67.エピローグ 〜さよなら(1)
「純、行かないの? 図書室」
皆が教室を出て行く中、一人ぼんやりと机に座っている私にお杏はそう声を掛けた。
「う、ん。私、残っとく」
「今日で最後なんだし、図書室でみんなと喋りましょうよ」
そうお杏は言ったが、結局私は一人教室に残ることにした。
春浅い三月の金曜日の今日、三・四時限目の美術の時間は、担当教師の都合上、図書室で自習となったのだ。
私は中央の自分の席から、陽当たりのいい窓際の席へと移る。
南向き前から四番目の席。
そこは彼……守屋君の席。
私はそこに腰掛けた。
明日はいよいよ終了式。
今日で二年生の授業全てが終わる。
三年生になってからのコース選択の紙は既に提出してある。
あの暮れのパーティーの夜の暗い予感通り、この三学期、浩太朗君と私は再びずっと赤の他人同士だった。
彼は私と目が遇う度に私を避けた。
浩太朗君のことは、あのベストを編み、クリスマスに玉砕したことで吹っ切ったつもりだった。
けれど、学校で実際に顔を合わせ、避けられていることを自覚するのはやはり辛かった。
私は一人傷つく他、どうすることも出来なかった。
そして、彼は本当に意中の彼女を射止めたのだろう。
彼は、あの冷やかしのホワイトデー以来、碧いキルトのサブバッグを毎日持って学校へ来ている。
それは大事そうに小脇に抱えている。
私はつくづくと、あのセルリアンブルーのベストの運命を、今更のように思い知るばかりだった。
吉原君とは、普通に接している。
彼のまなざしは今でも私に温かい。
私を全てのものから守るように。
私の全てを包み込むかのように。
こんなに。
こんなに想われているのに。
私は……。
守屋君──────
教室での彼は相変わらず静か。
彼の心は、ほんの少しだけ私に近づいてきたようにも、思わなくはない。
でも。
彼はいつも遠い瞳をしていた。
教室の片隅で、彼の心はいつもあらぬ処へトリップしている。
きっと。
「玲美」さんを想っているに違いない……。
彼に惹かれたのは、それは彼の裏、彼の悪がこんなにも私の心を惑わせているのだと思う。
窓から暖かい三月の晴れた空を見上げながら、私はふと思い立ち、制服のポケットから鏡を出した。
その小さな四角の面に顔を映してみる。
ストレートの黒髪。
済稜祭の頃からすればかなり長く伸びたその髪を、私は三月に入って暫くした頃、カットした。
今はまたセミロングのボブスタイル。
恋をして、果たして私は美しくなっただろうか。
片想いをしていた浩太朗君。
私を好きだと言ってくれた吉原君。
そして。
私の心を捉えて離さない守屋君……。
十七の時に私が愛した人は──────
そんな感傷に一人窓辺で耽っている時、あの秋の放課後と同じく突然、がらりとドアが開かれた。