65.バレンタインデー・キス(2)
教室はもう半分、薄暗い。
私は、課題を順調に解いていた。
チョコレート……。
しかし、思考は半分、そっちに飛んで行く。
浩太朗君にはもう未練はない。
彼への想いは、あのベストに全て凝縮してしまった。
吉原君はいい人だ。
私に本当に優しい。
でも。
未練があるとすれば……。
ううん。考えるのはやめよう。
今日、チョコレートを持ってこなかったのが私の答え。
守屋君は関係ない。
そう思うものの、次第に涙が頬を伝い始めた。
好き
すき
スキ
私は守屋君が好き……。
この想いをどこにぶつければいいんだろう。
今日、告白して、いっそ玉砕した方が良かったんだろうか……。
そんなことを考えていた時。
人の気配でハッと後ろを向いた。
そこには。
守屋君が立っていた──────
「居残り?」
「守屋君……」
近づいてくる彼の姿に目を奪われている。
「守屋君は?」
「俺は、職員室に呼び出しくらってた」
「呼び出しって?」
「早く志望校決めろってさ。お説教」
そう言いながら、鞄に手を掛けた。
視線がぶつかる。
一瞬の静寂。
「帰らないの……? 神崎さん」
あの秋の日の放課後と同じ言葉を、あの時と同じ色の声をして、守屋君が言った。
「私は……」
言葉を飲み込む。
けれどその時。
私は、一大決心をした。
「あ、あのね……守屋君」
「何」
「これ……」
私は、サブバッグの中から、ある小さな包みを取り出した。
「これ……。今日、家庭科の時間に焼いたの」
恐る恐る私は、ソレを彼の前に差し出した。
「クッキー?」
「うん……」
「くれるの?」
「うん……」
それは、形の不揃いなマカダミアナッツ入りのチョコレートクッキーだった。
しかし瞬間、私は後悔した。
こんな、ヴァレンタイン・デーに、チョコクッキーだなんて……!
しかし。
「サンキュ」
彼は、無愛想な表情を一瞬崩して、そう言った。
「食っていいの?」
「ど、どうぞ」
彼は、私の手からクッキーを一枚取ると、無造作に口に放り込んだ。
咀嚼音が、他に誰もいない教室を意識させる。
「美味いじゃん」
ペロリと舌を出しながら、彼は言った。
「きっといい嫁さんになれるよ」
そう言って、彼は、次の瞬間。
フッ……
と、私の左頬にKISSをした……!!!
彼の視線に釘付けになる。
「じゃあな」
その一言を残して、彼は教室を出て行った。
私は、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
KISS・キス・きす……!?!
これって、「告白」したことになるの?!
でも。
「チョコレート」を渡したわけじゃない。
でも。
気持ち……。
少し、伝わったかな……。
今はこれだけで充分。
今は、これで精一杯。
こんなことに泣けてくる。
それは、涙の「VALENTINEDAY ・KISS」だった。