第20話 地下基地攻略 終
蟻の群れを一つ潰して、我々は洞窟のさらに奥へと侵入する。
その先に何が待っているかも知らずに……
「いや知ってるから。蟻の女王だよね」
ボンバーマンの予告風ナレーションにナメクジ君がツッコミを入れた。
「ノリがよくないなぁ。そんなんじゃ芸人にはなれないぞ」
「あんな暗黒業界なんて入りたくねえよ」
「ネタにマジレスぅ、そういうとこだぞナメクジくぅん」
「うるせえ。騒ぐなら戦場だけにしろよ爆弾卿」
最初に会った時とキャラがずいぶん違うように感じるけど。化けの皮が剥がれた……というと悪く聞こえるが、たぶんこれが素なんだろう。チームの一員として、俺がここに居ることに慣れてくれたことは、とてもうれしく思う。
心地よさを感じながら、戦場に似つかわしくないなごやかな光景を穏やかな気持ちで見守る。
「アヌスレイヤーさんは誰か好きな芸人居る?」
「テレビはあんまり見ないからなぁ」
好き嫌い以前にわからない。仕事を終えてから家に帰ったら、家事を済ませて映画見るか本を読むか、ゲームをするかの三択。どれも時間を食う趣味なので、テレビを見るといったら朝の天気予報とニュースくらいなものだ。
「流行は抑えとかないとモテないぜ?」
「恋人が居ないと死ぬわけじゃない、別にモテなくてもいい」
負け惜しみ、負け犬の遠吠え、言い方は色々あるが、自分で言っててみじめなことこの上ない。しかも現役JKの前だからむなしさ三倍増だ。畜生。
「俺だって好きで独り身じゃないんだ……同じくらいの年でかわいいフリーの子なんてそう居やしない……いたとしても職場の女性を食事に誘うとセクハラなんだぜ? もしあんたが学生なら、学生のうちにいい相手を見つけておくべきだよ」
「既婚者なんだなぁ、コレが」
「イヤミか貴様ッッ」
急激に沸騰した殺意に身を任せて、ガチュン、とパイルの炸薬を装填してボンバーマンに向ける。てめえのケツをガバガバにしてやる、覚悟しろ、と思ったところで。
「待て待て、ナニやってんだ馬鹿!」
ナメクジ君のツッコミ(物理)により頭部にダメージ。殴られたショックで正気を取り戻した。
「はっ!? 俺は、今何を……」
「爆弾卿も軽率だったぞ。こいつが拗らせ童貞かもしれないのに既婚者だなんて口にしちゃあ、挑発してるようなもんだ」
「童貞ちゃうわ! 経験くらいある!」
「……大声で言うことじゃないな」
「ぐぬぬ……」
そっちから振ってきた話だろうに。なんなのだこの仕打ちは。理不尽すぎて泣きそう。
「通報はしないでくれよ。BANされたら立ち直れない」
「安心しろ。こんなことで通報してたらキリがないからな」
「ほっ」
ルール・マナー違反で通報されて運営がギルティと判断すると、処刑隊と化したログボちゃん一個小隊が派遣されてきて、罪状に応じた回数殺されるという。家から一歩出たら即ミンチとかほんとコワイ。
「そういやナメクジ君はどうなの?」
「なにが」
「付き合ってる人は?」
「黙秘する。リアルのことを聞くのはマナー違反だぞ爆弾卿」
ごもっとも。相手が居ても居なくても、俺には関係ない話。この前リーダーと何か言ってたけど忘れた。
「それよりもう少しでボス部屋だ。準備はいいか」
「心の準備はイマイチ。でもここまで来たなら観念して進むしかない。散っていった仲間のためにもな」
ガトリング君はともかくリーダーはやられてないだろう。勝手に殺してあげるな。
「小物がいっぱいってのも悪くないが、大物相手の方が楽しみだな。ぶっ壊し甲斐がある」
「小物いっぱいは得意じゃないなぁ。弾が少ないし、囲まれると忙しいし。俺も大物相手の方がいい」
それか対人。
「前回はその小物を相手に無双してた気がするが。謙虚だなぁ。あ、イヤミじゃないよ」
「ボンバーマンでもできたんじゃないかな。群れ相手ならパイルより得意そうだし」
爆発武器は範囲攻撃で敵をたくさん巻き込めるからな。
「できないことはないけど。無傷は無理だわー」
「変態が二人……マトモな奴はいないのか」
「頑張れば誰でもできるって!」
「俺は変態の仲間入りは御免だからな」
「強くなりたいんだろう! 俺を超えるくらいに!」
「強くなりたいのは否定しないが、お前みたいな変態にはなりたくない。矛盾してないだろう」
「人を変態扱いするほうが変態なんだぞバーカ」
「黙れ変態」
冷たくあしらわれた。悲しい。
「変態じゃないのに」
「うるさいぞ変態二匹。行くぞ」
「誰が変態じゃボケェ、いてもうたろかワレェ」
二人で友情を深めあっていると、ボンバーマンが一人ボスフロアへ足を進めだしたので、二人仲良く慌てて後を追う。
フロアに入った途端、巨大な反応が目の前に現れる。
いや、正確に言おう。目の前ではない。距離は200m以上ある。巨大すぎて遠近感が狂ってしまい、そう見えたのだ。
「でかいタンクローリーみたいだ」
「わかる」
「何にしてもキモイ」
ビルを横倒しにしたような腹と、それを引っ張る小柄な頭と胸。小柄と言っても頭だけで10tトラックのキャビンよりでかいけど。タイヤの代わりは鉄骨並みに太い足が6本。黒く艶がある、太さ以外は女性がうらやむ美脚だ。踏まれたり蹴られたりしたら一発で死ねそう。
「近づかなきゃ楽勝か」
「いーやそうもいかんみたいだぞ。上を見ろ」
ボンバーマンがメイスの先端を天井に向ける。
その先には………
「げ」
「ひぃっツ!」
ビッシリと天井を隙間なく埋め尽くす、蟻、蟻、蟻。俺でも鳥肌が立ったのに、虫が嫌いなナメクジ君の苦痛は並みではないだろう。ボンバーマンもひどいことをする。ああ、でも見ておかないと虫に押し倒される特殊プレイになっちゃう。
「……おうちかえる!!」
「後ろにゃ敵しか居ねえぞ!」
どうにもまずそうなので、さっさと終わらせてあげるべきだな。ナメクジ君の精神が崩壊しそう。
「ちょっと行ってくる」
ブースト使用でロケットスタート。一気にトップスピードで、狙うは女王の足。群れの対処をしてる間に巨体の突進なんて受ければ全員まとめてお陀仏だ。
突撃でラインを踏んだか、後ろで酸のシャワーと蟻の礫が降り注ぐ。速さは下手な装甲よりも頼りになる。偉い人も、当たらなければどうということはないって言ってたし。
「まず一本!」
速度を落とさずパイルを足に叩きつけて、トリガー。破壊の一撃がさく裂し、足を貫き、肉が弾けて千切れ落ちる。
ギシャァァァアァァ
痛みに反応したか、足を振り上げたので、地面に足を付けて急ブレーキ&ローラーで軌道変更。目の前に巨大な柱、足が降ってきたのでブレードを叩きつけ、すぅ、と水を切るように手ごたえなく切り落とす。
三本目、は狙わずに一度後退し、置いてきた二人の援護に戻る。
振り向けば、蟻の中心で爆発。一度や二度でなく、何度も何度も。爆炎が上がるたびに蟻の破片が宙を舞い、その傍らでナメクジ君は必死に蟻と鬼ごっこ。
パイルのトリガーと同時にブーストを起動、自分の機体を弾丸にして、群れの中を蟻の串刺し死体を量産しながら突き進む。
「おかえり!」
「戻ったぞ!」
彼の機体は表面が焦げてこそいるが、目立った損傷はない。酸を浴びないようにうまいこと立ちまわっていたようだ、器用な真似をする。
噛みついてきた蟻の頭をブレードで縦に割り、杭のリロードが完了。
「こっちはいい。ナメクジを助けてやってくれ」
「了解!」
言われた通り、ナメクジ君の方へブーストで飛んでいく。行きがけに五匹ほど貫いたら、リロードの合間にナメクジ君に集る蟻をブレードで切り捨てる。
「たすけてえええええええ!!」
俺の接近に気付いたナメクジ君が、方向転換してこっちに向かってくる。オマケに彼女を追いかける蟻もこっちに全部引き連れてきている。
後ろも前も蟻だらけ。逃げは……上は空いてるな。
「ここに砲撃してくれ! 誤射は気にするな!」
「おっけぃ!」
垂直にブーストジャンプして包囲から抜けると、直下に蟻が集まる。ナメクジ君も……蟻の群れに飲み込まれてしまってるが、撃墜判定はまだ出てない。
そこへ大量にぶちこまれる爆発物。いくつもの火球が灯り、巻き込まれた蟻は一気に数を減らす。
「リロード!」
「これだけ減れば十分!」
ブーストカット、垂直上昇からの垂直落下。アースとは、重量1トンを超える鉄塊で――真下に居れば当然。
「潰れて死ねぇ!」
グシャァ、とペシャンコである。蟻の上に着地を決めたら、死骸を踏みにじりながら回転切り一回。残った蟻は、これですべて片付いた。
「ふぅ。ナメクジ君生きてるかー」
「た、たすかった……ありがとう」
「次からは自衛のための武装くらい持ってこいよー」
「ああ。わかった……あとはあのデカイのだけか。ささっと片付けて終わりにしよう」
俺もいい加減日の光が恋しくなってきたところだ。さっさと終わらせて、ログアウトして日光浴したい。
「チャージスタート! 10秒かかる!」
ナメクジ君が足を止めて、スイカ玉を女王アリに向ける。女王はいごいごともがいているが、その巨体のせいで壁に挟まれて頭以外ろくに動かせていない。前に進むにも後ろに下がるにも、足を片側二本潰されたせいでまともに動けない。
無様である。
「おっと、おかわりが来たようだ」
「……マジか。やっと終われると思ったのに」
洞窟の奥、女王の腹と、壁の間から子蟻がゾロゾロ、カサカサと。大群がこっちに向かっている。
「……左側、残った足一本吹っ飛ばしてくれるか」
「やってみよう」
ボンボンボン、とグレネードが三発連続して着弾。群れの先鋒を巻き添えにして、残った足をへし折った。
すると支えを失った女王の巨体がグラリ、と傾き、転がった。アースさえ押しつぶす超重量が地下を揺らす……当然、子蟻もまとめてペチャンコだ。
「おおー、爽快だなこれは」
運営もひどいことを考え付く。親に自分の子供を殺させるなんて。そう仕向けたのはプレイヤーだけど。
「ナメクジ君、チャージはまだ終わらないか」
「もう終わる! 下がって!」
もう10秒経ったか。巻き込まれないようにナメクジ君よりも後ろへ。間もなく光の束が放たれて、女王アリと新たに這い出てきた子アリを焼き殺していく。
女王は体がでかい分生命力も強いのかなかなか死なない。もがき苦しんでジタバタと暴れているが、暴れるほどに子アリの命もつぶれていくのは見ていて哀れだ。
親を守ろうと健気に立ち上がった子供たちがかわいそうじゃないか。楽でいいけど。
「ギィィィイイ……」
やがて断末魔らしき悲鳴を上げて動かなくなる。レーザーで撫でられた部分からドロリと体液がこぼれるのはなかなかグロイ。
――MISSION COMPLETE――
――30秒後に帰還します――
「やっと終わりか……疲れた。主に精神的に。もう二度とここには来ねえ」
「長かった……ダンジョンはやっぱり時間がかかるな」
「今度は全員生存で帰還したいな。なぁ、ナメクジ君」
「人の言ったことを聞いてたか?」
「冗談だ。俺も虫より対人戦のほうがいい」
少し会話した後に画面が暗転し、場面が変わる。
灰色の壁。白い床。体育館くらいのホールの中央に自分は立っていた。ここは見覚えがある。原作で言うところのシェルター内。スカベンジャー本部だ。
正面の壇上に、車椅子に乗ったハゲが居るが、彼も原作NPCで、スカベンジャーの頭という。
左右を見ると、今回の出撃メンバー全員集合だ。
「よくやった、ろくでなし共。楽にしろ」
頑張って働いたのに開口一番ろくでなし扱いされました。パワハラ上司ですね。人事に言いつけてやる、と思ったがこいつが人事だ。
「報告は聞いている。全く予想外な事態ばかりだ。ハイテク兵器が守っていた地下基地がまさかアリの巣で、おまけにろくなお宝もないとはな。全くひどい肩透かしだ。
しかし、困難な任務を成し遂げた諸君らには報酬を与えるべきだろう。なんの収穫もなかったとしてもな」
――家具 Bタイプフレームが飾れるようになりました――
――100,000Cr入手――
あんだけやって、報酬が家具ですか。まあいんですけど。前回の出撃でBタイプフレームの生産はアンロックされてるし。クッソ高級品だからまだ買えてないけど。
「今後あの基地は、我がコロニーの前線拠点として再利用し、敵対コロニーの戦力を誘引に役立てることにした。どうだ天才的なひらめきだろう」
「ひらめきって言うより輝きの間違いじゃねえか」
「独房! 連れて行け!」
NPCのクロード先生が衛兵に引きずられて退場していった。
――対戦フィールド、地下基地が開放されました――
その後なにやら中身のないありがたい話を延々と聞かされ、飽きたらシェルターから一人、また一人と退場。メンバーは一度解散扱いとなって、フィールドに一人取り残される。時間は、昼前。
「メニュー、チームチャット。昼食で落ちます。今日はここまでで」
お疲れー、と返事を聞きながらログアウト。画面は暗転。ゴーグルを外せば、そこは見慣れた現実の我が家だ。
さて、今日の昼ごはんは何にしようかな?