第1⑨話 ダンジョンアタック再び フロア3
心の準備も済ませて、いざ実験棟へ進入。盛大なお出迎えが待ち構えているかと思いきや、扉を開くと何もない通路がしばらく続いていた。四人で前後を警戒しつつ進んでいくと、やがてコンクリで固められた通路が、岩肌むき出しの地下洞穴に変わった。
「ぜったいこの先ボス戦だよな」
リーダーのつぶやきに一同頷く。いかにも何か出そうな場所だ。
「鬼が出るか蛇が出るか」
「たぶんアリだな」
「その可能性は大いにアリだな」
「アリだけに?」
「寒くなってきたな。気のせいか?」
もちろん気のせい。ゲーム内の環境は、現実側の環境がよほど不快でなければ基本的に快適になるよう設定されているのだから。敵の見た目が無理、となるとまあ別だが。
しばらく駄弁りながら歩けど敵の姿はナシ。センサーにも何の反応もない。
「この際だから白状するけど、実は暗いところが苦手なんだ」
話題が尽きてきたので、盛り上げるために弱点を暴露してみる。
「得意な奴の方が少ないんじゃないか」
「それもそうだけど、見えないところから何か出てくるんじゃないかって。そう思わない?」
いい具合に乗ってくれたので続行。子供のころには家の中でさえビビってた。夜に出歩くなんて絶対しなかったな。
「わかるような、わからんような」
「ホラーとかも苦手?」
「ゾンビとか、モンスター系は見れないこともない。よくわからない、どうしようもないモノに呪い殺されるのとかは苦手」
「怖いものなしかと思ってたが。そうか、意外だな」
ナメクジ君が虫嫌いなように、俺だってホラー系が苦手。だからこそ、苦手なモノにナメクジ君を付き合わせているのは少しだけ申し訳なく思う。
今度こそ本当に話題が尽きかけた頃合いで、洞穴の広間に出た。そこには、周りとは明らかに違った質感の壁が、広間を完全に塞いでいた。コンクリでもない。しかし土のようでもない。
「なんだこれ」
「照らしてみよう」
装甲車のライトと投光器が眩い光を放ち、壁面を照らし上げる。暗視モードを切って、そのままの色姿で確認する。やっぱり岩でも土でもコンクリでもない。黒色で、表面はなめらか。そして光を反射する程度の艶がある。
「わからん。行き止まり?」
「こういう壁の向こうには何かあるのが相場だろ。虫だから、巣穴の中心の産卵場? それとも資材をため込んでたり?」
「うわぁ……考えるだけで吐きそう」
「吐いたらゲロで溺れ死ぬ前にログアウトしろよ」
「そうする……」
「じゃあ壊そうか」
「崩落とかしない?」
「ゲームだから大丈夫だろ。多分」
ボンバーマンが設置型の大型爆弾を壁の前に置いて、全員後退。中から蟻が出てきてもいいように、それぞれ武器を構えておく。ナメクジ君はいつの間にか拡散レーザー砲に換装していた。
エネルギー兵器は強力だが、バッテリーが切れたら大嫌いな蟻の群れに飲み込まれてやられることになるけど。大丈夫だろうか。
……トラウマになったら、パフェの一つでもおごって慰めてあげよう。
「起爆まで5秒! 3、2、1、起爆!」
ドスン、と炎と土煙が舞い上がり、壁が崩れ落ちた……と思いきや。
ズズズズ……
なんと壁が音を立てて動き出した。機械的な動きではなく、もっと複雑な感じ……生き物がもだえ苦しんで、暴れるような。
そこまで考えて、ピンときた。
「あー、なるほど。そういう」
フツウの兵隊アリがあのサイズなら、女王アリは当然それよりもでかいワケで。にしても限度があるのでは。
「ギギ……ギィィィイイ!!」
洞穴の天井が崩れて岩が降るが、それを受けても全くダメージがないような女王アリ。そこでようやく腹のサイズが明らかになる。この壁は、壁じゃない。女王アリの腹だ。腹だけでこれなら全体だとビルくらいでかいんじゃなかろうか。
「でけえ」
「こんだけでかいと虫って感じはしないな。怪獣っぽい」
「とりあえず撃つぞ!」
ガンナーのガトリングから30㎜砲弾の嵐が放たれ、巨体に弾の数だけ穴が空く。しかし岩が降ってもダメージにならないのなら、砲弾でもお察し。ダメージを与えているようには見えない。
バケモノだな、とあきれていると、相手が動いた。
一度腹が大きく震えて、何かの予備動作と予想して大きく下がる。直後、壁が大きく動く。
動きからして転がったのだろう。ただ転がっただけ。ある程度距離を置いていたガンナーさんは……これだけ離れていれば。とでも思ったか、回避が遅れて下敷きに。そして撃墜判定。
「わーお。どうすんだこいつ」
「自慢のパイルでどうにかならないか」
「小さくて綺麗な穴が空くだけじゃないか? どっちかというとボンバーマンさんの武器の方が効果がありそうだけど。ほら、虫タイプって火が弱点だし」
「ボディじゃ効果が薄いんだろうな。頭はどこだ」
「右だ。そっち側から動いてたように見える。ほら、そこにちょうど行けそうな穴がある」
「虫嫌いって割によく見てるじゃないか」
「嫌なものほど目に入るんだよ。具合の悪いことに」
難儀な性分だ、と同情して、言われた通り穴に飛び込む。直後に、穴の入り口を女王アリの腹が塞いだ。残っていればガンナーの二の舞だったろう。
『こっちからは見えんが、一人撃墜されてるな。何があった!』
サブカメラで後方確認。装甲車は崩れた岩に阻まれてこっちには来れないようだ。そして、こちらからも戻れない。つまり補給はナシ。進むしかない。
「女王アリにガンナーが押しつぶされた。三人無事! 前進を続ける、あとはデブリーフィングで会おう」
「なん……だと」
科学の結晶たるロボットが、大砲や酸ならまだしもボディプレスみたいな原始的極まりない攻撃でやられるとは……衝突ダメージもあるし、これは脚部に装甲つけて格闘戦にブーストキックの採用もありかもしれん。戦場に新たな変態が生まれる日も近いな。
さて。前進を続けるも、ここでまた問題発生。穴を抜けた広間に蟻の群れが待ち構えていた。
「女王が居るなら、兵隊だって当然いるよなぁ」
数は、数えきれない。少なくとも両手足の指では足りない。一人で突っ込んで殲滅するのは無理だな、全部突き殺して切り殺す前に、バッテリーが尽きる……引き撃ちするには火力が足りない。と考えて、そういえば一人じゃないなと思い出す。
ここで残っているのは、瞬間火力は高いが継戦能力に欠けるボンバーマン、火力未知数の拡散レーザー持ちナメクジ君、殲滅力に欠ける俺。幸い敵はノンアクティブ。さてどう攻めよう。
「ようやくこいつの出番だな!」
「どうする気だ?」
「まあ見てろって。魔法を見せてやる」
ナメクジ君が先頭に出てきて、ガトリングの先にスイカ玉みたいなものを付けた奇妙な武器を構えて停止する。そこまで言うなら、見せてもらおうか。発掘された新兵器の性能とやらを。
「ちなみにチャージに十秒くらい時間がかかる上に、発射が終わるまで一歩も動けないし、大バッテリー背負ってこいつ持ったら他に何も持てない。おまけに二発撃ったらもう動けない」
「……ロマンだな」
「馬鹿か。欠陥品だろ」
「強力な火力の代償に、重大な欠点。間違いなくロマンだろう。ついにナメクジ君もロマン武器の良さを理解してくれたか、素晴らしい。いや素晴らしい!」
「キモッ」
「やめてくれよ。傷つくじゃないか」
ナメクジ君に言われても傷つかないが、ナカミの美少女に言われてると思うとちょっとクル。
「まあそういうわけで。一発行くぞ」
巨砲が甲高い音を立て始め、スイカ玉が青白く光り輝く。今力をためています、という感じでわくわくする。テンション上がってきた、異変に気付いたアリが頭を持ち上げるが、もうすでに十秒は過ぎている。
「きもい糞虫! まとめて死ねえ!!」
光の線が蟻の群れの中を走り抜ける。線に触れた蟻が固まり、そして崩れ落ちていく。光を極めて高い密度に収束させて放つレーザーキャノンと違い、収束したものを拡散して放つことで広範囲への攻撃を可能としている。と説明にはあるが。
威力は下がっても、装甲を着ていない蟻には十分な代物だったらしい。
それにしてもあれだけ居たアリの群れがほぼ壊滅とは恐ろしい。いや素晴らしいと言うべきか。
「取りこぼしは任せる」
「任された!」
ローラーの回転を最大まで上げて、残りは数えるほどとなった蟻の群れに突っ込む。ブーストは使わない。この後を考えての省エネモードで行く。切り込む前にボンバーマンのグレネードがアリの先鋒に着弾し、侵入口を作ってくれた。
爆風で浮いたアリを片手で切り捨て、顎を開いて襲い掛かるアリの顔面に杭を打つ。一匹一匹、丁寧に。酸に掠ることもなく殲滅を完了する。
「やっぱり狩るなら大物に限るな。数頼みのザコじゃ物足りない」
「重量機からしたら大物の方が怖いがな」
「得意不得意はそれぞれだし」
パイルは弾が少ないから大群相手には向いてない。でも自分はパイルをメインで使いたい。不満の原因はここにある。
対して爆発武器は、その攻撃範囲から大群相手にこそ最も輝く。しかし大物相手には当てづらいのと、半端に高い威力から連射ができず、接近されると辛い。
「さあ進もう。ボスの面を拝んで、ついでに潰して地上に戻ろう」
「ボス前にもたぶん居るんだろうなぁ。ああ嫌だ……なんで虫嫌いなのに最後まで残っちゃったかなぁ」
「虫の群れに押しつぶされて退場したかったか?」
ボンバーマンの意地の悪い質問に、ナメクジ君は。
「それも嫌だなぁ」
「じゃあ頑張ろう。あと少しだ、多分な」
テンションが低い。あんな大群を一発で壊滅させたならさぞかし爽快だろうに。虫嫌いが虫の巣穴の中にいるなら、それも仕方ないか。早く終わらせて、早く地上に戻ろう。ナメクジ君のためにも。暗いところで落ち着かない自分のためにも。