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第13話 雨上がりの夕暮れ

 現代の日本では、残念ながら人助けをしても金にはならない。女子高生に傘をあげたところで一円にもならない、むしろ傘と薬の分だけマイナスだ。丸一日寝て熱を下げたら、また仕事をして稼がねばならない。

 そんなわけで今日もいっぱい働いてます。病み上がりなのに偉い。


「お疲れーす」

「ういーす」


 定時で上がる同僚を横目に残業突入。病み上がりではさすがに仕事が捗らないため、もうちょっと仕事が残っている。ペースを維持できれば一時間ほどで終わる、無理な量ではないが、少し気が滅入る。見かねた誰かが手伝ってくれたり……は、残念ながらない。他人の仕事を奪ってまで進んで残業しようなんて仕事大好き人間など、めったに居ないものだ。


「はぁ。ゲームがしたい」


 家に帰れば楽しいゲームができるというに。そうだ、家に帰ればゲームが待っているのだ……と思えば、多少は気力も湧いてくる。実際遊ぶ時間はあまりないがゼロではない。よし頑張ろう。


 そんなわけで、予定通り一時間ほどで仕事を終わらせた。病み上がりでこれなら十分だろう、と仕事を終え、残業申請を書いて撤退。

 会社を出て、空を見上げる。今日のところは、雲は出ているが雨が降る気配はない。まっすぐ帰らず、少し回り道をして傘を買おう。天気が不安定な季節だし、次に降るまでに用意しておきたい。コンビニのビニール傘は好きじゃないので、しっかりしたモノが欲しい。


 日用品が安物なのは我慢できないタイプなのだ。時間もちょうどいいし、買い物をしてディナーも食べて、ついでに買い物をして帰宅コース、でいいだろう。今はイベントもやっていないし、ゲームは逃げない。


 最寄駅から電車に乗って……降りて。駅から出てまた歩いて……そうしてデパートに到着したので、目的地の売り場目指してテクテク歩く。いつ来ても客数は多いが、今日は金曜日なせいかいつもより人が多く感じる。


 目的地に到着。女子高生に渡してしまったせいで失った傘と同じような傘を探す。傘なんてどれも似たようなものでは? という疑問には、それもそうだと同意する。黒無地、合皮グリップ、直径70センチならなんでもいい。その程度のこだわり。さくっと買って、建物内のレストラン街へ足を運ぶ。

 今日のご飯は何にしよう。外食と言えば自宅で作るのは面倒な揚げ物とか食べたいような気もするけど、病み上がりなので自重。さてなにを食べようか、と考えて……うろついてみる。何が食べたいかー、なんて考えつつ、あっちへ行ったりこっちへ行ったり挙動不審お兄さんになる。おっさんではないのが重要だ。


 ほかにも客は居るので、うろうろしていれば自然と目立つ。女子高生が横一列になって歩いていた。一人で歩いていたのが哀れに思えたのだろう。くすくすと小さな笑い声が……やめてくれ。私だって好きで独り身なわけじゃない。


「……ん? ねえおじさん」


 真ん中のリーダー格らしきJKが寄ってくる。明るい色の髪色は素行不良の証……おやじじゃないけどオヤジ狩りの予感。背筋に冷たい汗が伝う。


「みんな悪いけど、私このオジサンに用があるからここでお別れで」


 おじさんじゃない、お兄さんだってば。なんて言う勇気はない。目を合わせる勇気もない。喉が渇いて、視線がずれる。ゲームの中ならもっと大胆に行動できるのだが、現実での私はチキン野郎だ。


「なにー、恋人?」

「違うって」


 にやにやしているお友達にからかわれるも、あっさりと否定するJK。そこからこっそりと後ずさる。


「待て逃げるな」


 しかしまわりこまれてしまった!


「じゃあ、ごゆっくりー」


 ガタガタ震えながら要件を言い渡されるのを待つ。


「お、お金はそんなに持ってないよ?」

「違うって。勘違いしてない? というか私のこと覚えてない?」

「いやぁ、人の顔を覚えるのは苦手でして」

「二日前に見た顔を忘れる? しかもこんなかわいい女の子のことを!」


 二日前……というとあの雨の日。


「ああ。あの子」

「そう、思い出した?」

「思い出した」

「じゃあお礼させろ」


 嬉しそうに笑って、お礼をさせろ、と。また上から目線だ。しかしお礼をしようと考える程度には、正しい感性を持っているらしい。意外、と言うのは失礼だろうか。お礼……というのは何か。傘一つと釣り合うのは、一食奢るくらいか。


「気持ちだけもらっとくよ」

「お金ないんでしょ?」

「いや、一食分くらいはあるから。それから傘は言った通り君にあげたつもりで。新しいのを買っちゃったよ」


足りなくてもカードがある。ショッピングモールの中にある飲食店で、カードが使えないというのは稀だろう。


「……で、何食べる?」


 消化にいいものを、と考えると、和食になるか。ただ……外で和食となると少し値が張りがちだ。見て回った店のサンプルに合わせて書かれていた値段を思い出す。学生の財布事情を考えれば、一食千円以下に納めるべきだろう。

 安さを最優先ならうどんでいい。温かいうどんは、よく噛んで食べれば消化もいい。しかし折角女子高生に奢ってもらえるのだから、せめて少しでも洒落たところがいいだろう。そう考えると、自然とメニューは狭まる。

 彼女の後ろにある店は、ちょうどいい。病み上がりでも食べられそうな、さっぱりしたメニューもあり。かつ適度にいい雰囲気。デパートのレストラン街で雰囲気を求めるのは間違いかもしれないが。

 奥のレジでバイトの女性と目が合った。こっちに来い、とばかりに微笑まれる。


「そこの店。パスタにしよう」

「ここ? オッケー」


二人で店に入る。


「何名様ですか」

「二人です」

「禁煙席と喫煙席、どちらがよろしいですか?」

「禁煙席でお願いします」

「ではこちらへどうぞー」


 店員に案内されて奥の方、テーブル席に。彼女を先に座らせて、メニューを広げて正面に置いてあげる。昔友人から「細かい気配りができるとモテるぞ」と教わったテクニックの一つだ。ちなみに実践するのは今回が初めて。


「水とお茶と、どっちがいい?」

「水でー。おじさん気が利くねー。ひょっとしてモテるんじゃないの?」

「あー……まあ、そこそこ」


 つい、嘘をついた。非モテ男というのは、ついどうでもいい見栄を張りたくなる悲しい生き物なのだ。


「ぷっ……! くく、ふふっ……っ……! そういうことねー。うん、わかったわかった」


 そして恥をかくまでがワンセット。女は嘘が上手いとよく言うが、嘘が上手い奴に下手な嘘をつけばすぐバレるのは、自然なことだ。

 押し堪えた笑い声を背中に受けながら、水を二杯注いだカップを持って席に戻る。


「注文は決まったかい」

「どれも美味しそうで迷うねー」


 目があちこちを行ったり来たり。ついでに長く伸ばした髪の毛も揺れる。迷っているのは値段か中身か。それとも両方?

 女の買い物は悩む時間も含めて楽しむもの……私は食うもの買うもの、どちらも決めてから出るから理解できない世界だが、それに付き合えなければ恋人もできるはずがない。


「なに」


 視線に気づいた彼女に、咎めるように言われたので慌てて視線を逸らす。何か気の利いた言葉が出ないかと、かつて読んだ本の記憶を掘り起こす。


「可愛らしい女の子と二人で食事なんて、めったにないからね。見惚れるのも許してほしい」

「女の子に慣れてないのがよーくわかる。無理しなくていいぜ」


 よほど面白かったか。似合いもしない男言葉で励ましてくれる。その言葉と同じくらい、似合わなかったんだろう。恥ずかしくて、顔を覆わずにはいられない。穴があったら入りたいとは、まさに今のことを言うのだろう。


「……」

「赤くなっちゃって。かーわいー」


 水を含んで頭と心を冷やす。善意で動いたばかりにこんなことに……一種の役得なのかもしれないが、羞恥プレイにも程がある。


「早く。決めてくれ。腹が減った」


 照れを隠すようにぶっきらぼうに言い放つ。


「そんなんじゃモテないぞ」

「リアルな話はやめろ、……」


 ナメクジ、と言おうとして目と口を閉じる。いきなり男にナメクジ扱いされては激おこ必至だろう。口が滑らなくてよかった。


「……? ところで。この前の雨でずぶ濡れになったと思うんだけど、風邪とかひかなかった?」

「熱は出たけど、一日寝たら治ったよ。心配しないでくれ」


 体は本調子ではないけど。


「……いやね。人助けで雨に濡れて風邪ひくなんてついてない。うん、治ったならいい。決めた、私はカルボナーラにする。おじさんは?」

「せめてお兄さんと呼んでほしい。ペスカトーレで」


 魚介とトマトを合わせたものなら、油気もそこまで多くなさそうだし。無理なく食べられるだろう。店員を呼んで注文を伝えて、また会話に戻る。


「お兄さんって呼ぶのもなんか変だし。名前は?」

「沖田総一」


 傍に置かれたナプキンに、店の感想を書くためのペンで名前を書く。


「親が大河ドラマにでもハマってたの? にしては一文字ずれてたけど」

「名前負けするからせめて同じ名前はやめてやれ、と父親が説得したらしい」

「……そうだね」


 ゲームじゃ名前負けしない腕を持ってても、それはゲームだからな。現実で誇ることじゃない。


「昔剣道やってたりした?」

「どうしてわかる」

「その名前で剣道やってないって言われたら笑うしかないよー」

「それもそうか。中学までやってたんだけど全然弱かったから、確かに名前負けがひどい」


 幕末最強の剣士の名前を負っていながらクソザコナメクジとか、先人に失礼にも程がある。そう考えると、この名で正解だったのかもしれない。


「突きー! ってしないの?」

「中学剣道じゃ突きは禁止なんだ」


 もし高校に上がっても続けていれば、芽が出ただろうか。それはわからない。結果を出せないコトにいつまでも精力を注ぐ気にはなれなかったから、高校は美術部に入っていた。結局そっちの才も伸びないでやめてしまったが、もうずいぶんと昔のことに感じる……いやいや、まだ昔を懐かしむ歳じゃないから。


「そうなの。知らなかった」

「……」


 それにしてもこの子は話を引き出すのがうまい。こんなにしゃべることは普段でもないのに、すらすら話題が出てくる。不思議と緊張もしないし、相手も緊張しているようには見えない。年上との悪い遊びに慣れているんだろうか、と邪推する。顔には出さないが。


「あ、そういえば私の名前言ってなかった」

「いや、教えてくれなくていいから。こんなことを言えば自意識過剰だと笑われるかもしれないけど、社会人と学生が二人きりで食事をするというのはあまり健全な関係に見えない。だからだね」

「ブッ……! ははっ、ゲホッ! ごめん! わざとじゃないから許して!」


 水を吹きかけられた。汚い。おしぼりで顔を拭いて、テーブルも拭く。笑われるかもしれない、と前置きはしたが、人がまじめな話をしているのに本当に笑う奴があるか。


「こんな髪だし、そんな目で見られるのなんて慣れてる。気にしない」

「左様で」

「私の名前は……」

「お待たせしましたー」


 タイミングがいいのか悪いのか。絶妙な間で店員が注文の品を持ってきた。


「じゃあ、いただきます」


 その後もしばらく他愛のない話をして。食べ終わってから流れるようにカードで支払いをした。女性と食事をしたら、気に入らない相手でもなければおごるのがマナーと聞いていたのでそうしたのだが。これじゃお礼にならないと怒られてしまった。不良ポイのは見た目だけで、中身は意外とマジメらしい。


 個人的には、女子高生と二人でのんびり食事と会話ができただけでも傘一本分の対価は十分にもらったつもりでいたんだが。そうは言っても理解してもらえなかったので、また来週ということになってしまった。

 珍しく、ゲーム以外の楽しみができた。

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