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宙の道標  後編  作者: 四月一日八月一日
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宙の海 星の岸部

 ネペテンス星には、他の惑星のように、整備されている道路が、ほとんどない。資源採掘をするために、地球人が作った大通り以外は、舗装されていない道ばかりだ。今では、車や飛行機などが、あるけれど、本来のネペテンスには、無かったものだった。そのかわり、ネペテンス星には、馬車に良く似た乗り物がある。ホゥリールとラグドフィは、それに乗り、星内を移動していた。空港からの駅がある周辺だけが、地球的な都市化していて、他の地域は、それほどでもなかった。自然豊かなのは、不便であるということ。

車を引いているのは、ホゥリールが見たことの無い生物だった。ここには、ホゥリールが、始めて見るような、動植物ばかりだった。でも、ホゥリールの心は、沈んでいた。

 父さんは、もしかしたら、死んでしまう事が、わかっていたから、僕をあの森から、外へ出したのかもしれない。あんなに、めちゃくちゃに、なってしまう事が、分っていたから? 僕は、この先どうすれば、いいんだろうか。

 何度も、溜息を吐く。ホゥリール達の他に、地元の者だろうか、数人乗っているが、皆、何処かの惑星人との、ハーフだった。ホゥリールは、その人達の目を気にしながら、上目使いで、ラグドフィに問う。

「ねぇ。何処に行くの? ここにも、遺跡があるの?」

すると、ラグドフィは、ちらっと、他の乗客を見てから、答えた。

「ヤティーシャ山だ。惑星ネペテンスの、象徴でもある。宇宙からでも、見えていただろ」

と、車の前方に見える、巨大な壁みたいなものを、指した。

「あの、大きな山に、何かあるの?」

「ああ。昔、住んでいた。色々な遺跡がある」

ラグドフィは、前方に見える、巨大な壁の如く聳える、ヤティーシャ山を、見つめる。その瞳は、何処か、悲しそうに、ホゥリールには思えた。

「お客さん。今はもう、ヤティーシャまでは、行けませんぜ。十数年前までは、麓まで行く便は、ありましたがね。今では行く者は、いませんよ。今では、この道も、荒れてしまって。採掘当時は、舗装道路でしたが。ヤティーシャ山付近の山は、採掘で地形がすっかり変わってしまったし、数年前の噴氷で、ヤティーシャ山は、すっかり氷に包まれてしまったんぜ」

御者である、ハーフネペテンスの爺は、そう言って、二人を見た。

「それは、別に構わない。知っている事だし。久しぶりに、昔すんでいた土地に、帰ってみるだけさ」

無愛想に、ラグドフィは言う。

「ヤティーシャへと、続く途中に、暮していたからな」

「そですかぁ。でも、道も無くなってると、聞きましたぜ。歩いて、行けますか、お連れの、ひ弱そうな地球人の子供に。道なき道を。かなり無理な事だと、思いますぜ」

と、ホゥリールを見て、厭味ったらしく言った。ホゥリールは、ムッとして、

「大丈夫です」

と、言い返した。

「なら、いいのですが。地球人は、機械ばかりに、頼っていて、自分の力を持っていないと、聞きましたから」

御者の爺は、鼻で笑う。他の乗客も、クスッと笑った。ホゥリールは、口惜しくなって、下を向いた。

「ルーン星やヒュラ星以外の、惑星の者は、未だに、未だに地球人の事を、快く思っていない。しかし、それはもう、すでに二千年以上昔の事だ。お前が、気に病む事も、気にする事もない。でも、地球人と宇宙の歴史を、忘れないでおけ。なかには、地球人の事を、心底嫌っている者も、いるということを」

ラグドフィは、乗客達を一瞬睨んで、ホゥリールに言い聞かせた。

 今、車が通過している辺りは、夏の終わりだった。この辺りは、これからの一年は、秋となる。小さな惑星だけあって、少し北へ行くだけで、肌寒くなる。車は、山里の小さな集落で、停まった。

「終点ぜ。ここから先は、まともな道は無い。精々、頑張りな」

と、言うと、少し休んで、また来た道を戻って行った。

 山里の小さな集落は、ホゥリールの目から見ると、かなり古ぼけていて、古代を思わせた。素朴で質素な家は、木や土で造られている。数人の住人達は、ハーフネペテンスだった。だけど、ここの人々は、ネペテンスの血が濃いようだった。しかし、皆、年老いていた。

 ヤティーシャ山は、巨大な壁に聳え、青く見える山肌だった。氷に覆われているせいか、光の加減で、キラキラと光っていた。ホゥリールは、ヤティーシャ山を、見上げた。

「すごいなぁ」

と、呟いた。

遠巻きに見ていた、住民の一人が、こちらへとやって来る。ラグドフィは、その人物を見つめていたが、その者に向かい、軽く頭を下げた。

「やはり、ラグドフィか。帰って来たのか?」

かなり老齢の、ハーフネペテンスの男だった。灰色がかった肌を、していた。

「はい。アロス老、お久しぶりです」

礼を深くとる。

「数十年ぶりじゃな。しかし、地球人の子供なんか連れて、また」

と、アロスは細く鋭い目で、ホゥリールを見た。ホゥリールは、一瞬ビックとして、頭を下げた。

「親友の、忘れ形見です」

言うと、アロスは、ああそうかという感じで、頷いた。

「御山へ、向う事が出来ますか? 噴氷で、地形までも、変わってしまったと、聞きましたが」

「うむ。確かに、採掘が後をひいたのか、噴氷によって、御山が氷に包まれ、地形も崩れたりした。行くとしたら、かなりキツイものが、あるな。本気で、行くのか?」

ホゥリールを見て、念を押すように言う。

「はい。せめてもの参考の為に。何か、封印法に関する術を、見つけないと」

ラグドフィは、ヤティーシャ山を見上げ、答える。雲に覆われて、殆ど見えない。

「そうだな。何としても、阻止しなければな。だが、その方は、もうどうにもならんようだしな。もっと、早くに気付いていたら、手を打てただろうし、封印法も見つけれたかもしれん」

「封印法は、既に失われたものと、されていましたから、探すという事を本腰で、しなかった。封印を守るだけでなく、もっと戦う術を持った、封印守を育てるべきでした。しかし、守るべき封印も、あと一つ」

ラグドフィは、溜息混じりに言った。

「我等が、思っていた以上に、奴等は、大きな力を手にしていた、そういう事か」

アロスも、溜息を吐いた。

ホゥリールは、二人の話している内容が、理解出来なかったけれど、アロスが父親の知り合いで、あった事だけは、分った。

 ヤティーシャ山から、吹き降りる風は、氷の様に冷たかった。この辺りに、人が少ないのも、そのせいなのかと、ホゥリールは思った。

「ところで、ラグドフィ。その子供も、連れて行くのか?」

アロスは、大丈夫かといわんばかりの、視線で、ホゥリールを見て、言った。

「ほ、僕は行きます。父さんの仇。父さんみたいに、なりたいから」

ベソをかきそうに、なりながら、ホゥリールは、アロスに言う。

「だ、そうだ。アロス老」

ふっと、笑い、ラグドフィは言った。

「……なるほど。まぁ、お主が付いているなら大丈夫か。ヤティーシャの遺跡には、何度か、調べに行ったが、手掛かりになるようなものは、見つからなかった。でも、お主ならば、何かを、見つけられるかもしれんな」

アロスは、言って、ラグドフィの肩を叩いた。

「では、行って来ます。ホゥリール、途中で弱音を吐く事は、許さないぞ。泣言を言わない自信が無いなら、ここで待っていろ」

キツイ口調で言うと、ラグドフィは、アロスに一礼して、山へと向う道を歩き始めた。ホゥリールは、ギュット唇を噛むと、ラグドフィの後を、追った。

 アロスは、見送りながら、呟いた。

「あの、カテルまで、やられてしまうとは、な。大変なことじゃ。カラの者達は、何か術を見つけてくれたのだろうか? 見つけてくれていれば、よいのじゃが」

ヤティーシャ山は、陽光を受けて輝いていた。

「溶岩ではなく、氷を噴く不思議な山。旧神と旧支配者の、伝説を語る遺跡。古の封印守が残したと、されているが、封印する術も、残っていればよいのじゃが。何度も調べたが、その様なものは、無かった」

アロスは、山を見上げ呟く。

「カテルの息子よ、封印守の試練、乗り越えてみせるんだぞ」


 集落を離れて、山へと入る。この辺りの山までは、里の人が入っているのか、小さな道がある。ルーン・ウッディアの森よりも、樹木は多く、うっそうとしている。寒さに強い植物は、幹の皮も厚く、葉は針の様に細い。その道も、やがて無くなる。道といっても、かなり険しい。ラグドフィは、険しい道を、軽々と進んで行く。ホゥリールは、それを必死になって追いかける。目の前には、ヤティーシャ山の巨大な壁が、まるで立ち塞がるかのように、聳えている。この山へ登るのかと思うと、不安になる。吹く風が、冷たいので、汗だくのホゥリールにとっては、少しの気休めとなっていた。道が無くなってからは、先を行く、ラグドフィが、獣道を手にした、棒で薙倒し道を作りながら、ホゥリールのずっと前を、進んでいた。ホゥリールは、フラフラになり、ベソと汗をかきながら、必死になっている、ホゥリールの事を、気にする事なく、ラグドフィは、進んでいた。

 ホゥリール自身、父親とラグドフィとの、約束もあり、何度も挫けそうになりながらも、必死で、ラグドフィの後を追っていた。目が回り、喉が貼り付く。最初から、水など持ってきていない。顔は、汗と涙で、バリバリになっていた。

 やがて、樹木も、低木のものとなり、視界が広がると、覆い被さるように、ヤティーシャ山が見える。生茂る木々で、見えなかった、ラグドフィの姿が、よく見える様になり、ホゥリールは、安堵した。でも、息苦しい事には、変わりなかった。草などしか、生えていない乾いた地面。大きな岩が、あちらこちらに転がっている。ラグドフィは、振り返る事なく、先へと進む。転がっている岩を、よく見ると、なにか人工的で、あるのが分る。こんなところにも、遺跡があるんだな。ホゥリールは、岩を見て思う。一面の荒野のような場所。振り返ると、麓の緑や、彼方には海が霞んで見える。だけど、息苦しさは、増していて、身体はさらに重たく痛かった。

登っていた時は、心地よく感じていた風が、冷たく感じて、汗が冷えて寒くなる。ヤティーシャ山から、吹き降ろす風は、益々冷たく、強く吹き付けてくる。しばらく、その様な場所を往くと、前方に建物らしきものが、砂に霞んで見えた。ラグドフィは、そこで始めて、ホゥリールの方を振り返り、歩みを止めた。ラグドフィの呼吸は、全く乱れてはいなかった。ホゥリールは、息もするのも辛いほど、ふらふらになってしまい、その場へ、倒れ込むように、腰をついた。太陽は、西の果てへと沈みかけていた。

「なかなか、がんばるんだな、ホゥリール」

うっすらと笑い、ラグドフィは言った。

「う、うん」

そう、頷くのが精一杯だった。

「ここが、かつて、私が暮していた家だ。とりあえず、入れ。日が暮れたから、外にいると、吹き降ろす風で凍りつくぞ」

言って、中へと入る。ホゥリールは、気力を振り絞って立ち上がると、全身で息をしながら、家の中へと入った。

 石造りの、殺風景な家だった。最低限の生活用品しかなく、それらもかなりの、年月を感じさせる。ホゥリールは、土間に座り込んだまま、家の中を見つめていた。汗が、一気に冷えて、息が白く見える。

「夜になると、かなり冷え込む。湯を沸かすから、さっさと着替えるんだ」

家の中に、明りを灯し、暖炉に埃を被ったままの薪を、入れて火を点けた。ホゥリールは、きしむ身体を、引き摺るようにして、風呂に入る。

 身体が、疲れきっていて、何も考えられない。でも、ルーン星を発った時、うすうす感じていた、父親が死ぬかもしれないということ。それが、現実となってしまった。ホゥリールは、父親の死を納得することが、出来ないでいた。だけど、父親の仕事、遺跡を守るという事の、真相が知りたくてたまらなかった。

その為には、父親やラグドフィが言うように、ひ弱で弱気、内気で弱虫な、自分を変えないといけない。ホゥリールは、何度も自分に言い聞かせた。

「ラグドフィさん。こんな所に住んでいて、不便じゃなかったのかな。それにしても、息も切らせず、急な山を登るなんて、すごいな」

 風呂から出ると、家の中は、かなり暖かくなっていた。テーブルの上には、簡単な食事が並べられていた。荷物は、殆ど持っていなかったのに。ホゥリールは、不思議に思った。

 食事を終えると、ラグドフィは、真剣な顔をして、ホゥリールに話す。

「お前の知りたかったことを、話しておこう。それらは、とうてい信じられる事ではないかもしれない。だが、列記とした、宇宙の真実だ。私達の仕事には、それが深く関わっている。後は、お前自身が、どうしたいかだ」

ホゥリールは、頷く。

「以前、話していた、滅びの神の事? その神の力を手にしようとしている、悪い人達の事?」

と、問う。

「ああ。そう言った方が、解り易いと思った、カテルが言っていた。だけど、本当は、その様な事では、ないのだ。確かに、宇宙遺跡の中に、封印遺跡と呼ばれるものがある。そこには、宇宙を滅ぼす力を持った存在が、封じられているが」

一口、茶を啜ると、ラグドフィは、瞳を閉じて、ゆっくりと語り始めた。まるで、語べが、古の神話や伝説を、語るように。

「かつて、この宇宙が誕生した頃に、どこからともなく、大いなる存在達が飛来し、この宇宙もろとも、食い尽くそうとしていた。まだ、幼かった生命達は、その存在達に脅かされていた。しかし、ある時、その存在達は、余りにも巨大な自分の力に自らを喰われたとも、別の大いなる存在に、喰われたともされる。真実は、分らないが、久遠なる時の果てに、その存在達は、この宇宙から消えた。しかし、進化した生命達、英知を手にした人類は、その存在を求めた。その存在達が持つ、大いなる力を手にする為に。それが為に、忌わしき存在達が、再び、この宇宙へと現れてしまったのだ。それらのモノの力を、手にする事など、不可能だ。力を求めた者達は、皆喰われてしまった。そして、この宇宙は再び、奴等の支配する宇宙となってしまった。星を喰い、宇宙すらも喰い尽くす。宇宙と星の、存亡を賭けて、人類は奴等を打倒す事を決めた。しかし、決して、打倒す事は出来なかった。奴等には、死という概念が無い。だから、異次元の彼方に、追い込んで、そこへ封印する術しか無かった。その存在は、二つの名で呼ばれている。古神と旧支配者。そのモノを筆頭に、古きモノ。宇宙を丸ごと喰い尽す存在だ。古きモノは、力ある者であれば、倒し消去る事が出来るが、旧支配者は、幾ら力を持ち合せても、決して倒す事は出来ない。死がないのだからな。だから、封印が解かれ目覚めれば、やがて、この宇宙へと来る。そうなってしまえば、どうする事も出来ない。だから、旧支配者の力を求め、封印を解く者を、阻止し、封印遺跡を守っていたのだ。カテルも私も。宇宙遺跡研究所は、ただの学術的に、遺跡を見ている機関でしかない。その中に、封印守が研究員としているだけだ。そもそも、研究所自体が、古の封印守によって設立されたと、いわれているからな」

そこまで話して、目を開く。ホゥリールは、難しそうに、眉を寄せて考えていた。

「それが、あの、ルーンの遺跡と関係していたの?」

「ああ。この宇宙に存在している惑星、有命無命の惑星を問わず、全ての惑星に、一つ、二つの封印遺跡がある。それら全てで、完全な封印となる。しかし、自然に滅びた惑星、力を求める者に、滅ぼされた惑星。それらの果て、残る封印遺跡は、あと一つ。封印遺跡の中でも、最大で最も強力な封印力を持つものだけが、残っているのみだ」

ラグドフィは言って、組んでいた手に、力を込める。

「父さん達は、それを守っていたの?」

「守るだけではない。旧支配者についての研究。封印法についての研究も。そして、旧支配者の力を、復活を求める者達との、封印を巡る戦いだ。学者であり研究者、そして、戦士でもあったのだ、カテルは」

答える、ラグドフィは、何処か悲しそうだった。

「それじゃあ、ルーンのあの爆発は、その旧支配者なの? その力を狙う人が、やったの?」

今にも泣きそうな顔をして、ホゥリールは問う。ラグドフィは、無言で頷く。ホゥリールは、必死になって、涙をこらえる。だけど、視界はすでに、滲んでいた。

「私達、封印守の最大の敵は、旧支配者ではなく、秘密結社アブドールだ。一連のシャクゥイド教団の、遺跡荒しも、アブドールが仕向けた事。そして、ルーン・ウッディア遺跡で、カテルは、アブドールの者から、遺跡を守る為に、戦って、討ち死にしてしまった。封印もろとも」

ラグドフィは、感情を殺し、全てをホゥリールに話して聞かせた。

「そ、その、秘密結社とかのせいで、父さん、死んじゃったの?」

しゃくりあげながら、ホゥリールは問う。頷く、ラグドフィは、必死に涙を堪えようとする、ホゥリールを見ていると、自分自身、内心は、口惜しくて悲しくて、堪らなかった。

「ヤティーシャ山にある遺跡には、封印遺跡ではないが、旧支配者に関する伝説が、多く残されている。その中に、もしかすれば、封印法があるかもしれない。それを探し見つけ、そして、アブドールを打倒す。その為に、ここへ、戻って来たんだ」

カップに残っていた、冷たくなったお茶を、一気に飲みほして、呟いた。

「僕、強くなりたいよ。強くなって、父さんの仇を取りたい。そして、父さんみたいに、なりたい」

零れ落ちた涙を拭くと、真っ直ぐにラグドフィを見た。

「そうか。その道を選ぶのであれば、もう、後戻りは出来ないぞ。泣言も弱気さも、迷いさえも、許されない。戦うという事は、その様な事だ。時には、非情でなくてはならない。それを受け入れる事が、出来るのであれば、カテルと同じ、封印守として、アブドールに、旧支配者に立ち向かう、戦士の道に進めばいい」

答えて、ホゥリールを見つめる。まだ、全ての話を理解出来ては、いないようだったが、ホゥリールの、心はもう決まっていた。

 ラグドフィは何も言わず、ホゥリールの頭を軽く撫でた。子供の扱い方など、知らないが、カテルがよくこうして、ホゥリールを励ましたりしているのを見ていた。ホゥリールを子供扱いするのは、出会った頃から変わる事は無い。頭を撫でられ、ホゥリールは、思わず声を上げて、泣き出していた。

 泣き疲れて眠ってしまった、ホゥリールをベッドに寝かせると、ラグドフィは、家の外へと出る。

 満天の星が夜を彩り、小さな月が幾つも浮ぶ、ネペテンスの夜空。その空を、見上げる。湿気を含んだ、氷の様に冷たい風が、ヤティーシャ山から吹き付け、ラグドフィの髪をゆらす。

「カテル、すまないな。ホゥリールは、お主の後を継ぐと、宣言してしまった。お主も、私も、大切な者を喪ってしまうのだな。そういう宿命か、それとも封印守の宿命なのか。だが、お主の忘れ形見だけは、守ってみせるさ。ただ、その分、ホゥリールにも、強くなってもらわなければ、ならないがな」

呟く。吐く息は白く、氷の粒となり風に消える。




   第三章 再会


 翌朝。ラグドフィに起こされた、ホゥリールは、全身の痛みで泣きそうになったが、身体を、ぐっとふんばり起き上がった。ベッドから、立ち上がると、全身が重くきしんだ。今まで、感じた事の無い筋肉痛の痛みだった。よたよたしながら、身支度をしていると、

「その程度の事で、バテていては、この先が、思いやられるよ」

溜息混じりに、ラグドフィは言う。ホゥリールは、そんな事ないと、痛みを堪えて、身支度を済ませた。

「あの山を、登るの?」

軽い朝食を食べながら、問う。

絶壁に近い、氷に覆われた山肌を見る限り、どても登れるものではないと、思ってしまう。登るにしても、かなりの装備が必要。でも、登山用の装備は、見当たらない。ラグドフィが、どうやって山に登るつもりなのか、知るよしもない。ヤティーシャ山に、ある遺跡なら、やっぱり登るのだろう。そう思うと、内心、辛かった。

「登ると、云えば登るのか」

何故か、はぐらかすような言い方。

「登るのだったら、それなりの道具が、必要だよね?」

「いや、必要ない。何もな」

ホゥリールは、そんな答え方をした、ラグドフィを、不思議そうに見る。言っている、意味が解らなかった。

「そんな顔をしなくても、すぐに解るさ。いかに、人間というものの、知識が単一的で狭いのかが。これは、地球人やルーン人に限った事では、ない。お前自身の事でも、ないがな。私を含め、皆、知らない事が多すぎると、言う意味だ」

ま言っても、ホゥリールは、不思議そうな顔をしていた。

知らない事ばかりだった、ホゥリールは、色々な事を知りたくて、たまらなかった。でも、ラグドフィに聞いても、話してくれる内容を理解出来なかった。

 家を出ると、冷たい風が吹いていた。人間が暮すには、余りにも不毛な土地。

「もともと、私の父が、ここで、ヤティーシャ山の山守と遺跡守をしていたのだ。かつては、ここ一帯に、古代ネペテンスの宇宙都市が、あったとされる。そのなごりが、辺りに転がっている岩だ」

ラグドフィは、歩きながら、大人の頭ほどの岩を、一つ指差した。よく見ると、何かの模様が刻まれている。

「宇宙都市? ネペテンス星の古代文明のこと?」

岩には、不思議な模様が刻まれていた。文字とも模様とも、見える。

「ああ。古代ネペテンスは、この宇宙で最も、旧支配者に対して、目を光らせていた文明だった。その歴史は、ある意味、宇宙遺跡や封印遺跡の歴史より、古いとされている」

植物など、視界を妨げるものは何も無く、登って来た時よりも、今の方が緩やかだった。乾いた地面は、凍っているのか、歩く度に、

シャリシャリと音がしていた。

「地球基準で考えると、約五万年以上、昔になるんでしょう? その頃の地球は、まだ人類は文明を持っていなかったはずなのに、宇宙遺跡は、それよりも古いのだけど、どういうことなのかなぁ」

なんとか、ラグドフィに歩調を合わせ、後について行く。ただでさえ、息をするのが苦しいのに、話をすると、さらに苦しくなってしまう。

「地球にも宇宙にも、まだ未発見の文明がある。それらは、殆どが伝説的な文明だがな。ネペテンスは、宇宙年代でいうと、現在ある惑星の中で、一番古い星とされている。地球に、有史として文明が成立した頃に、ネペテンスは、すでに高度な文明を築いていた。今では、その文明も消えてしまっているが」

ラグドフィは、息を切らせる事はない。

「どんな文明だったの、ネペテンスは。地球のような、科学機械文明では、ないのでしょう?」

息苦しい、だけど色々聞きたかった。

「今に、どんな文明だったか、分るさ。でも、その文明を識者も理解出来る者も、継承する者も、殆どいないがな」

ラグドフィは答えると、足を止めた。

 目の前には、氷岩が無数に転がり、氷の大地となっていて、その先に、絶壁の如く、ヤティーシャ山の山肌があった。空気は、氷そのものだった。

「未だ、解明されていない、ヤティーシャ山。この山だけが、何故か、溶岩ではなくて、氷を噴くのだ。コアがドライアイスで出来ている星は幾つかあるが、どれも生命は存在していない。まだ、この宇宙には、人知を超えたモノやコトが沢山あるのだよ、ホゥリール」

「うん。ねぇ、氷を噴く山なら、地下には溶岩ではなくて、氷が詰まっていることなの?」

近くの岩に座り込み、ホゥリールは息苦しそうに言う。

「さあな。さてと、すっかり、氷に閉ざされてしまっているな」

ラグドフィは、何かを探すように、辺りを歩き回る。腰を降ろしたまま、ホゥリールは、見ている。

 山全体が、氷漬けとなっているため、山肌に、ザイルを刺して登っていくのは、不可能だった。氷の向こうに、山肌が透けて見えている。色を失うことなく、植物などが、氷に閉ざされていた。暫く、辺りを歩いていた、ラグドフィは、巨大な氷岩の塊が、ある場所で足を止めて、ホゥリールを呼んだ。重くきしむ身体を奮い立たせて、ラグドフィの下へと行く。

「何かあったの?」

「これを、見てみろ」

ラグドフィは、氷に埋れている、山肌を指さした。氷の向こうの山肌には、微かに何かが描かれているのが、見えた。あちらこちらに、転がっている岩にも、同じ様な模様が刻まれていた。

「これは、何? ここが遺跡なの?」

「ある意味、ヤティーシャ山自体が、巨大な遺跡なのかもしれないのだ。今、目指しているのは、この先にある」

ラグドフィは答えて、氷の表面に触れる。

「少し、離れていろ」

ホゥリールを、後ろへと下がらせる。後ろに下がりながら、不思議そうに、ラグドフィを見つめる。

 ラグドフィは、氷の表面に触れたまま、瞳を閉じて、何かを呟き始めた。すると、ラグドフィの手を中心に、やわらかな光が、氷の表面へと広がってゆく。それに従って、山肌に刻まれている模様が、光を放ちながら、浮かび上がる。何が起こっているのか、ホゥリールは、目を丸くして見つめていた。ら

ラグドフィは、全ての模様が浮びあがると同時に、瞳を開いた。そして、浮かび上がった模様に、息を吹きかけた。吹きかけた息は、光となり、氷と山肌に、人一人が通れるほどの、穴が開いた。ホゥリールは、何が怒ったのか、理解出来なかった。立ち尽くしたまま、ラグドフィと、山肌の穴を見る。自分の知らない、何かとても不思議な事が、起こった。それとも、どこかに隠し扉でもあったのかな、と。

「今の、何?」

ようやく、言葉となる。

「これらは、失われてしまった、宇宙最古の文明の名残。機械文明により、忘れ去られてしまった、宇宙の理を力とするもの。簡単に言えば、魔法・魔術なるものになるな」

目を丸くしたままの、ホゥリールに、淡々と答えた。

「魔法……。そんなもの、本当にあるの?」

「あるさ。現に今のも、魔法だ。正しい呼び名は、忘れ去られているがな。機械文明が、そう名付けて、非現実的なものとして、排除してしまったのだよ。今では、魔法と呼ばれるものを、操れる者も少なくなっているが、な。かつては、誰もが持ち、操れた力なんだ」

答えると、ラグドフィは、その穴へと入って行く。

「行くぞ。目指す遺跡は、この先だ」

信じられないなという顔で、立ち尽くしていた、ホゥリールに言う。言われて、ホゥリールは、慌てて後を追った。

 何時の時代に造られたのか、まるでシェルターみたいな感じがする。ラグドフィが、魔法で、作り出した明りをたよりに、狭い一本の通路を進んで行く。壁をよく見ると、何か絵らしきものが、描かれているが、それが何の絵であるのか、薄暗くて分らなかった。ラグドフィは、それを気にすることなく、進むので、ホゥリールは、絵に気を取られながらも、必死で後を付いていった。

 登っているのか、降っているのか、よく分らない感覚が続き、時間の感覚すら分らない。ホゥリールは、自分が虚ろに思えた。ここ一帯に漂っている、不思議な空気に飲み込まれていくような、何とも云えない感じがして、眩暈がした。酸素不足かな、たまらず壁にもたれかかった。

 バッチ。鈍い光と、感電したような痛みが、身体をはしり、思わず、ホゥリールは、叫んだ。すると、溜息を吐き、ラグドフィが振り返った。

「大丈夫か。すまんな、言い忘れていた。ここの遺跡には、幾重にも結界が張り巡らされている。ネペテンスの血以外に対しては、阻む作用を持っているんだ」

ラグドフィは、ここへ来て始めて、ホゥリールに手を貸した。

「結界って、なに」

水を飲み、少し落ち着いてから、問う。

「外敵を、拒む仕掛けだ。あとは、神域や聖域と、そうでない場所との境目だな。簡単に言えば、一種のセキュリティーバリアだ。ただ、機械的なものでは、無いがな」

と、答えて、また歩き始める。

「大丈夫なの? なんだか凄く、気持ち悪いんだけど」

「私から、余り離れない方がいい。でも、ここまで入る事が出来たんだ、それなりに、耐性があると、いうことだ。やはり……」

と、言い、その先、何かを言いかけたが、ラグドフィは、口を閉ざした。

―魔法に、耐性があるのは、母親譲りか―

ラグドフィは、内心呟いた。

 それから、暫く歩いていたが、何処を歩いているのか、分らない感覚に曝されながら、ひたすら通路を、進んで行った。その内、気持ち悪さも、落ち着いて、奇妙な感覚にも慣れ始めた。

 前を歩いていた、ラグドフィが、急に足を止めた。どうしたのかと、ラグドフィの視線の先を見ると、暗い通路の先に、微かな明りが見えていた。

「誰か、いるの?」

問うと、ラグドフィは、無言のままで、黙ってろという、仕草をした。ホゥリールは、無言のまま、通路の先へと、神経を集中させている、ラグドフィの様子に、緊張してしまった。気配を殺して、ラグドフィは、歩き始めた。ホゥリールは、その少し後ろから、恐る恐る付いていった。

 ゆっくりと、通路の突き当たりにある扉に、手を掲げて、呪文を呟いた。扉が、開くと同時に、ラグドフィは、身構えていた。

 扉の向こうには、ドーム状の巨大な空間が広がっていて、見えていた、明りは、燭台に灯されていたものだった。

「誰」

部屋の中から、警戒した女の声がした。

ホゥリールには、聞き覚えのある声だった。ラグドフィの後ろから、その姿を探した。

灯された白い炎に、透けるように輝く長い銀髪が、目に入った。

「そなた、何故ここに」

身構えたまま、驚いたように、言う。

「それは、こっちの台詞よ。純血である私が、ここにいては、いけないの? ここは、古代より、ネペテンスが代々、護って来ている場所なのよ」

ラグドフィの言葉に、反発する。

「アブドールと行動を共にする、そなたが、如何してだと、聞いているのだ。ここは、旧支配者の恐ろしさを、語継いでいる場所でもあるんだぞ」

二人は、睨み合っていた。ホゥリールは、戸惑いながら、それを見ていた。

「アブドールって、父さんを殺した奴ら」

ホゥリールは、嫌な汗をかく。この少女は、父親の仇の仲間。そう思ったら、内心とても悲しくなってしまった。

「アブドールとは、共に無い。ただ、旧支配者の力を手にする為に、表面上は、結社の一員のふりをしていただけ。だけど、本当に、結社に荷担する訳なんてない。それは、あなたにも、解るはずよ」

ラムーの言葉に、ラグドフィは首を振る。

「どちらにしても、そなたは間違っている」

ラグドフィは、ラムーとの距離を詰める。

「アブドールって、如何いう事?」

突然、ホゥリールは、二人の間に割って入った。

「あなた、あの時の」

ラムーは、ホゥリールを見る。不思議な色の瞳に、見つめられて、ホゥリールは固まってしまう。

「私は、この宇宙をかつてのカタチに、戻したいだけよ」

ホゥリールを、睨みつけ言う。

「それで、アブドールに入ったのか? それでは、アブドールと変わらないのでは、ないのか? それに、旧支配者の封印を解いてしまえば、原初に戻る訳ではないぞ」

と、ラグドフィ。

「くっ」

ラムーは、顔を歪めて、ラグドフィを睨む。

「アブドールは、そなたの、純血ネペテンスの能力を、利用しているだけだ。今頃は、最後の封印遺跡のある、地球へと向かっているだろうな。最後の封印をとくために」

相変わらず、淡々と言う。

「ねぇ。どうして、宇宙を滅ぼしてしまうかもしれない神の、封印を解こうとしているの」

二人の間で、おずおず問う。

「地球人の知った事では、ない。侵略者の地球人に、私の事など、解るものか。この星を、混血だらけにしてにしてしまったのは、地球人が、統一宇宙とかで、移住促進させたからよ。それだけではない、かつてより侵略の脅威に曝されていたのに。そこに、とどめを刺したのは、地球人なんだから」

憎しみを込めて、答えると、一滴の涙を溢した。真白な頬に、微かに青い粒がつたう。それを見た、ホゥリールは何も言えなくなってしまった。

 地球人は、やっぱり、他の惑星人から、憎まれているのかな。そう思うと、悲しかった。歴史上では、そのような事があったとは、しっているけれど。気付くと、ホゥリールも涙を、溢していた。

「もう、二千年以上昔の出来事だ。今更、あれこれ言う意味などない。何時までも、そこに拘っても、無意味だとは、思わないか?」

ラグドフィは、何時もより強い口調だった。ラムーは、涙を浮かべたまま、ラグドフィを見つめる。

「無意味? 私にとっては、現在進行形で、意味の在る事よ。この星、最後の者として」

身体を震わせ、悲しみや怒りを露わにする。

「そなたの本当の目的では、そなたと同じような思いをする者を、今以上に増やしてしまう事となるんだぞ」

きつく冷淡な口調で、ラグドフィは言う。ラムーは、二人を睨みつけて、

「増える訳ないさ。だって、目覚めてしまえば、全てが消えてしまうもの」

憎しみを湛えた瞳からは、考えられな程、悲しげに言うが、その口元は微かに笑っていた。

「その為に、アブドールの下にあるのか?」

ラグドフィの問いに、ラムーは無言で頷く。ラグドフィは、愚かな、呟いた。

「あなたに、何が解るの、何を言えるの、ハーフのクセに」

わざとらしく、喰ってかかる。

「わかるさ。全てでは、ないがな。少なくとも、私の母は、最後の一人だった。父は、純血ネペテンスだった。多分、そなたの両親達とともに、最後の純血者だったのかもしれない。母は、純血者でありながら、還るべき母星すらも、永遠に失ってしまった。血を尊ぶ事は、しないが、母の血は、誰知る事のない惑星人の血だ。純血だろうが、ハーフだろうが、どうでもよい事だ。だが、母の生まれ星の事を、考えると、そこに、囚われてしまい、何も見えなくなってしまうが、な」

溜息混じりに、ラグドフィは言う。相変わらず、無感情だった。

 一瞬、はっと、した表情になった、ラムーは、じっと、ラグドフィを見つめる。暫く、二人は黙ったまま、見つめ合っていた。ホゥリールは、それを遠巻きに見る。

「そうか、なるほど。よく見れば、そうらしいね。そうか……」

独り言のように呟く。ラグドフィは、それが聞えたのか、頷き、解ってもらえたかと、いう目で、ラムーを見た。

「でも、私は、この宇宙を赦す事は、出来ない」

悲しみを露わにして、ラムーは言うと、ホゥリールとラグドフィを、交互に見る。

「どうして」

ホゥリールは、思わず言ってしまった。その事に、自分自身戸惑ってしまった。何故か、ラムーの事が、気になってしまう。その事が、どうしてなのか、解らないでいた。

「あなたも、父親を亡くして、解るでしょう? 喪ってしまう悲しみと、喪わせた者への、怒りと憎しみが」

静かに答え、ラムーは天井を見上げる。

「間も無く、ルルイエへの道が、開かれる。渡すわけには、いかない」

呟くと、ラムーの姿は、淡い光に包まれて行く。

「待て、そなたは、本当にそれでいいのか?」

ラグドフィが、叫び駆け寄る。

「すべてを、無に、戻すだけ」

ちらっと、ラグドフィを見て、そのまま、光と共に消えた。

「くっ、本当に、それでいいのか……」

ラグドフィは、ラムーの消えた空間を見つめて、悲しげに呟いた。

 暫くの静寂。風も無いのに、灯りがゆれている。

「ねぇ。今のも、魔法なの?」

ラムーの、消えた空間を見つめている、ラグドフィに問う。

「ああ。純血ネペテンス人は、空間を渡る事が出来る。一つの星内に限られるけれど。だから、ここへいたんだ」

答えた、ラグドフィは、どこか上の空だった。

「そんな便利な、事が出来るんだ」

「純血ネペテンス達にとっては、自然なことだった。それは、力の質や方向に、違いがあっても、全ての星人が、ごく自然に使っていた。有史以前の地球人も、また」

と、ラグドフィ。

「僕も、その魔法とか、出来るかな?」

どきどきしながら、問う。

「さあな。こればかりは、修練や知識だけでは、どうにもならない事だ。自分の精神力や気力を、自由にコントロールする事が、可能になれば、専用に開発された、魔法武器を使えるようになる。それが限度だな」

答えたラグドフィは、そのまま、大広間一面に描かれているものを、調べ始めた。

 今まで、見たこともない、文字。絵にも見える。色々な、宇宙考古学の本を、読み漁っていたけれど、このようなものは、本には出ていなかった。未発見、未調査の文明か。自分には、理解不能な文字らしきものを、ラグドフィは、丹念に見ている。することなく、ホゥリールは床に座り、ぼんやりと天井をみつめる。ドーム状の天井には、様々な星座が描かれていた。まるで、プラネタリウムのように、描かれた星が瞬いている。おそらく、ネペテンスから見える、宇宙なのだろう。地球やルーン星とは、全然違う星の配列だった。床に寝転がって、天井を見つめていると、まるで自分が、星空に浮んでいるように感じる。

ホゥリールは、そのまま、目を閉じた。


 風が、呻き声のような音をたてて、奇岩郡を吹き抜けてゆく。一段と、重たく湿った空気が、漂い始めた、惑星ヒュラ。もともと、気象の不安定な星ではあったが、ここ最近、先人達も、戸惑うほどの、異常気象が起こっていた。呼吸することさえ、不快にな霧が、奇岩郡の谷底から、溢れている。それは、星全体へと、拡散していく。それが、旧支配者の吐息であると、知るものは、少ない。ヒュラ星人の殆どは、すでに、旧支配者の事は昔話としか、思っていない。旧支配者を知る者は、ヒュラ星が再び、宇宙の皇となる事を、高らかに謳っていた。

 シャクウィド教団・総本山の礼拝堂。

闇に沈む祭壇。灯りも人気も無い礼拝堂に、ラムーは一人、立っていた。教祖ビァストゥールと、側近の教団幹部達の姿は、すでに無かった。普段なら、灯されているはずの、祭壇の灯も、消えている。

「地球へ行ったのか」

ラムーは、呟き、旧支配者を象った、祭壇の像を見上げる。正常な心の持ち主であれば、まず嫌悪するだろう。醜悪で狂気的な姿。そのようなモノを、神として崇めるとは、いささか、おかしなコト。教団も、その信者も。そして、秘密結社も。

「本来の旧支配者は、人間の言う事などは、聞きもしない、聞くことは無い。なにしろ、思考を持たないと、されている……?」

ラムーは、不意に辺りの気配を探り、そして、舌打ちをした。

「巫女様、お戻りでしたか」

振り返ると、数人の教団信者が立っていた。ローブの色からすると、上位信者。下位信者とは、目に宿る狂気の光が、明らかに違う。それに、下位信者達は全て、ビァストゥールにより、皆殺しにされたと聞く。未だに、血臭が充満しているのは、そのためか。

ラムーは不機嫌そうに、信者達を睨んだ。結社とも教団とも、関わるのも終わり。一刻も早く、地球の封印遺跡へと行き、この手で、封印を解く。そうすれば、全てが終る。

「何か?」

ラムーは、敵意を露わにして問う。

「教祖様の命で、ラムー様を、お連れするようにと、承りました」

「巫女様には、神をこの宇宙へと、お迎えする為の使者に、なってもらいたいと、言うことで、我等と共に、地球へと参ってください」

言いながら、信者達は、ラムーを取り囲む。

「ビァストゥール達は、私を旧支配者への贄になると思っていたのね。初めから、そのつもりだった」

吐き棄てるように、ラムーは言う。信者達は、ラムーに詰め寄る。

「面白い。どっちみち、予想していた事よ。こちらも利用したが、あちらも利用していた、お互い利用しあっていただけね。ふふ」

ラムーの周りに、光の渦が生じる。狂信者達は、それでも、ラムーへと詰め寄る。

「汚らわしい、ハーフ共め、失せろ」

光の渦は、狂信者達を薙ぎ払った。

「御協力、出来ませんか?」

他の狂信者が、倒れる中、一人の狂信者は、平然と立っていた。

「地球とヒュラの、ハーフか。一番、嫌なパターンだな」

ラムーは、嫌悪剥き出しに言う。

「少なからず、ネペテンスも入っていますよ。外見的には、分り難いでしょうが」

ニヤリと笑い、ラムーを見る。

「実は、ボクも、魔法なる力が、使えましてね」

と、言い、ラムーに向けて、何かを放った。

「魔法? 笑わせないでよ、魔法武器を使わないと、力をコントロール出来ないのでは、魔法とは、違うわよ。でも、魔法というのは、本来の言葉が、忘れられて以来、そう呼ばれているだけど」

狂信者が、放った魔法弾を、身軽にかわす。かわした拍子に、髪留めが外れて、長い髪が、流れ落ちて広がる。その髪を掻き揚げて、ラムーは、鼻で笑った。

「ラムー様。貴女を、連れて行けば、僕は今より、上の位へと昇れる。神の袂へと、近づけるのだ」

その狂信者は、魔法武器のパワーを、最大まで高めた。礼拝堂内の空気が、震動する。

「これだから、なまじ力を手にすると」

ラムーは、相手をバカにして、溜息を吐く。

「他の狂信者共よりも、力があるのか、何だか知らないけれど、もう、無理ね」

クスッと笑って、ラムーは姿を消す。その直後、礼拝堂に爆発音が、響き渡った。

神殿を見下ろせる、巨大な奇岩の上から、ラムーは、半壊した神殿を見つめる。

「終わりか。ヒュラ星も、やがて、内部から、喰われていくのだろう。結社も教団の連中も、皆、地球へ向かってしまった。あの海底へ。私が、敗れなかったからか」

口惜しそうに呟くと、ラムーは、再び姿を消した。


 ホゥリールは、夢を見ていた。幼い頃、よく見ていた、宇宙誕生のシミュレーション映像のようだった。ビッグバンによる、星々の誕生。そこまでは、よく見ていた映像だった。だけど、その場面に、巨大な影が飛び交っていた。それは、今まで感じた事のないような、恐ろしさを撒き散らしていた。ソレが、飛び交うに連れて、星々は消えてゆく。

―これが、宇宙を滅ぼしてしまう神?

ホゥリールは、ただぼんやりと、消えてゆく宇宙を見つめていた。

―そうか、だから、封じられていたんだ。アレが、目覚めると、この宇宙全てが消えてしまうんだ。父さんは、アレから宇宙を守っていたんだ。でも、目覚めているよ。宇宙が消えていっているよ。如何すればいいの、父さん?

宇宙はやがて、巨大な影に、飲み込まれてしまった。そして、ソレは、ホゥリールの方を見て、ニヤリと笑った。ホゥリールには、そう感じられた。

 はっ、として、辺りを見ると、天井に、ネペテンスの夜空が描かれているのが、見えた。頭を振って、起き上がる。筋肉痛が激しく痛む。

「よく眠っていたな」

無表情でラグドフィは、ホゥリールを見下ろして言った。

「あ、そんなに寝ていたの、ごめんなさい」

立ち上がると、気まずそうに言った。

「別に構わないが」

と、溜息を吐いた。

「ねぇ。アイツが、目覚めるよ。目覚めて、宇宙を食べてしまうよ」

見ていた夢の事を、話す。

「そうだな。もう、時が来てしまったのだな」

独り言の様に、呟き、笑う。ホゥリールは、不思議そうに、ラグドフィを見る。

「如何したの?」

「いや。やはり、お前は、テレサ殿に似たんだな」

「母さんの事、知っているの? 僕、あんまり知らないし、憶えていないんだ」

ホゥリールは、母親について、ラグドフィに問う。ラグドフィは、少し困った顔になる。

―本当の事を、話すべきか。

カテルとテレサとも、古い付き合いだった。赤子のホゥリールだって、知っている。しかし、母親の事にしても、まだ、ホゥリールには話せない事がある。しかし、ホゥリールの勘の鋭さは、テレサ譲りなのかもしれない。もし、テレサの力を、継いでいるのだとすれば、本人に真実を話し、それを背負わせても、よいのだろうか。

ラグドフィは、悩んでしまった。

「ねぇ、如何したの?」

眉間にシワを寄せている、ラグドフィに、心配そうに、問う。

「考え事さ。とりあえず、麓まで戻るぞ」

大広間の中央へと、歩いて行く。

「ホゥリール、来い」

と、呼ぶ。ホゥリールは、ヨロヨロとしながら、その場へと向う。

「何? 来た道を戻るの?」

かなり嫌そうな顔をして、言う。

「いや。空間を飛ぶ。手を」

ラグドフィは、ホゥリールに手を差し出す。ホゥリールは、不思議そうに、その手を取る。

「それって、あの子が使っていた、魔法?」

おどおどしながら、問う。

「ああ。手を離すなよ。行くぞ」

淡い光に包まれたかと、思うと、無重力を感じる。視界が歪んで、目が回りそうになったので、ホゥリールは目を固く閉じ、ラグドフィの手を、強く握り締めた。

 次の瞬間、頬に風を感じ、澄んだ空気の臭いがした。恐る恐る目を開くと、麓の集落に立っていた。ホゥリールは、目を見開いたまま、固まってしまった。信じられない、胸がドキドキしている。

「これが、魔法なのかぁ」

ホゥリールは、呆然としていた。

 こちらに気付いたのか、誰かが手を振り、歩いてくる。アロスだった。ずっと、二人が帰ってくるのを、待っていたらしい。

呆然としている、ホゥリールをよそに、ラグドフィとアロスは、何やら話し込んでいた。ホゥリールには、理解出来ない話だった。

「地球へ、向かいます」

ラグドフィが、言った。

「封印は、まだ大丈夫なのか? それとも、もう解かれてしまったのか? 封印法が、見つからなかった今、もう、どうにもならないぞ。それでも、行くのか?」

アロスは、半ば諦めたかのように言う。

「はい。あの娘を、止めなければ」

「何者だ?」

「純血、いや、超純血ネペテンスの娘です。おそらく彼女は、この宇宙を消去るつもりです。その為に、アブドールの傘下に入り、封印を解く事を、続けて来たのです。私は、彼女を、止めたい」

思いつめたように、ラグドフィは言う。

「それは、ラムーじゃな。ずっと、探しておったよ。まさか、アブドールに入っておったとは」

信じられないと、溜息混じりに、アロスは言う。

「知って、おられるのですか?」

「ああ。ラムーは、ほんの一時期、この集落で暮しておった。最後の純血者で在る事は、皆知っておった。しかし、あの娘は、最後の純血者で在る事を、受け入れる事をしなかった。極端に、混血者を嫌っておったし。私達は、濃いネペテンスだったから、そうでもなかったが。もう、とにかく、全ての者を敵視していた様に、見えた。そんな、ラムーが姿を消したので、心配していたのじゃよ。何せ、ラムーは、ネペテンスで、最も優れた、魔道師でもあるのでな。それに、ラムーの血筋は、旧神や旧支配者を、より身近に感じ、それらの伝説を語継ぐ、一族だったからな」

アロスは、困り果てた顔で、ラグドフィに答えていた。

「そうだとすれば、アブドールは、その事を知っていたのかもしれません。では、なおさら、ラムーを止めなくては」

ラグドフィは言って、ホゥリールを見る。

「地球へ、行くぞ」

「は、はい」

声を掛けられ、ビックとして、ホゥリールは我に返った。

「まあ、待て。今のまま、その子を連れていっても、無駄死にするだけだぞ。せめて、基本的な、魔法武器の使い方位、教えておくべきだ、ラグドフィ」

アロスが、間に入り言う。

「確かに。では、アロス老にお任せします」

「解った、引き受けよう。ホゥリール、私が、君に、戦い方、魔法武器の使い方を、教えよう。嫌なら、ここに残るのだ」

厳しい目で、ホゥリールに言う。

「わ、解りました。お願いします、僕は、強くなりたいから、是非」

臆病な性格が、嫌だと言っていたが、ホゥリールは、それをなんとか、振り切って言った。

「よし。いいだろう。カテルとテレサの子供ならば、三日もあれば、なんとか基本は、つくだろう」

と、アロスは、ラグドフィに言う。

「頼みます。その間に、船を捜してきます」

言うと、ラグドフィは、淡い光に包まれて、姿を消した。

「さ、こっちじゃ。時間が無いから、手短に行くぞ」

ビあロスは厳しい目で、ホゥリールを見て言った。

「は、はい」

相変わらず、ビクビクしながら答えて、後に続いた。


 地球・海底封印遺跡

 奇怪なモノ達が、ひしめいていた。物理体とエネルギー体の半ばの存在。地球の封印遺跡は、海底深くにある。海底から、地中へと続いているのだった。かつて、巨大な大陸と、文明があったとされている場所でも、あった。

「忌々しい封印を、ようやく解く時が来た」

ビァストゥールは、古きモノに喰われ、のたうちまわっている研究員を、横目に言った。

「はい。ようやく、我々の長年に渡る望みが、叶えられるのです。古神・旧支配者を、降臨させるという」

幹部の一人は、にこやかに笑い、血の臭いの立ち込める部屋を、見回すと、高位信者達に、研究室の奥にある、遺跡へと続く扉を開かせた。微かに、海の臭いのする、空気が流れ込んで来るが、充満している血の臭いに、消されてしまう。

「ここのセキュリティーも、封印守の張った結界も、すでに無意味。さぁ、封印を破り、かつての時代、神の座であった場所にて、今一度、神の世界への道を、開きましょうぞ」

肉片と化した者を、踏みながら、年齢不詳の男は、真っ先に、遺跡へと続く、通路を歩き始めた。まるで、鼻歌でも歌うかのように、忌わしい呪文を高らかに、詠ってい続けていた。それに続くかのように、幹部の者達も、呪文を唱え始めた。古きモノ達は、その呪文に反応し、唸るような声をだしながら、蠢いている。まるで、期待に胸を膨らませているかのように。

ビァストゥールは、面白くなさそうに、舌打をすると、じゃれるように、まとわりついてきた、古きモノを乱暴に掴むと、それを喰い、意味も無く、辺りに汚らしい、肉塊を飛散らせた。そして、その場に残っていた、高位信者を、鋭く長い鉤爪で、切裂き、血を啜った。狂気と返り血で染まった顔を、最高位信者達に向けて、笑う。最高位信者達は傅き、共に、死肉を貪る。

「私は神だ。もう直ぐ、神と一体となり、この宇宙の絶対的な神となり、全てを手にするのだ」

と、叫ぶ。すると、最高位信者達は、その言葉に対して、呪文を呟き始めた。

「ふんぐるい・むぐるうなふ、くとぅる・るるいえ、うがふなぐる、ふたぐん」

ビァストゥールは、満面の笑みを浮かべると、遺跡へと向う通路を、歩き始めた。

 辺りには、むせ返る血の臭いと、古く閉め切った部屋のような臭い、澱んだ海のような臭いが、混じり合い何とも云えない臭いが、充満し、臭いそのものが、封じられし神の、気配とも感じ取れるのだった。 呪文を続け、進む度に、それは強く増していた。

 研究所のセキュリティーや、結界とは別に、海底から、地中にある、封印遺跡へと続く通路には、また別の結界が幾重にも、張られていた。すでに、幹部の者達が、破っており、ビァストゥールは、また不機嫌になった。

 海底の地中ということもあってか、かなりの重圧感が、ある。空気も薄いのか、息苦しさがある。封印遺跡の内部通路に、入ると、さらに、それは激しくなった。壁には、意味はおろか、それが文字か絵か、区別する事が出来ない。刻み付けたのか、描いたのか、それすらも、判別つかない。他の封印遺跡よりも、風化もなく鮮明に残っているのは、ここが海底地中だからなのだろうか。暗い通路の突き当たりにある扉の前で、幹部達は、ビァストゥールを待っていた。ビァストゥールは、足を止める。

「この向こうに、我が神の玉座となる場所が、あるのだ」

年齢不詳の男は、言うと、ビァストゥールを始めとした、一行を振り返り見つめる。

「さぁ、神の代理人である、教祖ビァストゥールよ、その扉を開き給え」

狂気に満ちた笑みを浮かべて、男は言うと、ビァストゥールを扉の前へと、立たせた。

 扉には、壁同様、解読不能な文字が、ぎっしりと刻み込まれていた。ビァストゥールは、ゆっくりと、扉に触れた。扉に刻まれている、文字が消えていく。その文字が、全て消えると、扉は、不自然な音をたてて、ゆっくりと開いた。開いていく扉の隙間から、見える扉の向こう側は、暗い闇が広がっていた。扉が完全に開いた扉の向こうは、まるで、宇宙のワープ空間みたいだった。無限に広がっているように、見える。それに、皆、息を飲んだ。その部屋に入ると、感じた事の無い、違和感に包まれた。歩く度、無重力のような感じがし、肌には何かが、絡み付いてくる感触がする、なんとも言い難い、感覚がするのだった。

「ここが、神の玉座」

ビァストゥールは、呟く。

「ここに、神が降り立つのか」

「はい。そのためには、ここに掛けられている、最後の封印を解かなければ、なりません」

幹部の一人が、言う。

「術は?」

「間も無く、来ますよ。我等とは、利害関係である者が」

「ラムー、か」

忌々しく、言う。

「はい」

そう言うと、扉の方を見た。

 長く透けるような銀色の髪が、闇の中で輝いている。

「旧支配者は、私が召喚する」

ラムーは、ビァストゥール達を、睨みながら、歩み寄る。

「ラムー。最後にして、最高の超純血ネペテンス。その血を捧げれば、この封印は解け、神が再び、この宇宙へと降り立てるのだ。そして、私は神と一体になり、この宇宙の神となるのだ」

ビァストゥールは、勝ち誇った様に、高らかに言った。

ラムーは、それを鼻先で笑った。

「いかに、そなたが、超純血のネペテンスだからと言って、我等や古きモノ達を、一度に相手にするのは、無謀であろう。ここは、おとなしく、我等に従うべきではないか?」

年齢不詳の男は、淡々と言い、虚空から、古きモノ達を、召喚する。

「さぁ、お前達、あの娘を、我が神に捧げるのだ」

ビァストゥールの声とともに、最高位信者達は、祭具を手に、ラムーに襲い掛った。まるで、理性を持ち損ねた、魔物の如く。

ラムーは、それをかわしながら、手加減する事なく、魔法で、狂信者達を薙ぎ払う。そして、ビァストゥールや古きモノ達の攻撃を、かわしては、新たな魔法を、解き放っていく。

「何時まで、そう元気に、やっていられるかな」

にやりと、笑い、年齢不詳の男は、再び、古きモノ達を召喚する。

それでも、ラムーは強気に、迎え撃っていた。

 辺りには、人間の血と、古きモノ達の汚れた体液が、飛び散り、異様な臭いが漂いはじめ、空間が歪むかのように、揺れ始めていた。

まるで鼓動の様に、一定のリズムを刻んでいた。ふと見ると、倒れ込んでいる、狂信者達は、徐々に闇に溶けていっていた。少しずつ、揺れは強くなっていく。

「信者共の、血肉や古きモノ達の残骸を、吸収しているのだよ。封印の内側からな。それも、封印が弱くなっている、証拠だよ」

笑みを浮かべたまま、次から次へ、古きモノ達を召喚しながら、年齢不詳の男は言った。

 多勢に無勢。強気だったラムーも、疲れが出ていた。徐々に追いつめられていく。圧倒的に、ラムーが不利。でも、ラムー自身、それを認めたくなかった。

 なんとしても、この者達を倒し、神を、自分の手で、召喚したい。なんとしても。

真白な肌には、無数の傷が出来、紅い血が流れ落ちる。その血は、まるで、肌の模様かのように、彩られていた。

「諦めろ。神を迎える為、その封印を解く術となる事に、誇りを持つが言い。旧支配者の為に、その血肉を捧げるのだから」

肩で荒い息をする、ラムー。追いつめられていく、ラムーにビァストゥールは、勝ち誇った笑みを浮かべて、言った。

「うるさいっ」

ありったけの力を込めて、ラムーは、光を放った。しかし、すでに思った以上に、力を使っていたのか、ビァストゥールを、打倒すほどの、力は無かった。ラムーは、口惜しさと憎しみを込めた瞳で、ビァストゥールを睨みつけていた。古きモノ達を、召喚していた、年齢不詳の男も、笑みを浮かべて、二人の様子を窺っていた。

 ラムーは、それでも、睨みつけていた。

旧支配者と称される神を、この宇宙へと召喚する。そして、神の力を解放する。それだけの為に、生きてきた。それだけが、生きて存在している、自分の理由。それは、この宇宙への復讐の為。旧支配者の力を求める者や、地球の侵略により、消えてしまった惑星達の、復讐を、この手で成し遂げたかった。

「どうやら、観念したみたいです」

幹部の一人が言う。

「これで、封印は解け、神は再び、この宇宙へと降り立つ」

ビァストゥールは、ラムーに、鋭く伸びた鉤爪を、振り下ろした。

ラムーは、かわせず、瞳を閉じる。閉じた瞳からは、熱いものが、零れ落ちた。

「ぐはぁ」

ラムーは、一瞬固まった。何が起こったのか、理解出来なかった。まだ、自分は生きている。それだけは、確かだった。そう思うと、少しだけ、安堵する。瞳を開くと、忌々しい顔で、振り返っているビァストゥールと、倒れて、闇に溶かされていく、幹部の姿が、目に入った。何が起こったのかと、ビァストゥールの視線を追うと、扉の外側に、ホゥリールとラグドフィの姿が、あった。

「来い、ラムー」

ラグドフィが、呼んだ。ラグドフィが、放った魔法が、幹部の者を倒したのだった。ラムーは、動けなかった。ラグドフィ達が、ここへ来て、自分を助けようとする事が、理解出来なかったから。

「おのれ、邪魔をしおって」

ビァストゥールは、二人に向かって、魔法を放つ。ラグドフィは、新たに魔法を放ち、打消すと、ラムーに、呼びかける。

「ラムー。私達と、共に来るんだ」

ホゥリールを気づかいながら、古きモノ達や、残っている幹部達を、実魔法と、魔法武器で、蹴散らしながら、続けた。

 ラムーは、戸惑うばかりだった。どっちにしても、如何するべきか、冷静に考える事すら、出来なかった。

「如何して?」

戦う、二人を見て、ラムーは呟く。

 また一段と、強い揺れとなる。大荒れの海の波のように。この空間全体が、ゆれるかのように、また歪んでいるようだった。平衡感覚が、狂ってしまいそうだった。

「もう、封印が解ける」

年齢不詳の男は、小さく呟く。

「おお」

ビァストゥールは、感嘆の声を上げる。その隙を突くかのように、ラグドフィは、魔法をビァストゥールに放つと、ラムーに駆け寄り、その腕を掴んで、駆け出した。

 赤とも青ともいえる血を、流しながら、ビァストゥールは、怒りに満ちた声で、幹部達にあたる。幹部達も、古きモノ達を、召喚する。向かい来る、ソレ等を、ホゥリールは、なんとか、魔法銃で、打ち落としていく。

ネペテンスで、アロスから教わり、地球へ向う船のなかで、ラグドフィに鍛えてもらった。

ホゥリール自身、必死になって、マスターしたのだった。ラグドフィも、アロスも、血は争えないなと、頷く程だった。

 その空間から、扉の外へ出る。追ってくる、古きモノ達を、蹴散らしながら、部屋の中を見る。部屋の空間は、外からみると、歪んで曲がっているかのように、見えた。

 ラムーは、はっとして、ラグドフィの手を振り払い、微かに紅くなった。

「何、如何いうつもり。私は、旧支配者を、召喚するつもりだったのに」

息を切らしながら、ラグドフィに喰ってかかる。

「そなたの力が、必要だ。それに、このまま、放ってはおけない」

淡々としか、言わない。

「ラグドフィさん。あいつ等、来たよ」

扉の向こうから、新たな古きモノ達が、向かってくる。ホゥリールは、魔法弾を投げる。扉の入り口で、光が破裂して、古きモノ達は、奥へ吹っ飛ばされた。ホゥリールには、まだ、打倒す程の力は、なかった。

 やがて、遺跡自体も揺れ始めた。

「ホゥリール、先に行け」

と、言うと、ラグドフィは、ラムーの腕を掴んだ。ラムーは、抵抗するが、ラグドフィは、さらに強く握り、半ば無理矢理、引き摺る様にして、ラムーの腕を引っ張り、ホゥリールの後を追った。ラムーは、何度も振り払おうとしたが、すでに力を使いきり、振り払えなかった。

心の何処かで、迷っているのかもしれない。でも、それを認めたくなかった。

 遺跡の中は、異様な気配に満ちていた。その気配から、最後の封印が解けていくのが、分る。それを、ラグドフィもラムーも、感じ取っていた。足元が、おぼつかなくなっていくラムーを、ラグドフィは、抱き抱えるようにして、遺跡の中を駆け抜ける。

ホゥリールを、先に行かせて正解だったな。すでに、下の方は、空間ごと崩れ、始めていた。遺跡を抜けて、研究室へと入る。研究室に直接着けれる、専用の船停デバイス。横付けしている船に、一足先に、ホゥリールは乗り込み、心配そうに、二人を待っていた。

「大丈夫?」

グッタリとしている、ラムーに、心配そうに問う。ラムーは、答えず、目をそらすと、その目を閉じた。

今はどうでもよかった。何も考えたくは、なかった。

ラグドフィは、そっとして、おくんだと、目でホゥリールに伝えると、操縦席に着くと、船を発進させた。

 その直後、海底の地中にある、封印遺跡が内部崩壊したのか、海底地震となって、海中を濁らせ、荒れ狂う渦を、海面には波を、巻き起こしたのだった。陸海空、そして、宇宙を、自由に移動出来る船で、なんとか、海中を突っ切り、空へと、飛立つ。窓から、海面を見ると、ドロドロに濁ってしまっていた。

それを見て、ラグドフィは、深い溜息とともに、首を振った。

「みんな、崩れて沈んじゃったのか、秘密気者も教団の人も」

しばらくして、ホゥリールが言った。

「さぁな。あの部屋は、別空間だったから。だから、あの扉の向こう側の部屋、空間だけは、存在している。旧支配者の降り立つ場所として。異次元世界、ルルイエだ」

と、言うと、また溜息を吐いた。

 追手が来る様子も、感じられない。ラグドフィは、海底遺跡のあった上空で、様子を見るため、旋回する。海が、濁り荒れているのが、上空高くからでも、はっきりと分った。

「これから、どするの?」

疲れた声で、ホゥリールが問う。

「このまま、地球を出て、火星へ。とりあえず、火星で話す」

そう答えると、ラグドフィは、二人に、シートベルトを締めるように言い、自分も締める。

 この船は、星内の陸海空だけでなく、星内飛行から、宇宙へと移って航行出来る。宇宙航行は、短い距離に限られている。ラグドフィは、船を一気に加速させた。上昇するにしたがい、身体にずっしりと、重力がかかる。大気圏を抜けて、宇宙空間へと出る。大型船に比べると、身体に掛る重力は、大きく、揺れも激しかった。その為、この船は、多機能であったが、普及しなかった。

 地球や、月や火星の周辺は、プロアマ問わずに、宇宙船の航行が出来る、少ない星域だった。そのため、航行する船の数が、多い。ラグドフィは、それらの船を、避けるようにして、フルスピードで、火星へと向かう。一番速い船ならば、一日もあれば、行ける。

「旧支配者が、こちらの宇宙へと、完全に降り立ってしまったら、もう、如何する事も出来ない」

口惜しそうに、ラムーは呟く。

「それって、父さんの仇が、討てなくなるってこと?」

と、ラムーに気を使うようにして、言う。

「まだ、そうと決まったワケでは、ないさ」

ラグドフィは、オートパイロットに設定して、ラムーの所へと、来た。小型船なので、操縦席の後ろが、すぐ座席になっている。四人用の座席の後に、座っていた。

 やってきた、ラグドフィを、鬱陶しそうに、見上げる、ラムー。ホゥリールは、濡れタオルを、おずおずと、ラムーに渡した。

ラムーは、ぶっきらぼうに、タオルを受け取ると、顔や腕を拭く。タオルは、あっという間に、赤く染まる。

「痣に、なってしまったじゃない」

ラグドフィに、掴まれた、腕のところが、赤紫に腫れていた。身体に受けた、無数の傷よりも、その事を、ラムーは指して、言った。

「それは、すまなかったな。でも、そなたは、あそこで、奴等に喰われていたのかもしれんぞ」

と、淡々と言い返すと、そっと、ラムーの腕に、触れた。すると、痣や他の傷が、消えていく。

「これで、いいか?」

ラムーを、真っ直ぐに見つめて、言う。

ラムーは、ムッとして、頬を赤くそめ、そっぽを向いた。

「治癒の力が、使えるなんて、珍しいのね」

厭味っぽく言い、挑戦的な瞳で、ラグドフィを睨んだ。

「それは、結構」

クスッと、笑う。

二人のやり取りを、見ていた、ホゥリールは、複雑な気持ちに、なってしまった。

「今頃、旧支配者、クトゥルと称されし神は、この宇宙へと、地球の、あの祭壇へと、降り来たり、その力を手にするのね」

毒々しく、ラムーは呟く。

「誰も、旧支配者・クトゥルの力を手にする事も、操る事も出来ない。その事は、そなただって、よく知っているはずだ、ラムー」

淡々と、ラグドフィは言う。その言葉に、ラムーは、微かに動揺を見せた。

「クトゥルが、この宇宙へと降臨すれば、やがて、この宇宙は滅びてしまう。その事を、純血ネペテンスである、そなたが、知らないはずは、ない」

小さな子供を、叱咤するように、ラグドフィは言った。

「そなたは、それでいいのか? このままでは、そなたと同じ様な思いを、全ての人間がしてしまうぞ」

「もう、遅いよ。誰も、止められない。あいつ等だって、力なんか手には、出来ないはずだよ。解ってた。でも、もう、いいんだ」

大粒の涙を溢しながら、ラグドフィを睨んだ。

「その術を、探しているんだ」

無感情に、呟くと、ラグドフィは、再び、操縦席に座った。

 

 船は、火星にある、かつての宇宙遺跡研究所専用の、空港へと降りた。数年前に、研究所が、閉鎖されてからは、使われることはない。周辺にも、居住区が無いため、ひっそりとしている。船を格納庫に入れて、ラグドフィは、マスターキーで、閉ざされた研究所の扉を開く。ラムーは、だまったまま、二人の後ろを付いて行く。三人とも、ボロボロだった。ラムーは、船の中で、ラグドフィが治療したものの、まだ、かなりのダメージを受けていた。

「あなた、ただの宇宙遺跡研究所の、人間では、ないでしょう? 封印守でも、そのような権限は、無いはず」

研究所内の、ロックされている通路を、マスターキーで、解除しながら進む。通路を歩きながら、ラムーが言った。ホゥリールも、気になっていたのか、ラグドフィを見る。

「ここが、閉鎖される前は、所長件主任だったからな。今も、ここの権限は、私が全て、握っている。時折、管理の為に来ている」

答えて、また一つ扉を開く。そこは、研究員が、使っていた、居住スペースだった。

「一応、最低限の物は、揃っている。そのなりでは、一般船には乗れないから、着替えをしておくんだな。シャワーも使えるから、汗や血を、洗い流すんだ。傷薬も、出しておこう」

それだけ言うと、ホゥリールとラムーを、底へ残したまま、また別の部屋へと、入って行った。

 ホゥリールとラムーは、二人っきりになる。ホゥリールは、緊張してしまった。傷だらけで、疲れきっている、ラムーに、何と声を掛けるべきか、悩んでしまう。そんな、ホゥリールには、目をくれず、ラムーは、ロッカーの中から、自分のサイズの服を見つけ、一瞬、ホゥリールの方を、見て、シャワールームへと、消えていった。ホゥリールは、情けない溜息を吐くと、自分も着替えを手に、シャワールームへと行った。初めての戦いで、身体は疲れていたが、精神的には、落ち着かなかった。


 封印遺跡の奥に閉ざされていた、異次元世界ルルイエ。遺跡崩壊により、閉ざされた扉の内側で、ビァストゥールは、苛立たしく、生き残っていた、最高位信者達を、爪で切裂いていた。

「おのれ小娘め、封印守め」

「落ち着きなされよ。間も無く、クトゥルが、こちらの世界へと、降り来る。教祖として、神を迎えるのが、務めでしょう」

年齢不詳の男は、言って、自分の隣にいる、初老の男をちらりと、見た。その男は、微かに笑って、頷いた。

 ビァストゥールは、満面の笑みを浮かべて、魔法陣らしき模様の、刻まれたものの上に立つ。それを、待っていたかのように、空間が、波の様にうねりはじめた。

「我こそは、この宇宙の生きとし生ける者、全ての血を持つ者。全ての主である。さぁ、神クトゥルよ、汝の力を、我の力と、なり給え」

ビァストゥールは、虚空を仰ぎ、声高らかに叫んだ。

次の瞬間、ビァストゥールの表情が、凍りついた。

「ぐ、な、なにぃっ」

ゆっくりと、視線を下に移動させ、ビァストゥールは、驚きと怒りで、顔を歪めた。

「お、おのれぇ」

自分の胸を、鋭い刃が、貫いていた。正面には、狂気に満ちた笑みを浮かべて、年齢不詳の男が、立っていた。背後には、刃を突き刺している、初老の男。ビァストゥールは、禍々しい瞳で、二人を見た。

「な、な、ぜ。ぐっは」

声を絞り出そうとすると、声の変わりに、鮮血が、咽を通り、口から滴る。胸に刺さっている、刃を抜こうとしたが、幾ら力を込めても、抜く事が出来ず、ビァストゥールは、膝を着いた。それでも、二人を睨みつけていた。

「今まで、シャクゥイド教の教主としての務め、ご苦労だったな。全ては、手筈通りだ」

年齢不詳の男は、狂笑上げるように言い、うずくまっている、ビァストゥールを見た。ビァストゥールには、睨み返す事しか出来ない。

「この際だから、話しておこう。シャクゥイド教団は、秘密結社アブドールが、贄を集める為に作りあげたものだ。クトゥルを崇める者の血肉でないと、封印を弱める事が出来ないのでな。もともと、アブドールは、異宇宙・外宇宙より、この宇宙に飛来した存在の力を、欲する者の集りだった。万物なる全ての宇宙を手にし、その主となるべく為に、遥かな昔に結成したのだ。地球やヒュラ星を始めとした惑星、今は消え去った惑星も含めた、全ての惑星に、同志がいた。しかし、幾重にも掛けられた封印は、同志の力を持ってしても、破る事が困難だった。旧支配者・クトゥルの力を求める、妨げである封印を破る術を、考えた結果が、教団だ。狂信的に、崇めさせて、封印の向こう側に囚われている、クトゥルに呼びかける。呪法上、血肉で神域を汚す事で、封印は弱まったり、効力を失ったりするというから、信者達の血肉で、封印遺跡を汚すことで、封印を解く事を考えついた。それが、教団であり、お前自身だ。盲信狂信に、クトゥルを崇め、自分を神の代理人と、信じきった者を、最高の贄とするために、な。その為にも、教祖となる者も、それらしくなくてはと、この宇宙全ての、遺伝子を合成したのだ。全ての遺伝子を合成し、理性や知能のあるモノを造るのは、いささか苦労したが、我が手に、クトゥルを戻せるのならば、大した事では、なかった。お前は、クトゥルに、捧げられる贄の為だけに、生まれ存在していたのだ」

年齢不詳の男は、狂笑を浮かべたまま、抑揚のない声で言った。

「は、じめから、その、つもり、で」

口から傷口から、血を滴り落としながら、言う。咽に絡む血で、咽る。何とも云えない表情で、二人を睨む。

「ああ。そうだ。クトゥルは、お前の亡骸の上に、降り立つのだよ。嬉しく思うが良い」

年齢不詳の男は、嬉しそうに言った。

「アヴドゥール=アルアジフ様。ご自身が、おやりになりますか?」

振り返り、初老の男は言う。

「いや、私は、じっくりと、降り立つ神を観たいのでな」

答えて、一歩下がる。

「そうですか。では、私が。大いなる神にして、旧支配者クトゥルよ、今ここに還り来たれ」

初老の男は、唖然としているビァストゥールに、刃を振り下ろした。鮮血が散り、首が転がった。宙に浮いている感覚があるのに、しっかりと地面があるのだった。

 それと同時に、激しく空間が揺れて、歪んでいくのを感じる。全てを、覆い尽くすほどの、恐ろしく禍々しい気配が、津波の様に近付いて来るのを感じて、アルアジフは、歓喜した。その手には、鋭い刃が握られていた。

「おお、神が近付いて来る、やりましたね、アヴドゥール=アルアジ……」

同じく歓喜していた、初老の男は、目を見開いたまま、その場へ倒れた。アルアジフは、返り血で染まり、狂笑を上げる。そして、死体を切り刻みながら、近付いて来る、王になる気配に、酔いしれていた。

「クトゥルを、手にするのは、この私だけ。その為に、気の遠くなる時間を存在して来たのだよ。この身を、不老不死とさせて、遥かなる、ムーの時代より」

アルアジフの狂笑は、何時までも続いていた。

空間は、捻じ曲がり、たゆたうようにして、爆発するかのように、外へ外へ、まるで、触手を伸ばすかのように、広がっていった。


 火星、旧宇宙遺跡研究所。

ラムーは、戸惑っていた。かつては、研究員達が、くつろぐ為のサロンだった部屋で、一人、外の景色を見つめていた。景色が、殺風景なのは、この辺りは、開発が禁止されていたから。幾ら、テラフォーミングしたといっても、惑星全体を整備する事は、出来ていない。

 ぐったりとした、身体。思った以上に、ダメージを受けていたのか。それに、精神的なダメージも、あるのかもしれない。一番、奪われたく無い者達に、旧支配者を召喚されてしまった。口惜しくてたまらなかった。

 この宇宙を、消してしまいたかった。全てを滅ぼして、しまいたかった。自分の手で。それが、旧支配者の力を手にする事で、手には出来ない力を、解き放つ事で、成し遂げたかった。それだけの為に、生きてきたようなもの。それが、叶わない今、生きている意味が、無い。

だけど……。

ラムーは、何度目かの溜息を吐く。

「解っているよ。それが、どれほどの事なのかも。それを全て、受け止めていいと、思っていた」

唇を噛む。

「結局は滅びるのであっても、奴等の思い通りには、させたくない。奴等の、召喚した、クトゥルには、滅ぼされたくない」

ラムーの中で、二つの心が反発しあう。

―滅びてしまえば、いいのよ。何もかも。

ずっと抱えていた、悲しみと憎しみ。そして、孤独が、胸の奥で蠢く。

『本当に、それでいいの?』

誰かが、その思いを否定する。

「わからない」

ラムーは、苦しげに呟く。ラグドフィの言葉が、リバースする。

『そなたと、同じ思いをする者が、増えてしまうだろうな』

皆、私の思いを知ればいいのよ。そう思うと、思う程、本当に良いのか? と、問いつづける者がいる。

「どうすればいい。こちらの宇宙に、降り立ってしまえば、何もかも滅びてしまう。それに、太刀打ちする術など、無いのに」

呟くと、ラムーの瞳から、涙が零れ落ち、嗚咽が喉を振るわせた。

 そんな、ラムーに、何と声を掛ければいいのか、ホゥリールは戸惑っていた。とても、声なんか掛けれそうにない、雰囲気が漂っていた。ホゥリールは、サロンから離れると、ラグドフィの所へ、向かった。

 ラグドフィは、じっと、モニターを見つめていた。その顔は、何時に無く、無表情だった。

「ラグドフィさん」

研究所のメインルーム。ここには、ちょっとした軍事基地並の、システムが揃っている。どこの宇宙研究所にも、少なからず、その様な設備が入っていて、封印遺跡である宇宙遺跡の所には、高度なシステムが配備されていたのだった。それもまた、封印を守るための物だった。

ラグドフィは、様々なシステムを起動させて、考え込んでいて、ホゥリールの声に、気付かないようだった。

ホゥリールは、もう一度、ラグドフィに声を掛けた。すると、小さく溜息を吐き、振り返った。

「ホゥリールか。ラムーは?」

疲れた声で、言う。

「なんだか、泣いていたよ。だから、声かけれなかった。ねぇ、これから如何するの? 最後の封印が、解けてしまったのなら、この宇宙は、滅びてしまうんじゃないの?」

ホゥリールは、恐る恐る聞いてみた。

「滅びるだろう。今しがた、こちら側の宇宙へと、降り立った。あの地球の封印遺跡深くにあった、ある種の異空間で、まだ押さえられているが、やがて、この宇宙へと、触手を伸ばすだろう。そうなってしまえば、例え、最新の最強破壊兵器を、持ってしても、倒す事は出来ない」

それだけ答えると、再び、ラグドフィは、システムに向き直った。

「今はまだ、誰も知らない。その存在自体を、知る者は、限られている。今はまだ、静かだが、降臨してしまった以上、滅びへと向かう。何がどの様に起こるのか、さえ解らない。また、使役されるような、古きモノ達とは別の、古きモノ達まで、こちらの宇宙へ来てしまえば、全てが喰い尽くされてしまう」

システムを操作しながら、ラグドフィは言った。そして、しばらく、口を閉ざして、溜息を吐くと、システムを落とした。

「如何したの?」

不安そうに、見つめる。

「一度、ルーン星へ戻る。ルーン星の中央図書館に、封印遺跡などに関する古文書が、保管されている。その中に、旧支配者に関する物が、あるといいのだが。それが、参考になるかもしれん」

ラグドフィは答え、ホゥリールに出発の用意を、するように言い、研究所のメインルームを出た。

ホゥリールは、ルーン星へ戻ると、聞いて、複雑で悲しい気持ちに、なってしまった。

 ラグドフィは、ラムーのいる、サロンへと入る。

「ラムー。これから、ルーン星へ向かう。そなたも、一緒に来るんだ」

淡々と言い、立去る。

 ラムーは、立去るラグドフィの背中を、横目で見る。立去ったのを確認してから、ラムーは立ち上がり、近くの水道で、顔を洗い、髪を結いなおした。

 研究所を後に、火星中央空港に向かう。その船の中で、会話する事は無かった。ラムーは、この先、二人と行動するか、どうするべきか、考えていた。心を悟られたくなく、視線を合わせないようにしていた。


 火星から、ルーン星へと向かう船は、ほぼ満席だった。やはり、地球人が大半で、中には、地球系のハーフも多かった。ここ百数十年の間に、混血者が増える一方、純血者の割合は、少なくなってきていた。異惑星間でも、子を生す事が出来る事が、分ってからは、惑星を越えた繋がりが、新たに生まれたのだった。宇宙政府は、最近になって、各惑星の純血を保つように、呼びかけていた。

 船の中だと、ラグドフィやラムーの姿は、目立っている。特にラムーは、純血ネペテンスであるので、際立って目立つ。だけど、周りの視線などを、気にすることもなく、声を掛けてくる者を、冷たく睨み返す。ホゥリールは、その度に悩んでしまった。どう、ラムーに、接するべきかと。乗客達は、遠巻きにラムーを見ている。ラムーは、乗客達の視線を気に止めることなく、通路を挟んで隣に座っていた、ラグドフィに話し掛けた。

「あなた、何故、私に構うの。それなりの理由を、答えて。で、ないと、どうしても納得出来ない」

今まで、視線を合わせる事のなかった、ラムーは、真っ直ぐに、ラグドフィを見つめる。ラグドフィも、ラムーを見つめ、暫く考え込む。

「いいだろう。その前に、私の事を、話しておこう。それを聞けば、解る筈だ」

と、ラムーに言うと、ラグドフィは、一呼吸おいて、話し始めた。ホゥリールも、その話に、耳を傾ける。

「私は、見ての通り、ネペテンスのハーフだ。父は、純血のネペテンス星人だった。私の母とは、旧神についての研究で、知り合ったと、聞いている」

「旧神。クトゥルと、この宇宙の覇権を巡り、戦ったという存在ね。現在、宇宙各地で、信仰されている神々の祖。しかし、その存在を、研究していた者って」

ラムーは、“旧神”という言葉に、鋭く反応する。

「それは、私の母に関係している。以前話した、続きとでも、思うといい。母は、今は亡き惑星ヒラニプラの純血者であり、また、最後の惑星人だった」

ラグドフィは、いつも以上に、無表情で淡々と喋っている。

「ヒラニプラ? 数ある惑星の中でも、ネペテンス以上に、古い惑星。だけど、随分と昔に、消え去ったと、されているけれど」

「ああ。秘密結社アブドールに、滅ぼされたと、言っても、過言ではない」

無表情だった、ラグドフィは、微かに表情を浮かす。

ホゥリールには、話が見えなかった。だけど、ラムーは、じっと、ラグドフィを見つめ、話を聞いている。

「ヒラニプラの場合、封印遺跡は、惑星そのものを、封印の要にしていた。如何して、その様な事だったのか、未だ分らない。でも、封印を解いたのは、アブドールだ。でも、その頃から、アブドールは、かなりの力を持っていた事と、なる。それが、解せない」

「それが、旧神と、何か関係があるとか?」

と、ラムー。

「さあな。もともと、色々あった惑星だったらしいから。星人も、純血者は殆ど残っていなかったと、聞く。私の母は、その者達の最後の子だった。惑星自体、滅びなくても、純血星人は絶えてしまうのだった。侵略される事も、入植される事も、無かった。宇宙考古学の研究者達が、時折来て、そのまま居着いたり、漂流者が辿り着き、そのまま残る程度だった。純血が消えてしまったのは、星自体の定だったのかもしれん」

そこまで話して、深い溜息を吐くと、ラグドフィは、瞳を閉じる。

「父の母星である、ネペテンスに住んでいたから、私達は生き残れた。だけど、母は、還るべき母星を、喪ってしまい、そして、宇宙でたった一人の、純血ヒラニプラ人と、なってしまった。父や、血を分けた私が、いたけれど、母の心の深淵は、孤独だったのかもしれない」

と、言い、瞳を開く。ラムーは、微かに悲しそうな目で、ラグドフィを見ていた。

「あなたの母様は、どんな人だったの?」

ラムーは、少し視線をずらして、問う。ラグドフィの言わんとせんことも、解るが。

「ごく普通の母親像と、いうものだよ。ただ、他惑星人とは、あまり交流の無い、ヒラニプラ星人だったから、他惑星人から、見ると、変わっていたのかもしれないな。私自身、詳しくは知らないが、ネペテンス星人の中でも、父の母方の血筋は、旧神の伝承に通じる者だったらしい。そして、父もまた、封印守にして、ヤティーシャ遺跡の守り人だった」

答えて、ラグドフィは、客室サービスで配られていた、お茶を啜り、重く息を吐いた。

「だから、私も、封印守となったのだ。そして、旧支配者に関する事を、追い求め、結社と戦う為にも」

「それは、その、母様の仇のつもりなの?」

ラムーが問うが、ラグドフィは答えなかった。ラムーは暫く、ラグドフィを見つめていたが、黙り込み、無表情となってしまったので、それ以上、問う事はせずに、また窓の外を見つめる。

 船は、ワープ空間を抜けて、ルーン星域に入っていた。



 ルーン星の、宇宙空港へ到着する。半年ぶりの、ルーン。だけど、ルーン星では、すでに季節が、一回りしていた。地球基準では、半年。だけど、ルーン星では一年が過ぎていた。懐かしさの反面、悲しかった。この半年は、自分の知らない事や、理解を越える事ばかりだった。父親の死も、宇宙を滅ぼす存在の事も。父親の仇を討つ為にも、もっと強くなりたかった。久しぶりのルーン星だったけれど、もう、父親も、森も、暮していた家も無い。

「なんだか、騒がしいね」

空港ロビーに、人が群がり、口々に話しているのを見て、首を傾げた。

何時もなら、人々の注目の的となる、ラムーには、目もくれず、テレビを囲んで、ざわめいていた。

「何か、あったのですか?」

嫌な予感を感じて、巡回していたガードマンに問う。すると、しかめっ面をして、ホゥリール達、三人を見る。

「知らないのか? 地球やヒュラ星を、中心とした星域では、原因不明の異常嵐が起こっていて、大変な被害が出ているらしい。宇宙全体的に、異常現象が起こっているとも、言っていた。このまま、被害が拡大すれば、全ての宇宙船が、欠航してしまいかねないな。かなりの、騒ぎになっているが、対策が挙がっていない。あんた達も、情報に気を付けるんだな」

答えると、通路にたむろしている、人々に声を掛けながら、去って行った。

ラグドフィは、眉をひそめて、テレビを囲んでいる人々を見る。

「すでに、降臨してしまったな」

その声には、はっきりとした、怒りが込められていた。

「こうなってしまった以上、クトゥルは、全てを喰い尽くす。かつて、クトゥルを封印した術は、超古代の英知と技。それは、失われてしまっている、如何するつもり?」

皮肉な笑みを浮かべて、ラムーは言う。

「それを、探すために、図書館へ行くんだよ」

否定的に言う、ラムーに対して、ホゥリールは、それを改めるような、感じて言った。

ラムーは一瞬、ムッとして、ホゥリールを睨んだが、何も言わず、また視線をずらした。

「ここで、ボーっとしていても、時間の無駄だ。行くぞ」

ちらっと、ラムーを見て、ラグドフィは言うと、先に歩き出した。

ホゥリールは、その後へ続く。ラムーは、不安そうに話しをしている人々と、歩いて行く二人を、交互に見る。

「この宇宙が、どうなろうと、私には……。もともと、そのつもりだった」

ラムーは、呟いて瞳を閉じる。 

―ラグドフィの母様は、何を想っていたの? 最後の純血ヒラニプラ星人として、また、還るべき星を、失ってしまった時。何を想い考えていたの?

船の中で聞いた、ラグドフィの話を思い浮べる。

 ラムーは頷くと、二人を追った。

ホゥリールは、やって来る、ラムーを見て、ホッとしたように、笑う。ラグドフィも、少しだけ、笑った。

「あいつ等を、クトゥルを、好きな様にはさせない。宇宙の行末は、私が決める。今は、同じ目的と、なったから、一緒に行動するだけよ」

ラムーは、横を向いたまま、ぶっきらぼうに言った。

 空港から、レンタカーで、中央図書館へ向かう。一年前とは、変わっていない、緑の覆い街。その景色は、今はただ、淋しく感じる。一年前までは、何事もなく、何も知らず、平穏に暮していたのに。ホゥリールは、複雑な気持ちで一杯だった。


 図書館に入ると、ラグドフィに気付いた、青年が小走りで、こちらへと向かって来た。

「お待ちしておりました、ラグドフィ殿」

息を切らしながら、挨拶する。純血ルーン星人の青年だった。地球人と外見は、よく似ているが、肌や瞳の色は、地球人とは、また違うのだった。

「エルク、古文書の方は、見れるか」

「はい、大丈夫です。こちらへ」

案内しながら、ルーン星人の青年エルクは、息を切らしていた。

「大丈夫なのか? かなり、疲れているようだが」

見かねて、ラグドフィは言う。

「ええ。このところ、ずっと対応に追われていた。旧支配者が、降臨してしまった事で、全宇宙に、異変が起こっています。残された、封印守達だけでは、人々を、守れない。時をり、古きモノ達が、出現するまでに、なっているのです」

答えて、大きく息をして、呼吸を整える。

「そうだな。宇宙政府は、どうしている?」

「いえ、何も。私達の特権を持ってしても、何も」

残念そうに、言う。

「そうか、それならば、仕方無いな。私達だけで、動くしか。一刻も、早く、術を探さなければ」

ラグドフィに、微かな焦りが感じられる。何時も、冷静沈着、無感情的な、ラグドフィとは、違う感じがして、ホゥリールは、不安になってしまった。

 休館にしていることもあってか、職員の姿も、見かけない。研究所までは、いかないが、何箇所かは、IDカードを使わないと、通過出来ない場所があった。その様な場所を、通り抜けた先の地下室に、古文書は保管されていた。

 ラグドフィは、くまなく古文書を、チェックしていく。ラムーは、興味深そうに、何冊か手にとり、読んでいた。ホゥリールは、また取残された気がして、椅子に座ったまま、二人を見ていた。傍目にも、ラグドフィが、焦っているのが、分る。余裕が無くなっている事に、ホゥリールは気付く。

 一冊の古文書を手にし、ラムーは、ラグドフィに問う。

「ねぇ、あなた。衛星カラって、知っているの?」

すると、ラグドフィは、読んでいた、古文書から、顔を上げて、驚いた目で、ラムーを見た。

「惑星ヒラニプラの、衛星カラの事か?」

「ええ」

「衛星カラには、小さな研究所があっただけだが」

「ここに、惑星ヒラニプラと衛星カラに、関する記述があるわ。読んでみて、面白いこと、書いているよ」

と、ラムーは、そのページを開き、ラグドフィに渡す。ラグドフィは、受け取ると、示された個所を、読む。

“地球ムーと、我々は往来する。ムーより、幾人、ここへ来たれし。名も無き星に、ムーの偉大な神殿の御名を、受け賜らん。ヒラニプラの衛星にも、其々、名を受け賜らん。かつての時代、降臨してしまった、クトゥルを、地球にて、封印を執り行わん。封じる術は、何よりも大きな犠牲を、必要とする。ムーにおいて、ヒュラ星より来し者と共に、クトゥルを召喚した者、その罪は、幾年過ぎようとも、決して消えぬ極罪。その者等の為に、ムーは、封印の要、媒体となり、地球上から消えてしまったのだ。 再び、降臨し時、封印するべき術を、求めるのであれば、衛星カラに来たれ。すれば、古の大陸へと、導かん”

「……これは」

ラグドフィは、何度も読み返す。

「遥かな時代、地球と交流があり、移住者もいたようだね。それにしても、やはり、ヒュラ星人と地球人は、旧支配者・クトゥルの力を、手に出来ると信じ、欲していたのね。決して、手に出来る事の無い、力を」

淡々と、ラムーは言った。その言葉には、少なからず、皮肉が込められていた。

「その古文書を辿れば、何らかの術が、見つかるのでしょうか?」

図書館の職員で、また封印守でもある、エルクは、たどたどしく言う。

「分らない。だが、何もしないよりかは、マシなのかもしれない」

じっと、古文書を見つめる、ラグドフィ。話を聞いていた、ホゥリールは、

「その、衛星カラとかへ、行くの?」

と、ラグドフィに問う。

「ああ。でも、ヒラニプラ星宙域へ向かう、定期船など無い。あるワケが、ないからな。だから、自分で行かなければ。ヒュラ星か、ネペテンス星が、一番近いから、そこからか」

「あなたは、行った事ないの?」

ラムーが、問う。

「生まれたのは、ヒラニプラ星だ。それからは、ネペテンス星で暮した。もう一度行ったのは、百数十年前だ。滅びる直前に。それ以降は、行けていない。現在では、既に未知な宙。辿り着けるか、どうか、リスクは大きいな。宙のデータはあるが、すべては、二百年程昔のものだ」

と、溜息混じり。

「行くにしても、そのような宙域では、船はどうされるのです?」

と、エルク。

「何処かで、調達するしかないな」

「では、どうでしょう、ここの研究所の持船があります。最新型の船でが、今では、操れる者がいないので、御使いになられても、かまいませんよ」

と、エルク。

「そうか、いいのか?」

「はい。ここでの、全権を承っていますから」

「では、借りるとしよう」

ラグドフィは、古文書を手に、立ち上がった。


 エルクに案内されて、中央図書館から、少し離れた山中に、小さなエアポートがあった。この山一つが、ルーンの宇宙遺跡研究所の、所有地だった。封印遺跡までは、いかないけれど、幾重にもフェンスが、張巡らされていた。

「もう、封印守も、極僅かしか、生き残っていません。アブドールとの戦いや、クトゥル降臨の調査中に、古きモノ達と戦ったりして、次々に命を、落としていきました。宇宙を、自由に行き来でき、知も力もある、ラグドフィさんが、頼りなのです」

エルクは、格納庫を開く。中には、中型サイズの宇宙船が、一機ある。

「ああ」

ラグドフィは、確信は無く、頷くと、船に乗り込み、システムを起動させた。中型クラスの宇宙船の中でも、小型な方だった。システムも装備も、かなり専門的だった。まず、一般人には、必要ないもの。全てが、一般的には使用しないし、一般使用には、認可されていないものがあった。オペレーションシステムを、一通りチェックして、ラグドフィは、小さく頷いた。

「大丈夫ですか? 私には、よく分らなくて」

エルクは、必要なリストを広げながら言う。

「ああ。このタイプのヴァージョンは、何度か、操縦した事があるから」

答えて、リストに目を通し、出発準備へと移る。

「そうですか。良い方法が、見つかるといいですね」

尊敬の眼差しで、ラグドフィを見る。封印守の中でも、色々と格があるのだ。

ホゥリールは、必要な航行用品を積み込みながら、ラグドフィとエルクのやり取りを、みていた。少しだけ悲しかったのは、父親が、封印守として戦い、そして、命を落としてしまったと、いうことを、思い出してしまうから。その度に、自分の無知無力を感じてしまった。

 もっと、強くなりたい。父さんの仇を、討ちたい。この宇宙を、守りたい。頑張っているけれど、ラグドフィやラムーのように、知も無ければ、力を使う事も出来ない。せめて、足手まといには、ならない。そう、自分に言い聞かせていた。その思いが、今の自分を動かしている。だけど、無力な自分が、口惜しかった。

 積み込みを終えて、一息吐いていると、ラムーが、やって来た。ホゥリールは、ドキリとした。今、考えていた事は、知られたくない。

「ラムー。なに?」

汗を拭き拭き、ホゥリールは、ラムーをちらりと見る。相変わらず、地球人の自分から、見ると、不思議に見える。始めは、ラグドフィも、そうだったけれど、今は、感じない。それが、当たり前なんだと、思えたから。

「出発する、と、ラグドフィが言っていた」

ぶっきらぼうに、言って、ラムーは立去って行く。ホゥリールは、ラムーの後ろ姿を、見送ってから、船室へと向かった。ラムーは、何時も無口だ。ホゥリールは、ラムーに何を話せばいいのか、話し掛けられたら、どう答えればいいのか、分らなかった。ラムーの瞳を、見ていると、ドキドキして、何も分らなくなってしまうのだった。

 船室に入ると、既に、ラグドフィは、出発準備を完了させていた。ホゥリールは、ラムーとは、反対側の座席に座り、ベルトを締めた。

「では、お気を付けて。いい結果を、お待ちしています」

管制システムを操作しながら、モニター越しに、エルクは言って、出発を見送った。

 ラグドフィは、船を発進させて、一気に、ルーン星の大気圏を、突き抜けて、宇宙空間へと出た。その際の、衝撃は、殆ど感じられなかった。その後すぐに、ワープして、数十時間後には、ネペテンス星宙域に入った。



第四章 廻りし宿命


 「ヒラニプラ星は、ここから、更に先となる。現在では、不明宙域となる筈だから、この船の、ナビゲーションシステムには、データは、存在しない。ただ、百数年前のデータを、このシステムが、何処まで解析できるか、にもよるが、あとは、新宙域を開拓するような、ものだな」

ラグドフィは言うと、あらかじめ用意していた、ネペテンス星宙域のデータを、船のナビシステムに、アップする。船のシステムには、文字化けのように表示される。

「あてに、ならないか。記憶をたよっても、同じだな」

難しそうな顔をして、ラグドフィは呟く。

「とりあえず、ネペテンス宙域から、内側へ向かうしかない」

言うと、再び、ワープ空間に入った。

ワープ空間。船の中での、会話は相変わらず、殆ど無い。

「……衛星カラは、狭間より。この意味、解る? 後は、擦れていて読めないけど」

古文書を読んでいた、ラムーが言う。

「ああ、それか。多分、ワープ空間の事だろうな」

ラグドフィは、現在航行している、ワープ空間を、スキャンする。

「謎かけ、みたいだね。ねぇ、今いるワープ空間から、別のワープ空間へは、ワープ出来るの?」

興味深げに、ホゥリールは言う。

ワープ空間については、未だ明確な解明はされていない。

「そんな事、出来るわけないし、どうなるか解る訳ないでしょう?」

と、ラムー。

「案外、そうかもしれんな。他に、ナビが無い以上。このワープ空間から、別のワープ空間へか、よし、賭だな。これは」

ラグドフィは、船のワープシステムを、チェックする。

「失敗したら、どうなるの?」

ホゥリールは、恐る恐る問う。

「さあな。その時、解るさ」

答えて、ラグドフィは、無理矢理、ワープ中のシステムを、ダウンさせて、再び起動させる。それと同時に、強い衝撃が船を揺らした。その揺れは、激しく続く。システムは、エラーを示し、ワープシステムのトラブルを、警告している。

「ちょ、ちょっと、どうなっているの」

ラムーが、非難の声を上げる。ホゥリールは、恐くてたまらなかった。必死に、座席にしがみついていた。

「賭だと、いっただろう。古い文献で、出ていた方法だ。ワープ空間を、強制離脱する方法。もとは、ワープ空間での、システムトラブルから、偶然出来た事らしいが、な」

ラグドフィは、全て手動で、船を操っていた。

窓の外は、ワープ空間が荒れている時より、酷い状態だった。ワープ空間は、安定しているもの。たまに、新星爆発とかの影響を受けて、嵐が起こる程度。今のワープ空間は、船の重力装置が働いているのに、重力違和感を感じる。

「う、気持ち悪いよ」

ホゥリールは、半泣き状態になる。

「泣き虫」

ぼっそと、ラムーが言う。

「でも、きもちわるぅい。これ、あの、地球の封印遺跡みたい」

真っ青な顔をして、ホゥリールは言う。

「ああ。そうだな、そんな感じだ。多分、空間が捻じ曲がっているんだ」

額に汗を滲ませながら、ラグドフィは、船を操る。

「転移の法でも、ここまで酷くないわ」

と、ラムー。

再び激しい揺れが、船を襲う。それと同時に、真白な閃光に包まれて、三人は瞳を閉じて船にしがみついた。

 気が付くと、船は安定していて、システムのエラーも消え、正常に起動していた。

窓の外には、ミスティブルーの宙が広がっている。その宙には、オーロラのような光が、揺らめきながら、所々に出現しては消えていた。太陽と思われる恒星は、銀色から黄金の輝きを放っていて、どこの宙域でも、見たことのない宙が、広がっていた。今までの、気持ち悪さも、おさまり、ホゥリールは、窓に貼り付くようにして、外の景色を見つめていた。

 船のナビシステムには、不明星域と表示され、現宙域を解析中と、なっていた。

「ほぅ。船のデータでは、不明だが、古いデータの方は、ヒラニプラ星宙域を示している。なんとか、アップした、古いデータを修正してみたのだ」

操縦席で、システムをあれこれ、チェックしながら、ラグドフィは言う。

「ここは、かなり古い宙ね。ネペテンスやヒュラよりも、ずっと古い。ヒラニプラは、ネペテンスで故惑星の伝説として、聞いた事が、あるから、名前くらいは、知っていたわ」

「故惑星か」

ラムーの言葉に、どこか寂しげに、ラグドフィは呟いた。

 暫くして、システムが、現宙域の解析結果を出した。

―太陽・一つ。太陽衛星あり。無生命侵入不可惑星・複数。生命反応天体・一つ。該当データには、存在しない宙域―

「やはり、そうか」

解析結果を見て、ラグドフィは、呟いた。

「ここが、ヒラニプラ星宙域なの?」

と、ホゥリール。

「ああ。幼い頃の記憶では、惑星ヒラニプラは、透明に見える、惑星だった。あの頃は、まだ、ヒラニプラは、存在していた。ここは、こんなに、淋しい宙だったのだろうか」

スクリーンに、外の景色を映し、ラグドフィは、それを複雑な表情で、見つめる。

「古い宇宙って、こんな感じになっちゃうの?」

ホゥリールは、問う。

「どうかな。ここが、特別なのかもしれない。知られている事は、この辺りは、原初の宇宙で、この宇宙のコアにあたる。この宇宙は、今も外へと拡大している。地球なんかは、まだ若い宙に、入るんだ。それが、どのような原理なのかは、未だに解明されていない。そして、仮設では、この宇宙の外或いは、隣にも宇宙が、存在していうもの」

答える、ラグドフィ。

「何も、知らないの?」

ラムーは、呆れた様に言う。ホゥリールは、ムッとして赤くなる。

「万物宇宙には、それなりの存在している、意味がある。それを、追い求めることこそが、宇宙を識り、万物の理を、理解出来る。人に聞くのもいいけれど、自分で調べ、探し求めるべきよ」

それだけ言うと、また、ラムーは口を閉ざし、窓の外を見つめる。 

ホゥリールは、言い返せず、赤くなったまま、俯いていた。

 再び、船の中は沈黙に包まれる。暫くして、それを破るように、システムが、何かに反応して、警報音が鳴り響いた。

「なに?」

びっくりして、ホゥリールは、操縦席を覗き込んだ。

「周波数が不明だが、何らかの人工電波だ」

振り返る事なく、ラグドフィは、その電波を解析する。

「衛星カラの、ものかしら」

ラムーも、やってくる。直ぐ隣に、ラムーが来たので、ホゥリールは緊張してしまい、耳の辺りが、赤くなる感じがした。

「ああ。前方にある、あの小さな星が、カラだと思う。生命反応があった、天体だ。電波は、その星から来ている。今、その電波を解析しながら、こちらも全周波数で、コンタクトを行っている。一応、数百年前の、ヒラニプラの言葉でな」

「答えてくれると、いいのに」

ホゥリールは、そう言って、ドキドキを落ち着かせようとする。ラグドフィは、黙って頷くと、システムをまた、チェックしはじめた。

 暫くすると、一筋の光が、船の方へと来る。闇の中を往く船を、導くかの様に、その光は、前方の小さな天体から、伸びていた。

「なんだろう。まるで、こっちだよって、感じだね」

と、ホゥリール。

「生命反応。誰か、居住しているのかな。それとも、何かの罠では、ないでしょうね」

否定的に、ラムーは言う。

「どうかな。でも、あれが、惑星ヒラニプラの衛星カラである可能性は、高い。もしかすれば、ヒラニプラの生き残りが、暮しているのかもしれない」

ラグドフィは、言いながら、解析データを、くまなくチェックする。

「凄いな。テラフォーミング、されているぞ」

ラグドフィは、少し興奮している。

「行くの?」

「ああ。ただし、気を付けておけ」

ラグドフィは、その光にそって、小さな星を、目指した。

 慎重に、星へと接近して、大気圏へとはいる。雲を抜けると、青い大地が、広がっていた。海ではなくて、青い色の草が、大地を覆っていた。そのまま、星を一周する。かなり、険しい地形の星であることが、分った。テラフォーミング以前は、不毛の星だったのだろう。光をたどり、その源は、人工的に切り開かれた平地だった。建物も、他の船も見当たらない。小さな、垂直離着陸用のスペース見たいなものしか、なかった。ラグドフィは、執りあえず、その場に、船を着陸させた。

「さて、一体何が、出てくるのか」

ラムーが、窓の外の気配を、探る。スクリーンには、船の周囲が映し出されている。そのスペース以外、何もない。青い草に覆われた大地と、薄紫色の空が広がっているだけ。

「何か、来る」

スクリーンを見ていた、ホゥリールは、窓の方へと、行き、覗き込むように、窓の外を見た。ラグドフィも、それに気付いたのか、窓の外へ、視線を移す。

 小型のフォバークラフトのような物が、船へと近づいて来る。船の前方へと、停まると、中から、降りて来る者達がいた。

「地球人?」

遠目に見て、ホゥリールは言う。

「いや、ハーフだ。ヒラニプラの」

スクリーンに映し出された、降りて来た三人の姿は、其々違う。地球人と、似ている姿の者と、また、見たことない姿の者、だった。

「よし、行くぞ」

ラグドフィは、言って立ち上がる。どこか、落ち着きが無いように、感じられる。ラグドフィは、警戒しながら、扉を開ける。船の扉を開くと、外の空気が、流れ込んで来る。それが、新鮮に感じられた。数週間ぶりの、外気だった。

 船から降りて来た、ラグドフィの姿を見た者達は、かなり驚いている様子だった。そして、ゆっくりと歩み寄って来た。

「お帰りなさい」

三人の中の内、一番年上だと思われる、男が言った。男は、地球人の形と似ていたが、肌の色や瞳の色が、異なっていた。他の二人も、地球人と、どこかの惑星とのハーフみたいだった。共通は、三人とも、肌がやや銀色を帯びている事だった。言葉は、普通に通じていた。

「ここは、惑星ヒラニプラの、星星カラですか?」

ラグドフィは、問う。心なしか、その声は震えていた。

「はい。かつての衛星カラです。あなたは、ハーフですね?」

「ええ。ネペテンスとのハーフです。実は、この古文書の件で、ここへ来ました」

と、ラグドフィは、古文書を差し出した。

その者は、古文書を受け取り、しおりのはさんでいた、ページを開く。

「……分りました。それに、ここへ来たのは、これだけでは、ないでしょう。古文書の件も、もう一つの事も、我等の長が、お答えします。御案内いたします、どうぞ」

ラグドフィに、古文書を返し、言った。

 その者達の案内で、ホゥリール達は、地下へと入る。乗って来た船は、そのまま、地下にある、格納庫へ収納された。

「一見、外は穏やかに感じられますが、夜になると、かなり荒れますので、ずっと地下で暮しています」

さほど広くない通路は、時代を感じさせられる。

「テラフォーミングする以前から、地下に私設の研究所が、ありましてね。ここは、その研究所の一部なのですよ」

案内してくれながら、簡単に説明してくれた。

入り組んだ通路の先に、遺跡風の扉があった。

「どうぞ、衛星カラを、まとめておられる、長老ラファム様です」

扉を開く。中から、古ぼけた本の臭いがした。

 様々な書物や、古い機械に囲まれた部屋へと、通される。

「いらっしゃい。お帰りの方が、いいかな? 遥か遠い処へ。外星の方と、会うのは、百数年ぶりかのう」

穏やかに笑い、ホゥリール達三人を、向かえた。その年齢不詳の男の背には、翼があった。

ホゥリールは、かなり驚いたのか、目が点になって、固まっていた。

普段は他人に対して、興味を持たない、ラムーも、興味深そうに、ラファムを見つめていた。ラグドフィは、言葉を失っていた。

「故惑星ヒラニプラ。その星人、純血者は、まだ、存在していたのですか?」

立ち尽くしている、ラグドフィに変わり、ラムーが問う。

「ああ。少なからずと、言いたいが。ここにいる者は、皆ハーフじゃよ。私は、特に、ヒラニプラの血が濃いので、一見は、純血者に見えるんじゃよ」

ゆっくりと立ち上がり、ホゥリール達三人の前に来る。翼を除けば、地球人やルーン人と、そんなに変わらないが、背中の翼は、独特のものをかもし出していた。

「そちらの方は、ヒラニプラの血の者じゃな」

と、ラグドフィを見た。

「はい、母クナーアが、純血ヒラニプラ人です」

答える、ラグドフィの声は、やはり震えていた。

「なんと、それは」

ラファムは、驚きを露わにした。

「ご存知なのですか?」

「ああ。旧友の娘じゃ。そなた、名は?」

「ラグドフィ、です」

「ラグドフィ。そなた、封印守であるのか?」

じっと、ラグドフィを見つめて、問う。

「はい。しかし、今となっては、その意味がありません」

申し訳なさそうな、口調だった。

「分っておる。しかし、クナーアは、旧神に使えていた巫女。旧支配者クトゥルを、打倒すとされる存在を、語る者でもあった。その娘の子が、封印守として、ここへ、クトゥルを封じるべき術を求めて、ここへ辿りつき、還って来た。これも、大いなる宇宙の意志なのかもしれない」

嬉しそうに、いとおしそうに、そして、懐かしそうに、ラグドフィを見つめるラファムの目には、涙が浮かんでいた。

「母なる大陸が、母星が滅びてしまい、ここに生き延びた。我々の時間は、無駄ではなかったのだ」

ラファムの言葉に、先ほどの者達も、涙していた。

 ホゥリールには、やり取りも、その涙の意味も解らなかった。どうして、涙を流しているのか、不思議に思えた。何時も、無感情に近い、ラグドフィまで。

「ラファム殿、よろしければ、ヒラニプラ星が、滅んでしまった理由を、お聞かせください。本当に、ヒュラ星人の侵略や、秘密結社アブドールが、旧支配者の封印を破る為に、手を下したのですか?」

「ああ。惑星ヒラニプラには、封印の要となる、旧神の力が宿っていた場所や、神殿が多くあったからな。それらが、邪魔であったのだろう」

年齢不詳の外見なのに、どこか仙人爺っぽい。穏やかな言葉なのに、様々な想いが込められている。

「ヒラニプラ星は、滅びたのに、ここは、大丈夫だったの?」

小さな声で、ホゥリールは、問う。すると、ラファムは、顔を曇らせて、ホゥリールを見た。

「君は、純血の地球人だね」

ラファムが、問う。

「はい、そうです」

思わず、ビックとしてしまう。

「遠い昔は、何度か往来していた事が、あるんだよ。そうだな、ここで生き残れたのは、宿命だったのかも、しれないんじゃよ。カラは、鉱山星だったから、その古い坑道を利用して、私は自分の、研究所を造った。ここなら、様々な本や、昔の機械を置いておける。衛星ごと買い上げて、坑道を改造して、居住スペースを造り、長い時間をかけて、衛星を母星のように、豊かな星にしようと、テラフォーミングを研究していたのじゃ。それが、ようやく軌道に乗った時に、母星は滅ぼされてしまった。もともとは、私達は、何時か来る、クトゥルの目覚めの時の為に、研究をしていた。そして、全宇宙に封印守として、ここで研究していた者達を、散らせたのじゃ。後継者を、選び出しながら、封印遺跡を守る為に。しかし、その者達も、既に倒れてしまったな」

深く悲しい溜息を、吐く。

ホゥリールの問いに答えた、ラファムに、今度は、ラムーが質問する。

「聞きたい事が、あるの。古文書には、地球に存在していた、大陸を利用して、前回、クトゥルが、降臨した時に、封じ込めたと、書いてあったけれど、それは、本当なの? それに、古文書には、まるでここへ来る様に、仕向けている、みたいだったわ」

ラムーは、そのページを開き、ラファムに突きつける。

「その事は、私も気になっていた。宇宙古代文字の一つでは、あるが、どうも、違和感があった。惑星ヒラニプラへ、来いとするならば、解るが、どうして、衛星カラなのか。ここ百数十年の間に書かれたものとしか、思えない」

と、ラグドフィ。

「それは、そうじゃよ。ここを出る時、何人かの封印守に、持たせておいたのじゃよ。もしもの時の為に。そこに書いてある、地球にあった、大陸を利用して、クトゥルを封じたのは、本当じゃよ。現に、その場所には、最大の封印遺跡となっていた。かつての時代に、宇宙最大の文明で、究極までに昇り積めていた文明、超大陸ムーだった。地球人の君は、少なからず、知っているはずじゃよ」

と、ホゥリールを見る。

「はい、その大陸の名前は、知っています。でも、地球では、伝説に過ぎません。その大陸の事は」

「そうじゃろうな、ムー大陸は、地球の前文明。他の大陸の人類が、まだ生まれたばかりの頃に、滅びてしまった文明じゃからな。以降の、地球の文明に、ムー大陸の名を伝えたのは、ムー大陸から、外の大陸へと、出ていた者じゃよ」

「詳しいですね」

ラムーは、疑い深く言った。

「ああ。少なからず、ここにいる者は、少なからず、地球ムー人類の血を引いている。永い時のなかで、ヒラニプラ人類が、二つの姿があるのは、その為なんじゃ。私も、見かけは、ヒラニプラ有翼者の純血に見えるが、ムーの血は、流れておるんじゃよ。でも、それはそれで、いいのじゃよ」

ラファムは、ラムーとラグドフィを、交互に見て言った。

「純血が、全てというワケでも、ないのじゃよ。今、自分が存在している事が、確かなことじゃよ」

その言葉に、ラムーは少し、気まずそうにする。

「ところで、ラファム殿。クトゥルを封印する術について、お聞きしたいのですが」

唐突に、話の向きを、ラグドフィは変えた。今は、血の話よりも、封印する術の事が、先だ。

「封印? そのクトゥルとか、いうのは、倒せないの?」

と、ホゥリール。

「死が、存在しないモノなのじゃ。また、消滅するかどうかも、解らないのじゃよ。よって、封印しか術はない。その封印も、封印であるのか、また別の事なのか、今では解らない事じゃ。忘れられた、知られる事の無い、カタチ」

案内してくれた男が、答える。

「死せる、クトゥル。夢見ながら、ルルイエにて、待っている・再び、この宇宙を喰いさらなる宇宙を喰い尽そうと―。クトゥルは、知も理性も、持たない。だから、恐ろしいんだ」

「そうじゃ。だから、有史以前より、度々戦いが繰り返されてきた、それは、すべて、封印する事で、滅びを逃れたのじゃよ。しかし、それらは、有史以前の封印法。今は、存在しない。前回の封印は、ムー大陸。そのムー大陸に行けば、手掛かりが掴めるかも知れん。しかし、そのムー大陸は、消え去ってしまっている。地球の海底の、所々に、ムーの名残があるが、手掛かりにはならんな」

ラファムは、ムー大陸が存在していた頃の、地球儀を再現した、ホログラムを映し、溜息を吐いた。

「超古代ムー文明には、旧支配者と、戦う術があったとされます。しかしまた、それらの存在と、繋がろうとした者も、存在しました。その当時の、闘う術が解れば、封印法も解るかもしれません」

と、青年が言う。

「しかし、滅び消えた場所へ、どうやって行くのよ。タイムトラベルなんて、ありえないし。ましてや、超時空や異次元の先になんて、行けるわけないでしょう」

否定的な口調で、ラムーは、ラファムに言った。

「ムー大陸であった場所、ムーであった次元には、往ける」

穏やかな笑みのまま、自信ありげに答えた。

「ディーン。時は来たようじゃ。我等の真の務の時が。クトゥルは、この宇宙に降立ち、その触手を四方八方へと、伸ばしておる。直ちに、ムーへ渡る準備を」

案内してきたうちの、一人、青年に向かって言い、ラファムは、立ち上がった。ディーンは、一足先に部屋を出て行く。

「ムー大陸へ、行けるの? あの伝説の?」

ホゥリールは、驚いて問う。

「ああ。でも、物理的な大陸ではなく、その次元へ。そこには、今も、旧神とされる、この宇宙で最も古い神が、座しているはず」

「しかし、超時空や、異次元へ、そう簡単には、行けないでしょう?」

困惑し、ラグドフィは言う。

「君達は、ルルイエに、行ったのじゃろう。地球の海底遺跡の先、閉ざされていた空間も、また異次元」

部屋を出て、通路を歩きながら、ラファムは、話す。

「では、あの空間こそが、ルルイエ? 異次元とは、あのような、不安定なものなのですか?」

「絶えず、たゆたいながら、変動を繰り返している。まるで、宇宙の鼓動を受けたかのように。異次元は、外宇宙と重なる空間なのもしれん」

ラファムに、連れられて辿り着いた部屋は、大きな広間だった。小さな星の、地下に造られているものとは、思えないほど、大きく拾い。天井もずっと高く、よく見ると、様々な星が描かれている。その広間の中央には、祭壇と思われるものが、ぽつんと、置かれている。

「宙の祭壇と、呼んでいます」

ディーンが、言った。他の者は、一つ一つの燭台に、灯りを点けて回っている。

「霊峰ヤティーシャの、神殿みたい」

ラムーは、天井を見上げて、呟いた。

「ここは、この宇宙の主神を祀っている、神殿でもあるのです。本殿は、母星ヒラニプラにありました。しかし、母星は消えてしまい、こちらの小神殿だけが、残っているのです。旧神、宇宙の主神は、古より、宇宙で信仰されている神です。少なからず、各惑星に一つは、神殿があったはずです。ネペテンス星の、神殿は、きっと立派なものでしょう」

「しかし、今では、訪れる者も、神殿の場所を知る者もいない。あの星は」

ラムーは、悲しげに笑い、呟いた。

「きっと、そういうものなのでしょう。かつては、そうであったものは、今ではそうでなくなっている。常に流れるものの中では、やがては飲み込まれて消える。それもまた、万物宇宙の理なのかもしれません」

と、ディーンは、遠い目をし言った。

「それが、時の流れじゃよ」

ラファムは呟くと、祭壇に向かい、一礼した。

「ここから、異次元を漂う、ムーへの道を開きます。その先は、あなた方、次第。我々は、主神に使え、封印守の祖として、ここに身を潜めて来ました」

祭壇を見つめて、ラファムは静かに言った。

何時の間にか、祭壇の周りに、人が集って来ていた。十数人程だろうか、有翼者もいれば、地球人的な者も、祭壇を囲み、ホゥリール達三人を、見つめている。

「そこに、封印する方法が、あるんだね?」

と、ホゥリール。

「はい。しかし、私が知っているのは、そこまで。我々は、ムーへの道を開く事が出来ても、その先、ムーへ戻る事は出来ません。どうか、この宇宙の為に、封印法を」

ディーンが、そう言うと、周りの者達も、口々に言った。それを、ラファムは、制する。

「さ、皆、道を開く用意は、いいかな」

祭壇に向き直り、ラファムは言う。周りの者達は、顔を見合わせて、祭壇を囲む円陣を組んだ。祭壇の他には、何も無い広間。

「三人とも、その魔法陣の中央へ」

ラファムに言われて、始めて、床に描かれている、魔法陣に気付く。ラファムは、ホゥリール達が、魔法陣に入るのを待ち、そして、祈りの呪文を呟き始めた。その呪文は、ディーンを始めとした、円陣の者達へと伝わって行き、唱和となり、大きな広間の中を、幾重にも谺するかのように、響く。今まで、聞いた事の無い言葉。言葉よりも、音色に近い感じがする。あの狂信者達が、唱えていた呪文とは違い、何か懐かしさを感じる。

唱和に合わせる様に、魔法陣が光を放ち始める。魔法陣の光は、三人を包んでいく。そして、光とともに、周りの景色が、ゆっくりと歪み始めて、無重力のようなものを感じる。

 暗闇と光。なんとも例え難い色が、たゆたっていた。船酔いに似た感覚がする。目を開いていると、激しい眩暈に襲われてしまう。三人は、目を閉じて、それが落ち着くのを待った。目を閉じていても、平衡感覚に違和感があった。平衡感覚が、落ち着くのを待って、三人は、ようやく目を開いた。

 辺りは、淡いミスティブルーの空間が、広がっていた。その空間は、限りなく広がっていた。

「ここが、ムー大陸が、漂う次元?」

ホゥリールは、辺りを見回す。何も無い空間に、自分達三人だけが、浮かんでいる。

「ヤティーシャ山の神殿と、似ている。ここには、似ているけれど、もっと強いものを感じる。ここには、彼旧神が、今も存在しているのかな」

ラムーは、瞳を閉じて気配を探る。

 オーロラのようなものが、ひらひらと輝いている。ここの空間には、距離感が存在しないみたいだ。平面に見えたり、立体に見えたり。近くなのに、遠くに見える。

「ここは、ムー大陸にあった、宇宙の主神を祀り、その主神との唯一の接点でも、あった空間。そうであるのならば、ここは、現宇宙の中でも、最も原初に近い処か」

ラグドフィは呟き、一冊の本を取り出した。聖書の様にも、呪われし書の様にも、感じ見える、不可思議な表紙の本。

「それは……」

ラムーは、それを見るなり、驚き顔をしかめた。ラグドフィは、ラムーの言わんとせんことを、知っているのか、静かに頷いた。

「無名祭祀書。母の家系に代々、伝えられて来たもの」

本を見つめて、ラグドフィは答える。

「写本なら、一度、手にした事があるけれど、それは、オリジナルみたいね」

興味深そうに、ラムーは言った。

「ああ。この本を、媒介とすれば、旧神であり、宇宙の主神と、コンタクトが出来る。その為に、存在しうる魔道書」

と、ラグドフィ。

「旧神、その神は、僕達に力を貸してくれるの?」

ホゥリールは、不安そうに問う。

「さぁ、どうだか。ただ、旧支配者と呼ばれる存在が邪悪で、旧神と呼ばれる存在は、宇宙の主神ともされて、旧支配者とは、反する存在だと、伝えられている。もともと、この宇宙誕生以前より、二つの存在は、戦いつづけていたと、される」

本をゆっくりと、開きながら、ラグドフィは答えた。

「その神ならば、宇宙を救ってくれるの?」

呪文を呟き始めた、ラグドフィに、問いかけようとするのを、ラムーが制した。

「し、黙ってて。旧神を召喚しているのだから、今は、声を掛けてはダメよ」

姉が弟を叱咤するように、ラムーはホゥリールに言う。ホゥリールは、問うのを止めて、ラムーと共に、詠唱を続ける、ラグドフィを見守る。

 ラグドフィの、詠唱に合わせるかのように、空間が脈打つ。虹色のオーロラが、空間の上の方から、たゆたいながら、降りて来た。

「とうてい、人間の理解を超えた存在。その伝承も、極稀にしか残ってはいない。人間が、この宇宙に存在する以前より、二つの存在は戦い続けている。しかし、人間を含む、生命達がここまで成立している以上、旧神は、かつてのように、戦わない。それは、旧神が、存在を望むモノであり、この宇宙の創造神だから」

と、ラムー。

「じゃあ、今、宇宙を滅ぼそうとしている、クトゥルと、旧神は戦ってくれないの? 宇宙連合軍とかは?」

ホゥリールは、ラムーに問う。

「旧神からは、英知を得るだけしか、出来ないのよ。それに、連合軍が、束になって攻撃しても、星一つ消去る力を持っている兵器を、使ったとしても、クトゥルを倒す事はおろか、傷すら、つける事は出来ない。所詮、人間には不可能なのよ。神を倒す事は」

ラムーが、そう言った時だった。穏やかで、暖かい、そして無限なる光が、空間を包み込んだ。それは、計り知れない気配を、感じさせた。

「旧神にして、宇宙の主神・万物母神」

その気配に向かい、ラグドフィは呟いた。

「なんて、優しい光なの」

ラムーは気付くと、涙を溢していた。

「ラムー、どうしたの?」

ホゥリールは、ドキッとして、ラムーを見る。なぜ、涙を流しているのかが、解らなかった。

「あなたには、解らないの? この慈悲なる光が」

ラムーに言われて、辺りを見回したが、穏やかな光が、たゆたっている事しか、ホゥリールには、分らなかった。

 穏やかなる光は、人間の言葉で、直接、心へと語りかけてきた。

「万物の子よ、我と接し、何を求め来た。我は、汝らに問う」

「旧支配者である、クトゥルが、目覚めてしまいました。我等には、クトゥルを討つ術も、封ずる術もありません。永き時の中で、それらは忘れ去られ、失ってしまったのです。万物母神よ、どうか、英知を我等に」

本を掲げて、ラグドフィは言う。

「我の封印を、破り、クトゥルを目覚めさせたのは、汝等、人の子達ぞ。故に、何故また、封印すると、言うのだ」

淡々と、言う。

「それは、私が封印守で、封印を守りきれなかったから。その務めを果たせなかったが為に、クトゥルは目覚めました。その使命を、果たす為に、今一度、封印しなければなりません。封印を解いた者は、クトゥルを奉じる者です。私達と、永い間、戦って来た相手」

と、ラグドフィは、訴える。

「それで、今一度、封印か」

深考するかのように、旧神は呟く。それは、人間を、突き放つかのようにも、思える。

「そこの娘は、幾つかの封印を、破ったであろう。それが、何故、今になって、封印法を求めるのだ? 我には、人間なる存在の心というものが、未だに理解できぬ」

旧神は、ラムーの心に直接、問い掛けてきた。

「何故って、言われても、私自身も解らないもの。始めは、この宇宙なんて、滅びてしまえばいいと、思っていた。だけど、この二人に出会ってから、それすらも解らなくなってしまった。宇宙の滅びを、願っていたのは、きっと、私が、最後の純血者だったからかもね。最後の一人という、絶対的孤独感からなのかもしれない」

たどたどしく、答える。

「今も、そうなのか? 今も、この宇宙を滅ぼしたいと、考えているのか?」

責め問い詰めるように、ラムーの心に語り掛ける。

「いえ、もう、そうは、思わない。今は、私の贖罪を」

ラムーは、真っ直ぐ、旧神に向かい、答えた。

「そうか。ならば、一つだけ、術を教えようぞ」

無限なる光は、たゆたう。

「惑星一つ、消え去るが、それがクトゥルを封印する術だ」

それを聞いた、三人は、驚いた。母神とも賞される存在が、逆なる事を言ったからだ。しかし、三人をよそに、続ける。

「封印の媒体となる、惑星に、クトゥルを呼び込んで、惑星ごと消去る事により、再び、異次元なる空間へ、封ずる事が出来る。封印の媒体となる星を決め、クトゥルを呼び込んだなら、我を召喚するがよい」

そう言うと、光の中から、ラムーの前に、一冊の白き本が現れる。

「娘よ、この先は、汝の贖罪。汝が、封印法と執り行うのだ。では、その時、再び逢おうぞ」

ラムーが、白き本を受け取ると、徐々に光と気配は、薄らいでゆき、もとのミスティブルーの空間へと、戻っていった。

「ラムー。大丈夫、どうかしたの?」

ホゥリールには、旧神の声は届かなかったようで、本を抱き、微かに泣いているラムーに、心配そうに、声を掛けた。

「大丈夫。封印する術が、判ったのだから、早く戻りましょう」

と、ちらっとホゥリールを見て、そして、ラグドフィに言った。

ラグドフィは、無言で頷いた。

 再び、空間が歪み始め、平衡感覚が失われていく。激しい揺れを感じて、三人は、立っていることも、目を開いている事も出来なかった。

 気がつくと、衛星カラの、祭壇だった。心配そうに、ラファムを始め、ディーン達が、三人を見つめている。ホゥリール達三人は、まだ平衡感覚が、戻らず、座り込んでいた。

「大丈夫ですか?」

ディーンが、問う。

「ああ。次元の向こうで、旧神・万物母神に、逢う事が出来た」

少しふらつきながら、立ち上がると、ラグドフィは、ラファムに言った。

「そうか、主神は、未だ我等の事を、見限っては、いなかったのじゃな。それで、封印法は、判りましたか?」

「はい。しかし、それを行うには、惑星一つ、犠牲にしなければなりません。それを、どうするかが、また問題です」

ラグドフィは、ラムーを見て言う。

「まさか。それだと、ムー大陸と同じでは、ないか。大陸だけではなく、惑星とは」

ラファムは、驚き愕然としながらも、何故か、悲しそうだった。

「それが、封印する、唯一無二の術だと、旧神は言いました。惑星一つを、封印の媒体として、犠牲にすれば、クトゥルは封じられると、この宇宙を救えると」

ラムーの話を聞く、皆は、とても悲しげに、ホゥリールの目には、映っていた。

 何故だろう? と、内心思う。惑星一つ、犠牲にすれば、この宇宙も惑星も救われる。それは、如何いう事なんだろう。それに、その惑星に住んでいる、人達は?

「もし、惑星一つ、封印する為に、使うのであれば、そこに住んでいる、人や動物はどうなってしまうの?」

ただ、見つめていただけの、ホゥリールが、問う。

「それが、問題だ」

ラグドフィは、溜息混じりに言う。

「そんなことは、無い。ネペテンスを、使えばいい。ネペテンスには、旧神の神殿である、霊峰ヤティーシャ山がある」

白き本を抱き、ラムーは言った。その瞳には、強い悲しみが、今も宿っていた。

皆の中に、動揺が走る。口々に言い、ざわめきだす。

「ラムー?」

皆の視線は、ラムーに集っていた。それを見て、ホゥリールは、如何してと言う顔で、ラムーを見る。

「純血者が絶えてしまった以上、惑星もともに絶えるべきなのよ」

悲しげに答えて、ホゥリールを見た。

「どうして、そんな事言うの。ネペテンス星には、そ暮している人達がいるのに、その人達は、どうするんだよ」

怒ったように、ホゥリールは言うが、ラムーに、伝えたい思いを、上手く口に出来なかった。ラグドフィは、何か言いたげに、二人を見ていた。

「地球人のあなたには、結局、理解なんで出来ないのよ。血が種が、自然の流れではなく、侵略によって、絶えてゆく事を。そして、消えて滅びて逝く者の、絶望と孤独が」

誰とも、目を合わせる事なく、答え、ただ、白き本を見つめる。

ラグドフィも、少なからず、ラムーの心情を、解っているつもりだった。きっと、自分は封印守でなければ、今以上に、ラムーと近い場所に、いたのかもしれない。

「滅び逝く者か……」

ラファムは、虚空を見つめ、呟いた。ラファムの呟きに、合わせるかのように、カラの者達の間に、悲しげな溜息が、零れていた。

「ラムーよ。本当に、それで良いのか? そうすれば、惑星ネペテンスは、この宇宙から消えてしまうのだぞ」

ラファムは、念を押すように問う。ラムーは、迷うことなく、無言で頷く。

「そうか。それならば、せめて、ネペテンスの生命達を、星から、移動させるべきじゃな」

ラファムは、暫く考える。

「住人の移動、動植物も救えると、よいのじゃがな」

ラファムは、呟くと、ディーン達数人の若者を集め、何かの指示を伝えた。ディーン達は、一つ頷き、ホゥリール達に一礼すると、急ぎ足で、部屋を出て行く。

 ディーン達が出て行った後、他の者達も、部屋を後にして行く。

「ここにいる者は、皆、かつて、地球ムー大陸で、旧神に仕える神官であり、また、超古代宇宙よりの、封印守でもあった。その生き残りと、当時の惑星ヒラニプラにて、封印守を務めていた者の、末裔なんじゃ」

重い口調で、ラファムは言った。

ホゥリールは、ラファムの言った、言葉が理解出来なかった。そのまま、受け取ると、当時、ムー文明の生き残りと、いうこととなる。宇宙には、地球人の寿命より、かなり長い人類もいるから。そのハーフも、そうなのかなと、考える。それに、ラグドフィもラムーも、不思議そうに、ラファムを見つめる。

「我々は、ムー文明にて、封印守であった者の生き残り。ムーにて、旧支配者を召喚しようとした者達と、戦った者。そして、宇宙の主神にして、旧神の万物母神の力を借りて、旧支配者を封印する為に、ムー大陸を消去った者、自身」

ラムーを見つめ、ゆっくりと話す。ラファムは、深く溜息を吐いて、瞳を閉じた。

「えっ?」

ラグドフィも、ラムーも、思わず息を飲んだ。

つまり、超古代ムー文明から、現在も生き続けていると、いうことになる。

「では、ラファム殿は」

搾り出すような声で、ラグドフィは問う。

「私は、初代というか、初めて、地球ムー人類と、ヒラニプラ有翼人種との間に、生まれた者。もっとも、ヒラニプラの血が、強く出ているが。我等が、ここで、こうして生きているのは、封印守としての贖罪でもある。ここで、こうして生き続けながら、新しき、封印守を見つけ育て、そして伝え継ぎながら、やがて来るかもしれない時の為に、時の封印守の力となる為に、存在している。それが、ムー大陸を消去る事でしか、宇宙を救えなかった、我の罪。その贖罪として、旧神の力で、こうして、ここにあるのじゃよ」

じっと、ラムー達を見て言う。

「つまり、それは、その様な封印法を、実行すれば、不老不死の呪いのようなものを、受けてしまうのですか?」

震える声で、ラグドフィは問う。余りにも大きく重い事実。この先、待ち受けているであろう、大いなる定。ラムーは、何も言わず、ラファムを見つめている。

「多分な。それは、本当の意味での、封印守となる事なのかもしれん。次なる、封印守を育てる、そして伝承させていく。歴史の表や、社会や政府からも、姿や存在を消して、封印を守り、それを破ろうとする者と、戦う。終りさえ見えない。封印守自身が、封印なのかもしれない」

ラムーを見つめて、まるで、ラムーに決心を迫るかのように、また、諦めるのであれば、今のうちだと、言わんばかりに。

「なぜ、私を気に掛けるの?」

ラムーが、ラファムに問う。

「さぁな。お主の名が、かつて、私が、愛した者の名前と、同じ名だからじゃよ」

と、寂しげに答える。

「そう。でも、私は、その人では、無い。私は、どうなろうと、ネペテンスを封印の媒体として、使う事に迷いは無い」

ラムーの答えに、ラファムは悲しげに頷いた。

ホゥリールは、ラファムの言っていた言葉の意味を、考えれば考えるほど、悲しく恐ろしくなってしまった。ラグドフィもまた、悲しげだったと、ホゥリールは感じた。

「私は、やる。今の私に、やるべき事があるのであれば、それは、封印を破ってきた事に対する、贖罪。今、滅びようとしている宇宙は、私が、そう望んでいたから。だけど、それでは、いけなかったんだ。ようやく解ったよ。そんなことしても、何も変わらない事に、気付いたんだ」

涙が、白き本の上へと、零れ落ちる。ラファムは、ラムーの心中を悟ってか、無言で頷いた。

「そうか、それならば、惑星ネペテンスへ、向かおうではないか。これ以上、奴を、クトゥルを、放ってはおけぬからな」

ラファムは言って、祭壇を見つめる。

「時が、来たか」

小さく、呟く。

「私達は、このまま、ネペテンスに向かいます。しかし、ネペテンス星の、住民達は?」

と、ラグドフィ。

「その件は、ディーン達に、任せておる。あそこには、アロスがいるし、それに、惑星政府にもコネが、あるから。今頃は、住民達を星外に、脱出させるように、呼びかけておるはずじゃ」

祭壇を離れ、通路を歩きながら、話す。

「アロス老を、ご存知で?」

「ああ。あやつも、旧知の一人じゃよ。私も共に、ネペテンス星へ、行かせてもらおう。よいかな、ラムー」

何故か、ラムーに問う。少し戸惑い、ラムーは頷く。歩きながら、ラムーは、ラファムを横目で見つめ、真意を探ろうとしてみた、しかし、その真意は、解らなかった。


 宇宙では、数々の異変が、起こっていた。宇宙で起こっている嵐は、クトゥルの息。続く地震は、クトゥルの蠢き。人知を超えた存在である、クトゥルの事を誰も知るよしもない。未知なるエネルギーによる、影響と、しか、人々に伝えられていなかった。人々は、その災害からか、それとも別のものからか、訳もなく不安にかられ、恐怖していた。

『宇宙の終わり』と言う、噂が流れていて、パニックになっている、惑星も出てきていた。宇宙政府も、対応出来ず、保身に走るばかりで、人々は、不安の中に不満が鬱積していた。そんななかで、嵐の中に、微かに見える、おぞましい影の噂が、広まって行く。その影を見たものは、発狂してしまい、最後には死んでしまうというものだった。

 地球にある、宇宙中央政府。

一番大きな災いを、こうむったは地球だった。海底遺跡が、崩壊したことによる、超巨大津波と地震による、全体的な被害と、それと同時に発生した、超巨大エネルギー。それは、瞬く間に、全宇宙へと広がっていった。

「超巨大エネルギー、それが何であるのかが、解らない以上、如何する事も出来ない」

最強最高のシェルターへ、要人達は篭り、話し合っていた。

「自然災害とは言い難い、ましてや、前例の無い現象。それに、どう対応するのか、解りませんな」

諦め投遣りの、会話が続く。

対応策も名案も、出ないまま、時間だけが過ぎて行く。その間にも、クトゥルは、ゆっくりと、宇宙を浸食しつつあった。

 その存在を、知る事もなく、ただ、終りへと向かうかのように、人々の間に、滅びの時に現れると云う、救世主思想が、何時の間にか語られるようになっていた。


 ラファム達を伴い、ネペテンス星へと向かう。何時になく、不安定な航行となっていた。船のシステムは常に、エラーと警告を表示していて、船は揺れていた。普段は、この船の性能から言って、まず揺れる事はないし、揺れが起こるような星域では、なかった。

「これが、クトゥルの影響なの?」

ホゥリールが問う。

「ああ。目には見えぬが、宇宙中に、奴等の触手が伸びておる」

ラファムが答える。船の操縦は、ラグドフィと、ラファムの部下ルーカと、交代で操縦している。不安定な船を、操縦するのは、かなりの負担だった。

「それなら、早くなんとかしないと、いけないね」

ホゥリールが、言った時だった。

一足先に、ネペテンス星に入っていた、ディーンからの連絡が、来る。

『住民および、動植物のサンプル移動は、間もなく終了いたします。ネペテンス星も、すでに、悪化してきていますので、どうかお気を付けて』

通信を聞いていた、ホゥリールは、再び問う。

「ねぇ。ネペテンス星を、利用すると言っていたけど、封印に惑星を利用するって、如何いう事?」

「そうだな、君にも解るように、言えば、害虫を箱におびき寄せ、おびき寄せた箱ごと、棄ててしまう事と、似ているかもしれんな」

と、ラファムは答える。

「大丈夫なの? 凄い力を持っているんでしょう? 人間の力では、到底叶わない」

不安そうに、言う。

「そいつを、やっつける事が出来たら、父さんと母さんの、仇を取ることが出来るのかな」

小さく呟いて、拳を握り締めた。

 クトゥルの影響なのか、宇宙空間やワープ空間のあちらこちらに、奇妙な歪が現れていて、空間全体が、不安定になっている。そのために、船のシステムがエラーを示している。船も激しく揺れるし、窓から見える宙も、普段とは違う、色をしていた。見ているだけで、何故か、不安になってしまいそうだった。

ラグドフィと、ルーカは、その様な中、慎重に船を操る。すでに、オートパイロットは、機能停止で、すべてがマニュアル操縦となったいた。

 ヒュラ星域とネペテンス星域の、間まで来ると、もっと事態は進んでいて、ラグドフィも、ラファムも息を飲み、嫌な汗をかいてしまった。

「ヤバイな」

スクリーンに、映しだされている、ヒュラ星を見て、ラファムが言った。

「ヒュラが、古から、旧支配者とされる存在の力を求め、奴等の一部と、繋がっていた事は、知っている。ヒュラ星自体が、奴等の巣窟で、あったのかも知れん」

「それは、ラファム殿。つまり……」

息を飲み、ラグドフィが問う。それに口を挟んだのは、ラムーだった。

「ヒュラは、シャクゥイド教団の総本山また、アブドールの本拠地。そこには、多くの旧支配者と繋がりを求めた、遺跡があった。多分、そこから、外宇宙より、古きモノ達が、涌いてくるかもしれない」

ラムーの言葉に、ラファムは黙って頷く。その話を、聞いて、ホゥリールは、畏れをなしてしまう。

「そんな事に、なってしまったら、どうなるの?」

握り締めていた、拳に汗が滲んでくる。

「この宇宙は、滅ぶ。奴等に喰い尽くされてな」

スクリーンに、映されている、惑星ヒュラを、睨みつける。ヒュラ星周辺には、多くの歪みが、現れていた。そこには、正体不明の影が、蠢いているのが、微かに見えた。

「急いだ方が、いいですね」

ラグドフィは、言って、ネペテンス星域の方へと、加速する。

 その間にも、空間は波打つ様に、歪んでゆき、その歪みの空間から、影のようなモノが、滲み出るかのように、現れて、惑星ヒュラを、その影は飲み込んでいく。

「ひ、ヒュラ星が」

スクリーンを見ていた、ホゥリールが叫んだ。

「もう、そこまで来ていたというのか。ヒュラが、飲み込まれ消えてしまったか。そうなったのも、ヒュラが招いた事だが……。それは、永年に渡り、旧支配者の力を求めていた、報いであろうな」

当然だと、言わんばかりに、ラファムは呟いた。


 船は、ネペテンス星へと、入って往く。美しい星は、色褪せて、精気が抜けてしまったかのように、感じる。それを見た、ラムーは、とても悲しそうな顔をして、白き本を、ぎゅっと抱きしめて、窓の外を見ていた。

何時も、ラムーの事を考えているのに、いざとなると、何も出来ない。戸惑う自分が悲しく、情けなく思う。船は、ヤティーシャ山の麓、かつて、ラグドフィが暮していた場所へと、降立つ。そこには、アロスが待っていたかのように、立って、船を見上げていた。

「アロス老、脱出されなかったのですか?」

驚いて、ラグドフィは、駆け寄る。

「私は、ネペテンス星の、封印守。そう、ホイホイと、星を出るわけには、いかない。ラファム、久しいのう」

答えると、船から降りて来た、ラファムに手を振り、懐かしそうに、笑った。

「ああ。そうだな」

ラファムも、笑う。

「じゃが、懐かしんでいる暇も、ないな」

ラファムは、アロスの肩を叩き、言うと、異様に変わった色の空を、見上げた。

 一人、皆から離れて、ラムーは、遥かヤティーシャ山頂を、見上げる。絶壁のようなヤティーシャ山の頂は、雲の遥か上にある。地上からは、決して、見る事は出来ない。それでも、見える事のない、山頂を見つめていた。

「私は、行くから」

呟くと、ラムーは、白き本を抱きしめて、瞳を閉じた。淡い光が、ラムーを包み、消える。

「あ、待って」

ホゥリールが、呼び止めた時には、ラムーの姿は消えていた。

「ラグドフィ、ホゥリール。君達は、早く、ネペテンスを出るんじゃ。君達は、この先、新たなる封印守として、後世へ伝えなければ、ならないのじゃ」

二人を見つめる、ラファムは、悲しそうに見えたが、未来を強く望み、二人に託したいという、思いが込められていた。

 沈黙が、続く。ラグドフィは、じっと、ラファムを見つめる。母親の母星を、失い、そして、父親の母星までも、失ってしまう。だけど、その様な感傷に浸っている時間など、封印守としての自分には、無い。そして、超古代ムー文明の、生き残りであるという、初代封印守は、永きに渡る贖罪を、果たそうとしている。それは、純血ネペテンスのラムーも、また。自らの、贖罪を。

出来れば、自分も、クトゥルに、アブドールに、一矢報いたかった。でも、自分の使命は、新たな封印守として、あること。ここで、消えてしまっては、いけないのだ。ラグドフィは、自分を納得させ、一つ頷いた。

「解りました。残されし封印守達と共に、この先へ、伝え継いでいきます。では、ラファム殿」

何時もの、淡々とした口調、感情を押し殺しているように、ホゥリールは感じた。ラファム達に、深々と礼を取る。

「ああ、頼んだぞ」

穏やかに笑い、言うと、ラファムとアロスは、ヤティーシャ山へと、消えていく。

 残された、ホゥリールとラグドフィ。辺りには、地球の封印遺跡の奥深くに、漂っていた、あのおぞましい気配が、漂い始めていた。

「行くぞ」

ラグドフィは、ヤティーシャ山の、遺跡入り口を見つめていた、ホゥリールを呼ぶ。

「ねぇ。この惑星を、封印に使えば、クトゥルごと、何処かへ消えてしまうんだよね?」

振り返り、問う。

「ああ。皆、消えるだろうな」

抑揚の無い、答え方をする。

「それって、死んじゃうってこと?」

その問いに、ラグドフィは、答えなかった。

「時間が無いんだ。行くぞ、私達には、やらねばならない事が、あるんだ。封印守として」

言って、ラグドフィは、船へと歩き出す。

 ホゥリールは、立ち尽くして、ヤティーシャ山を見つめている。

「やっぱり、ダメだよ。そんなのって、違うと思うよ。ラムーも、皆も」

ホゥリールは、呟き、走り出した。以前、ラグドフィが開いた、入り口に駆け込む。ラグドフィが、止める間も無く、ホゥリールは、遺跡の中へと消える。

「おい、ホゥリール」

ラグドフィは、後を追おうと考えたが、今までと同じく、冷静無感情に、自分の使命を優先させた。一人、船に向かう。クトゥルの気配は、更に強く近付く。

「カテル。私は、如何すればよい?」

船に乗り、ルーカが船を操縦して、地上を離れる。現れ来る、古きモノ達を、かわし落としながら、ラグドフィは呟く。頭で動いているつもりだったが、心は戸惑っていた。

自分の使命と、親友との約束が、ラグドフィの中で、交錯していた。今までに、感じた事の無い、戸惑いだった。ラグドフィ自身、如何すべきか、解らなかった。

この先の、万物宇宙。それと、親友との約束。決まっている、万物宇宙の未来の方が、大切に。数多の惑星と、生命達の方が……。

その二つを、比べる事さえ、比べようとしている、自分が愚かで、情けない。棄てた筈の、感情に対する、弱さだ。

「解っているさ。その位の事。封印守を、継いだ時から。私情を、棄てる事くらい」

ヤラグドフィは、苦しそうに、呟いた。

 ヤティーシャ山、旧神の遺跡。かつて、封印法を求めて、来た場所。ホゥリールは、遺跡の通路を、必死になって、走っていた。

この一年程の間で、力も体力もついた。そして、自分の知らなかった事、知りたかった事を、知ることが出来た。そして、勇気だって、持てる様になったと、思う。でも、まだ、父親や、ラグドフィのように、冷淡に受け止めたり、割り切ったりする事は、出来ない。それが、正しい事なのかが、解らない。ホゥリールは、そう考えながら、必死で、遺跡の中心を目指して、走っていた。


 旧神の遺跡の中心は、あの大広間だった。また、ヤティーシャ山の核でもある。

「もう、そこまで、来ているようじゃな」

ラファムは、呟く。

「アヴドゥル=アルアジフよ。そして、クトゥル」

「ああ。ここで、ケリをつけよう」

アロスは、ラファムにいい、頷く。

ラムーは、二人から、離れた位置に立ち、近付いて来る気配を、睨みつけていた。

「私が、存在する意味。私が、望んでいたものは。本当は」

呟いて、手にする、白き本に力を込める。

ここで、ホゥリール達に、逢った時から、あれ程までに胸の中にあった、敵対心や憎しみは、今は、複雑な胸の痛みと、なっていた。

 やがて、白くぼんやりと、輝いていた空間に、異様なぬめりけのある、重たくおぞましい黒緑の闇が、霧の様に広がった。

「久しいな、ラファム」

その霧の中から、人影が現れる。地球人とヒュラ人との、ハーフの様だった。まだ若く見えたりするが、年寄りにも見える。その男は、何処か生身の人間では無いような、感じがする。その背後には、到底、この宇宙の生命体には、見えない、おぞましい触手を、無数に持つ、異様なカタチのモノがいた。

三万、いや、四万年に近い位に、なるのか。こうして、対するのは」

旧友にでも、会ったかのような口ぶりで、ラファムは、皮肉な笑みを浮かべ、言った。その間には、奇妙な空気が、流れていた。

「知り合いなの? カラでも、妙な言い回ししていたけれど。あいつは、アブドールの幹部よ」

不満気に、そして、不快そうに、ラムーは問う。

「まあな。そうだな、話と思うが、私は、地球ムー大陸の生き残り。つまり、その時代から、ずっと生きている、という事じゃ。そして、あいつもな。秘密結社アブドールの、原点として、かつて、ムー大陸にて、クトゥルを、召喚した者」

答える、ラファムは、じっと、アルアジフを見つめていた。

「すべては、こいつを召喚する為だけに、存在していた。結社も教団も、な。すべては、この私が、この宇宙を手にする為に」

高らかに笑い、言う。

「そ、そんな事の為に、父さんや、他の惑星の人達が、死んでしまったんだ」

ラムーの背後で、声がした。ラムーも、ラファム、アロスも、振り返り、声の主を見た。

「ホゥリール」

ラムーは、驚いて、ホゥリールを見た。

「どうして、来たのよ。ラグドフィと一緒に、ネペテンスを出たのじゃなかったの?」

と、怒った様に言う。

「僕にも、何か、出来るはず、何か」

身体全体で、呼吸しながら、思いを込めて言う。

「無理じゃ。君に出来る事など、無い。君は、新たな封印守なのじゃから」

ラファムは、言う。

「だけど……」

ラムーを見て、言う。考えると、胸が痛い。

「放っておけないんだ」

顔を赤くし、小さな声で言う。皆、不思議そうに、ホゥリールを見る。

 おぞましい気配の源が、同じ空間にいるのに、それ程、負担を感じないのは、ここの遺跡に宿る力の為なのか。ラファムは、ホゥリールを気づかいながら、アルアジフとクトゥルを、見据える。

「死ぬぞ、ホゥリール。君の父親カテルは、クールだっだぞ。どんな時も、どんな時だって」

アロスは、淡々と言う。ホゥリールは、アロスを見て、

「知っているよ。母さんが、死んだ時も、父さんは、仕事を優先していた。その死んだ、母さんは、本当は病死じゃなかった事も。だから、僕は、両親の仇を、討ちたいんだ」

言って、魔法武器の先を、アルアジフに突き付けた。

「ホゥリール」

ラムーは、呟く。そして、頷く。

「そう言ったからには、きっちりやるのよ」

ふっと、笑い言った。

ラムーの言葉に、驚いたのは、ラファムだった。

「無茶だ」

「時間稼ぎ位には、なって欲しいね」

ラムーは言うと、白き本を開き、呪文の詠唱を始めた。聞いた事の無い、言葉。そして、音色。

 ラムーに、対抗するように、アルアジフも、呪文を唱え始める。その呪文に、合わせるかのように、クトゥルが蠢き出す。

 ヤティーシャ山の遺跡には、二つの大いなる存在が、降立つ。はっきりとしたカタチは、判らないが、その気配は、宇宙そのものだった。片方は、地球の封印遺跡、もう一つは、異次元のムーで、感じたもの。それらは、激しくぶつかり合う。また一方で、ラファムとアルアジフは、互いに向き合ったまま、微動だにしない。アロスは、ラファムに、加勢しようと、近付いた。

「来るな。これは、私とアルアジフとの、戦い。永きに続いてきた、宿命でもあるのじゃ。故に、自身でケリをつけたいのじゃ」

ラファムは、アルアジフと向かい合ったまま、激しい口調で言った。

「しかし」

アロスは、蠢く、クトゥルを見上げる。生命体とは思えない、この宇宙の生命体ではない存在、この宇宙に生きる者の、本能からして、とても、おぞましく、狂気的なモノだった。

アルアジフは、異様な笑みを浮かべ、ラファムを見ていた。自分の方が、限りなく優位であると、言わんばかりに。

「私、自身でケリをつける。つけなければ、ならないのじゃ。お主達は、行け。新しき時代の封印守として」

そう言い、右手をかざす。白い光の球体が、ホゥリール達を、包み込んだ。

「何をするの、私は、この惑星と共に、最後を迎えるのに。そして、アイツも、私が」

ラムーは、反発し、その球体を破ろうとするが、どうしても、破る事が出来なかった。

「旧神と交した、約束はどうなるのよ」

と、叫ぶ。

 その間にも、二つの存在は、激しくぶつかり合っていた。そして、徐々に、白き存在の力が強くなっていき、クトゥルやアルアジフは、おろか、ホゥリール達まで、その力に圧倒され、押し潰されそうになる。

「ちぃ」

アルアジフは、口惜しげに、舌打をする。

「終わりだ、アル。数万年に渡るケリを、ここでつけようぞ」

ラファムは、ホゥリール達三人を、見る。

「ラムーよ、悪いが、旧神との約束は、私が先に交して、おったのじゃ。旧神である、万物母神の真意は、そなたに贖罪として、未来を託す事だ。新たな、封印守となり、この宇宙に、伝え継ぐ為に。行くのじゃ」

ラファムが、そう言った時だった。


 全てが、真白となった。


 何も見えず、何も聞えない。白い光の空間。その中で、ホゥリールは、微かに、ラムーの悲痛な声を聞いた気がした。

 はっとして、目を開く。白い光の残像が、ちらつき、頭が痺れた感覚がする。もう一度、目を閉じて、開くと、やっと見える様になった。

「おい、大丈夫か?」

急に声を掛けられて、びっくりする。見ると、ラグドフィが、驚いて、こちらを見ていた。

「ラグドフィさん。あれ、ここ」

何が起こったのか、判らない。辺りを見回すと、そこが、宇宙船の中だというのが、判った。ラムーも、アロスも共にいて、まだ、呆然としていた。

「びっくりしたぞ、急に、現れたから」

何時もの淡々とした、口調に戻っていた。

「ラファムが、私達を飛ばしたんじゃ」

深い溜息混じりに、アロスは言った。

「ここへか。でも、ここは、宇宙空間だぞ。惑星内の移動であるのならば、可能だが。惑星から、宇宙空間への転移か。そんな事が、出来るとは、凄いな」

ラグドフィは、感心した様に言う。

 宇宙船の中だった。窓の外を見ると、確かに、宇宙空間だった。

ラムーは、無表情のまま、窓の外を見つめていた。

 白い光と、その光に掻き消されていく、黒緑の影。それとともに、彩りの美しかった、惑星ネペテンスは、その、白い光の中へと、包まれていくのが、船の窓から見えていた。




   終章


 惑星ネペテンスは、静かな光に包まれて、暗い宇宙の宙に、溶けてゆくかのようにして、音も無く消えていった。

 船は暫くの間、旋回していたが、やがて、惑星ルーンへと、船を発進させた。その船の中で、会話が交される事は無かった。皆、黙り込んでいた。ラグドフィと、ルーカが、交代で操縦する時くらいしか、会話は無かった。

 何時の間にか、不安定だった、宇宙も静けさを取り戻していた。荒れていた、ワープ空間も、安定している。

船は、ワープ空間を抜けて、ルーン星宙域に入ると、窓の外には、惑星ルーンと、二つの衛星が浮んでいるのが、見える。二つの衛星は、ルーン星内から見ると、二つの月として見えるもの。

「ラファムさんも、あの、アルアジフと言う人も、数万年生きていると、言っていたけれど、一体どの位の時間なんだろう。考えただけで、とても永い時間だよね。僕が、本でしか、知らない、文明のから、ずっといきているなんて」

ホゥリールは、独り言の様に言う。

「不老不死って、その様なの?」

「忌わしい呪いじゃよ、不老不死とは。じゃが、それが、ラファムに与えられた特権であり、また贖罪。不老不死など、所詮、幻想じゃよ」

ホゥリールに、あいづちをうつように、アロスは言った。その話に、他の者は、入ることはなかった。

 船は、ルーン星の大気圏へと入る。宇宙の闇から、グラデーションで、緩やかな空色となり、そして、限りないブルーと、グリーンのコントラストが、窓の外に広がっていく。

 クトゥルが、再び封印されたことで、宇宙は、安定した。そして、宇宙の主神であり、旧神とされる、万物母神の祝福だったのか、破壊されていたものは、再生してゆく。

船は、ルーンの宇宙遺跡研究所、所有の空港へと、帰港した。


 一連の事を、封印守の生き残りが集っている、ルーンの中央図書館にある、研究所で、ラグドフィとアロスは、皆に報告する。報告を終えると、ホゥリール達は、かつて、封印遺跡のあった、森の跡地へと向かった。報告を伝えるよりも先に、図書館職員でもある、封印守の若者エルクは、驚くべき事を、ラグドフィに告げたのだった。それを、確めに、向かっていた。

「実は、不思議な事が、起こりまして。他の惑星でも、同じ様な事が起こっているのです。封印遺跡があった場所に、突如として、封印遺跡と同じ性質の石が、出現したのです。それと、ほぼ同時に、あの異常嵐が収まったのです。これは、再び、封印が出来たということでしょうか? そして、あれが、封印の印となるのでしょうか?」

エルクは、とにかく、見てくださいと、言った。ラグドフィも、半信半疑だった。ホゥリールは、複雑だった。

「おそらく、そうだな」

アロスは、答えて、集っていた、封印守達に告げる。

「それは、新たなる封印。今回の、事を踏まえ、後に守り伝えなければ、ならない。新たな、封印守として」

言い、ホゥリールと、ラムーを、新たな封印守とすると、宣言したのだった。アロスは、実質、封印守の長であった。

 ホゥリールは、複雑な感じだった。ずっと、憬れていた、父親。その後を継ぐかたちと、なったけれど、それを、見届けてくれる、父親も母親も、すでにいない。それに、森が再生している話、一刻も早く、この目で見たかった。


 車の外には、眩しい樹木の色が見えていた。自然を重んじる、ルーン星で、今が一番美しい季節だと、ホゥリールは思っていた。やがて、前方に、見慣れた景色が広がっていた。

 そこには、森があった。父親と二人で、暮していた森が。あの日、見る影も無く消飛んで、クレーターとなってしまった、映像を見た時、もう、二度と森へ帰る事は、無いと思った。だけど、目の前に広がる森は、眩いばかりの生命を輝かせていた。

「森が、どうして?」

車を降り、森へと向かう。新たに、ゲートが造られていた。急いで造ったのか、簡単なものだった。ゲートを抜けて、森へと入る。土と樹の香りが、漂っていた。あの、禍々しさは、何処にも感じられない。

「これが、旧神・万物母神の力なのか」

新しい、封印石を見つめて、ラグドフィは呟く。

「ああ。全ての、母で、あるからな」

「すごい、こんなことが、あるなんて」

放心状態で、ホゥリールは呟いた。

「もっと、知るべき事は、沢山ある。この先もね。やっぱり、ホゥリールは、知らない事が、多いのよ」

姉口調で、厭味ぽく、ラムーは、言った。

「これから、勉強して、知識を高めるもん。それに、父さんみたいに、なりたいんだから」

ムッと、しながら、少し嬉しそうに、ホゥリールは、ラムーに言った。

「ふ~ん。そう」

横目で、ラグドフィを見て、問う。

「その時まで、あなたは、子守りを続けるの?」

「いや。私的は、カテルとの約束は、果たした。後は、ホゥリール自身の事だ」

答えて、ラグドフィは、ホゥリールを見る。

「如何するつもりだ? これから。地球へ戻るか?」

その言葉は、以前よりも、淡々としていて、突き放すかのように、ホゥリールは感じとれた。

 穏やかな風が、生まれ変った森の、樹木の葉を揺らしてゆく。封印石を見つめ、ホゥリールは、少し考えていたのか、直ぐには、答えれなかった。

「ここへ、残るよ。その方が、いいかもしれない」

ラグドフィ―、ラムー、アロスを見つめ、頷き言う。

「そうか。なら、好きにすればいい」

さらに冷淡に、そして、他人事のように言い、ラグドフィは、ビアスとエルクの方を向き、

「だ、そうだ。もう暫く、子守りが必要みたいだが、私は、カラへ移るので、ここで、ホゥリールの面倒を見る事は、出来ん」

「相変わらずじゃな。ラグドフィ。まぁ、いいだろう。私が、ホゥリールの後継人と、なろう。そなたも、色々あるみたいじゃからな」

背を向けた、ラグドフィに、仕方無いな、という感じで、アロスは言った。

「ラムーよ。そなたは、如何するのじゃ? ラグドフィと一緒に、カラへ行くのか? それとも、ここへ残るのか?」

アロスに問われ、ラムーは、一瞬固まる。どちらも、気が進まない。自分は、如何するのが、一番いいのか、解らない。

「私は、流離うよ。それが、一番いいと、思う」

暫く考えた末、ラムーは、悲しげに淋しそうに、溜息と共に答えた。

「なるほど。ま、それも、よかろう。ラムーなりの答えが、見つかった時、ここへ、戻って来るが、いい。他に、良い場所があるのならば、そこでもいいがな」

アロスに言われ、ラムーは、少し俯いて、小さく頷いた。ホゥリールは、苦しかった。何か、ラムーに伝えないといけない、だけど、どうしても、出来ない。

「それでは、私は行きます。カラにて、今回の事を、記録に残す仕事をします。何時か、また」

ビアスに、深く礼を取る。そして、ホゥリールを見る。ホゥリールは、ギクっとして、ラグドフィを見た。

「もう少し、しっかりしろ、カテルの息子よ。ラムーとは、外見的に同じ年頃に、見えるが、それでも、ラムーは、お前の三倍以上は生きているんだ。それなりの事は、必要って事だ。ホゥリール、ま、アロス老から、色々と学べ」

ふふと、笑い、ラグドフィは言った。そして、呆然としている、ホゥリールを尻目に、一人森を去って行く。

 ラムーは、三倍生きているって、四十歳以上年上って、事? 呆然とする頭で、考える。それよりも、ラグドフィさんに、伝えないといけない事が、

「あ、ありがとう、ラグドフィさん。色々と」

やっと、絞り出せれた言葉。ラグドフィは、一瞬立ち止まっただけで、そのまま、歩き去って行った。

「ラグドフィさん。随分、丸くなりましたね」

ラグドフィが立去り、暫くして、エルクが言った。

「ああ。そうじゃな」

と、アロス。


 何処からともなく、小鳥の囀りが聞えて来る。季節の花の香が、森を吹く風に乗り漂っている。木漏れ日は、キラキラと降り注ぎ、封印石を包み込んでいるかのようだった。

「さ、私も、行こう」

独り言のように、呟いて、ラムーは歩き始める。

「あ、あの、ラムー」

震える声で、ホゥリールは、ラムーの名を呼んだ。

「なに」

振り返り、ホゥリールを見る。ホゥリールは、息苦しくなってしまった。

「げ、元気で、ま、また逢えるかな?」

それだけ、伝えるだけで、胸が苦しく、顔が熱くなっていくのを感じる。

じっと、ラムーが自分の事を、見ているけれど、視線を合わせれず、下を向いてしまう。それでも、視界の端で、ラムーの、半透明な銀色の髪が、木漏れ日を受けて、輝いているのが、見えていた。

「さぁね。どうかなぁ」

素っ気なく答える。少し、悲しかった。

「ま、生きていれば、何処かで、逢えるかもね。その時は、もっと男らしく、そして、同じ封印守として、恥かしくないように、なっていてよ、ね」

素っ気無く言い、そして、笑う。

「わ、分ったよ。約束する」

真っ赤になり、ホゥリールは言った。

「そぅ。期待しているから」

笑いながら言うと、ラムーは、フッと姿を消す。ラムー自身も、照れくさかったらしく、転移をしたのだった。

 まだ、ドキドキする胸を押さえ、ホゥリールは、ラムーの消えた場所を、ずっと見つめていた。

「強く、そして、父さんの様になるから」

呟く声は、樹木のざわめきに、掻き消される。

「父さんのようになる事ではなく、父を越えるんだ。少なくても、君はここで、暮していた時より、見る世界も広がり、知る事が出来た。それを、更に広げ、未来へと伝え継ぐ。若き封印守として、これを守り、そして、宇宙と共に、在り続ける。きっと、ご両親も、見守ってくれているじゃろう」

アロスは、言って、ホゥリールの肩を叩いた。

「はい」

それに、力強く、ホゥリールは、答えた。


 かくして、少年は、勇気を手にし、歩き始めた。




              終


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