておく。これでよし。さあて、今日は積んでた映画を消化するぞー。




