64.バレンタインデー・キス(1)
「ねえねえ、「REVE・DE・BIJOUX」てどこのブランド? ベルギー?」
「お杏はやっぱりさすがね! 「WETTAMER」ベルギー王室御用達よね」
「ゴンチャロフの「BILLANCOURU」の猫チョコも可愛いわよ」
放課後、女子達が教室に残って、チョコレートの試食会に興じている。
そう、今日は2月14日。
聖ヴァレンタイン・デー。
「舞はもう、まっくんにチョコ渡したの?」
「ううん、まだ。まっくんが迎えに来てくれて一緒に帰るから、その時に」
「お杏は?」
「私ももうすぐ一哉さん、車で迎えに来るから、車の中でかな」
「あー、いいわねえ! 両想い!!」
大袈裟にゆうが天を仰ぐ。
「純は浩太郎君にチョコ渡さないの?」
「え…え?」
私に話が振られた!
「渡せばいいのに」
「でも……クリスマスに振られてるし……」
「それとこれとは別よ! 男子でチョコもらって喜ばないなんて有り得ないわ」
「じゃあ、ゆうだって、徳郎に渡したの?」
「う、それは……」
「ほーら。ゆう、これだもん!」
私は呆れ顔で、そう言った。
「純、吉原君にはチョコあげないの?」
「彼、純にゾッコンなのにね。可哀想だわ」
「彼のどこが気に入らないのよ? 彼、楽しいじゃない」
「かなり理想高いわよねー、純は」
皆が口々に好き勝手を言う。
「で、純ちゃん」
その時、舞が言った。
「守屋君は?」
「え……?」
「私、純ちゃんは守屋君が本命だと思ってたのにな」
舞がマジに、そう言った。
「そうねえ。浩太郎君に吉原君に守屋君……一体、誰に気があるのよ?」
圭が詰め寄ってくる。
「そ、それは……」
「まあまあ。あんまり言っちゃ、純、可哀想よ。このくらいにしてあげましょ」
お杏が助け船を出してくれた。
「あ、まっくん!」
その時、舞が可愛い声を出した。
見れば廊下からまっくんが顔を覗かせている。
それを機に、
「そろそろ帰ろうか」
「そうね」
皆が席を立ち始めた。
「あれ? 純、帰らないの?」
と、美結妃が問うた。
「あ、私、化学の問題、当たってるから。それ解いてから帰る」
「大変ねー」
「ばいばい」
「うん、バイバイ」
そうやって、皆が帰っていった。
お杏を残して。
「お杏、帰らなくていいの? 一哉さん、待ってるんじゃない?」
「そんな表情してる純を一人残して帰れると思う?」
お杏が、いつもの美苦笑を浮かべながら言った。
「お杏……」
お杏は全てお見通しだった。
***
「で、どうなのよ。今日、チョコ渡さなくて本当に良かったの?」
教室後方の机に座ってお杏が、その見事な脚線美の長い脚を組みながらそう問うた。
「だって……。浩太郎君のことは完全に吹っ切れてるし……」
私は、言葉を濁す。
すると、お杏は言った。
「守屋氏のことよ」
一瞬、言葉に詰まった。
「守屋君は……」
彼のことを思い浮かべる。
静かで無口な彼。
教室の片隅で、いつも遠い目をしている。
きっと、「玲美」さんのことを想っているに違いない……。
玲美さんという女性が彼にとってどんな存在なのか、私は知らない。
けれど、どうしてもそう思ってしまう。
それなのに、どんな顔をして彼にチョコレートを渡せるというのだろう。
「いいの。もう」
私は、左右に首を振った。
「お杏、帰ってよ。私、ほんとに化学の課題、解いて帰るんだから」
「純。いいの? 本当に」
お杏は、いつものいたわりの表情でそう言った。
「いいの」
私は、笑った。