8.ふたりの夜(2)
「なんてね。純が素直に告白してくれたから、そう言ってるだけよ。ひょっとしたらくらいは思ってたけどさ。でも。聞かされてみると、ほんとは意外だった、かな」
お杏が首をすくめて笑う。
そんなお杏から私は、つと視線を逸らせた。
「そうよね。意外、よね……。信じられないわよ、私だって」
「信じられないって、何が?」
「私が……。浩太朗君のこと好き、だなんてこと」
「どうして? 彼、なかなかいいじゃない。人が良くってさ」
「だからよ……」
「何が言いたいの、純……?」
そんなお杏の問いに答えることもせず、私はただ後ろめたさだけを感じている。
こんなまどろっこしい会話をしてはいけないとわかってはいるけれど、「本音」というものは掴まりそうでいて、自分でもなかなか掴みにくい厄介なものなのだ。
「だって。似合わない」
それでも、ようやくその言葉を私は引き摺り出していた。
「何のこと?」
「浩太朗君と……私」
「何言ってんのよ」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげなお杏を遮るように、私は一気に言葉を継いだ。
「だって、思わない? 彼にぴったりな女の子って、いかにもおんなのこですって感じのするような娘、て。ちっちゃくて、可愛くて、無邪気な。そう、うちのクラスで言ったら、舞あたり」
舞……背が小さくて、目がくりっとして、めちゃくちゃ可愛い女の子した彼女。
明るくて、いかにも「守ってあげたい」て思わせるような。
「私……舞にはなれないわ」
舞にはなれない。なれっこない。
私と舞は、言わば対極にあるような気がする。
その意識が、つまりは私のコンプレックスが、私をひどく弱くする。
私なんかが彼を好きになんてなってはいけない。
否、なりたくなかった、と言うべきかもしれない。
好きになりたくない。
もしなれば、自分のコンプレックスを否応なく認識させられるということを私は無意識に感じ取っていたのだろう。
そして、私はずっと自分の気持ちを偽り続けてきたんだ。
それなのに。
今日の打ち上げのあの光景が、何もかも滅茶苦茶に打ち砕いてしまった。
浩太郎君を好きな自分、というものを私は、遂にはっきりと認識してしまった。
「どうして舞になる必要があるの」
そのお杏の言葉にハッと顔を上げると、さっきまで笑っていたお杏が、やけにシリアスな顔をしている。
「そりゃ、舞は可愛いけれどでも、彼が舞のようなタイプを好きだなんて限らないじゃない」
「それはそうだけど、でも……」
「どうして純は。そう自分を殺そうとするの?」
その時、そのお杏の言葉に、私は何かが胸を貫いたような気がした。
「みんな純のこと自信家だって言うけど、私はそうは思わない。純はいつもどこかで怯えてる。そんなに周りの目が気になるの?」
純、一体何にこだわっているの……と、お杏は呟いた。
そして、私は今更のように、お杏の鋭さに感じ入るだけだった。
コンプレックスよ。
私は、自分自身に動かし難い、ある種のコンプレックスを抱えている……
たったそれだけの言葉が言い出せない私であった。
お杏にさえも私は未だにその一言を言えずにいる。
「もう、休みましょうか」
ふと、お杏は壁の時計に目を遣りながらそう言った。
後数時間で夜明けという時刻。
私は黙って頷いた。
入浴を済ませ、パジャマに着替えているから、後はお杏のベッドに潜り込むだけ。
スプリングのよくきいたお杏のベッドはセミダブルなので、二人で寝てもそう狭くはない。
ふかふかの大きな羽枕が実に気持ち良かったりもする。
「いい? 電気消すわよ」
お杏がそう言い終わった時にはもう、部屋は暗闇へと化していた。
目が慣れないまま、私はその真っ暗闇の空間を見つめている。
「……お杏」
「ん、何?」
「ごめんね」
馬鹿……と一言呟くと、お杏は寝返りをうって、すぐに安らかな寝息をたて始めていた。
しかし、私は目を閉じても依然、様々な想いが浮かんでは、消えてゆく。
そして、突然。
守屋君のことを思い出した。
私……
ああ、いいわ。
もう、どうでも……
意識は次第にゆっくりと、闇の中へと遠のいていった。
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