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第12話 雨降りの午後

私はゲームが好きだが、ゲームばかりが人生ではない。ゲームをするためにはまず金を払って遊ぶ権利を買わなければならない。遊ぶためには健康でなければならない。あとは電気代と生活費、その他諸々と、人間生きるためにはお金を浪費しなければならない。

その金はどうやって手に入れるかというと、労働だ。不労所得や親の財産とかそういった金は残念ながらない。


「お先でーす」

「お疲れさまー」


 一日の仕事を定時で終え、上司に一言挨拶をして会社を出る。今日の天気は雨。灰色の分厚い雲が空を覆っていて、日が落ちる前でも薄暗い。警報が出るほどじゃないが、結構な勢いで降っている。毎朝欠かさず天気予報を見る習慣をつけていたおかげで傘は忘れていないが、多少は濡れることを覚悟しなければ。


「帰ったら洗濯だな」


 家に帰ったら洗濯、ついでにシャワーを浴びて。夕食を取って。積み本を読んだら、今日はゲームをする時間はなさそうだ。残念。

ワイヤレスイヤホンを耳に付けて、音楽を再生して、ポケットにスマホを突っ込んで、傘をさして歩き出す。黒無地、大きめの雨傘を雨粒が絶え間なく叩く。パタパタとノイズが混ざるが、環境音なので気にしてもどうしようもない。

できるだけ水たまりは避けつつ、しかし避けられないものも多少はある。それは仕方がないとあきらめて、踏みつける。靴にに水がしみ込んで、歩くたびにびちゃりびちゃりと不快な感覚が足を襲う。

アップテンポの曲で下がり気味な気分を無理矢理持ち上げて、帰路を行く。

私が住んでいる町はそこまで田舎ではないが、都会と言うほどでもない。歩いていれば毎日見知らぬ人とすれ違う程度には人がいる程度の、微妙な地方都市だ。道沿いには建物もぼちぼちある。稀に定時より早く帰れた日には、地元の学生の下校時刻と被ることもある。しかし社会人と学生だ。家族か、イケナイ交際をしている仲でもなければすれ違うだけで、決して交わることはない。


 雨の中を、一人寂しく傘をさして歩く。雨の日は出歩く人も少なく、人とすれ違うこともない。


 かつては多くの店でにぎわっていた商店街にさし掛かる。今では過疎と不況と少子化の三重苦に耐え切れず、そのほとんどがシャッターを下ろしている。こう土砂降りの雨ともなれば、自動車含め通る者はほとんど居ない。私でも通勤路でなければ通らないし通りたくない。街灯があっても、物陰の薄暗さが感じさせる不気味さが苦手だ。

 そんな場所に、明るい髪色の、高校生くらいの女の子が暗い顔をして立ち尽くしていた。

 イヤホンの音量を上げ、傘で顔を隠すようにして、ぴちゃり、ぴちゃり、と水にぬれたアスファルトを踏みながらその前を通りすぎる。気付かないと言うには、無理がある。それでも面倒だと思い、きっと携帯で親なり友人なりに助けを呼ぶだろうと思い、足早に立ち去る。


「……」


 10mほど歩いて、立ち止まる。ひどい偏見だとは思うが、髪を明るい茶色に染めているような学生に碌な奴はいない。

 振り返る。彼女の方も最初から期待などしていない、と言うように俯いて、うずくまっている。こちらを見ることもない。

 ぴちゃり、ぴちゃりと足を進める。行き先は家とは反対方向。音楽を止めて。イヤホンを外して、スマホと同じポケットに突っ込んで。少女の前で立ち止まる。


「お困りですか?」


 少し腰を屈めて、目線の高さを近くする。


「……そうじゃなかったらどう見えんの」


 彼女がふてくされたように顔を上げる。目つきは悪いが、可愛らしい顔つきをしている。降ってきて慌てて雨宿りをしたのだろう、シャツが濡れて張り付いており、健康的な肉体が年齢にそぐわない色気を醸し出している。

頭の隅っこに湧いた邪な考えを追い払う。期待などしてはいけない。いくら20代後半でも、女子高生相手にそれは犯罪だ。


「人助けでもしようかと」

 

 屋根の下に入って、傘をたたんで彼女の横に置く。彼女の学生カバンが濡れないようだけ気を付ける。もう濡れているが、これ以上濡らすこともあるまい。


「は? おじさん何のつもり?」

「おじさんじゃないから。まだ若いから。あ、その傘は君にあげる。返さなくてもいいよ。じゃあね!」


 傘はそう高いものじゃないし。カバンも幸い防水仕様なので、それを頭上に持ち上げて走り出す。家に帰ってすぐにシャワーを浴びれば風邪をひくこともないだろう。長距離走は学生時代以来だが、がんばればなんとかなる! がんばれ!


「え!? ちょっと!!」


 戸惑う声を背中に受けながら、柄にもなく人助けをしてしまった恥ずかしさを振り切るように走る。顔が熱いが、全身を打つ雨粒が冷やしてくれるからちょうどいい。

 帰宅後はすぐに濡れた服を脱いでシャワーを浴びて、風邪をひかないよう自分なりに対策をしておいた。



 翌日。残念ながら熱が出た。解熱剤を飲んで出社したはいいが、些細なミスを連発。上司にどうしたと聞かれ、経緯を話したら代わりの奴を呼び出すから今日は帰って休めと言われた。

 タクシーを呼んで家まで送ってもらい、布団にもぐる。

熱が出て仕事を休んでいるのにVRにログインなどできるわけもないので、スマホでBSO-LINKという公式サイトにログイン。そこからチームのページに飛んで、掲示板に「昨日の雨でずぶ濡れになって帰ったら風邪をひきました。しばらくログインは控えます」と書き込んで、熱で痛む体にシクシクと涙を流しながら、一人寂しく寝た。


夜、空腹に耐えかねて起きた。ぼーっとする頭で、何か食べられるものを探して冷蔵庫を漁り。冷凍庫から白いご飯と、冷蔵庫から卵を一個取り出し。ご飯をレンジで解凍して、鍋に放り込んで、水を注ぐ。沸騰したら卵を割り入れて、軽くかき混ぜて、塩で味付け。

風邪をひいたら卵がゆ。消化がよく、カロリーもほどほどに取れる。

携帯を見ると、ナメクジ君が掲示板に書き込んでいた。「ゆっくり休め変態」

優しさが弱った心に染みるが、一言余計だよ。


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