60.永遠のトライアングル・ラブ(1)
それは、七時限目の体育の時間のことだった。
その日は男女とも体育館でバスケットボールの授業だった。
体育館には二面しかコートがなく、一面は他クラスが使用しているので、男子の試合の時には女子が見学、女子の試合の時には男子が見学という風に授業が進められている。
私はバスケは好き。
小学六年生の時、ドリブルシュートが巧かった私は学校代表メンバーに選ばれ、放課後と休日、特練をしていた。
私のポジションはシューティングガードで、3Pが得意だった。
あまり身長が高くない私がバスケで活躍するには、それが近道だったから。
3が決まる時の快感は最高で、何より夢中でボールを追う時間は楽しかった。
そして、授業も半ば過ぎ。
いよいよ私に順番が回ってきた。
私は、あの小学生時代に戻った気分でボールを追っている。
パスが逸れたボールを無理に捕えようと、私は宙へ思い切りジャンプした。
そして、着地した瞬間。
物凄い激痛が右足に走ったのだ!
何が起こったのかわからなかった。
私はコートへと倒れ込んだ。
「純……!!!」
皆が私の周りに駆け寄ってくる。
体育の菊池先生が、私の右足首を慎重に動かす。
「アキレスは何もないようだな」
しかし、その痛みは尋常ではなかった。
立ち上がれない……。
私は痛みのあまり、苦痛に顔を歪める。
「誰か、男子! 神崎を保健室に連れて行くのに手を貸してやってくれ」
菊池先生がそう言った時。
すくっと立ち上がった生徒がいた。
「神崎」
私の名を呼んだのは。
守屋君……。
彼が私の体を抱き起こした。
そして、抱きかかえる。
私は皆が呆気に取られている中、彼にお姫様だっこされて、体育館を後にした。
***
「も、守屋君……!」
私は、言った。
「い…いいわ。悪いわ。私、一人で歩く……」
彼の腕の中で恥ずかしくてもがくと、
「暴れるなよ。落とすぞ」
と、彼は不機嫌そうに言った。
その言葉にビクリとする。
彼は何を怒っているのか、本当に機嫌が悪そうだった。
それにしても。
守屋君に「お姫様だっこ」!
ああ、クラクラきそう……。
彼の節太く細長い指を思い切り意識しながら、暖かい彼の躰の温もりを感じている。
あの秋の夜の「HEVEN」で初めて感じた彼の温もりを思い出す。
守屋君。
どうして……。
しかし、そんな複雑な想いが交錯している間に保健室へと無事到着した。
「こんな時、横センいないなんて、使えねえな」
守屋君が呟く。
保健室には、養護教諭の横田先生も誰もいなかった。
彼がとりあえずベッドへと私を横たえた。
私は起き上がり、ベッドに座り直す。
「痛む?」
「うん……」
ズキン、ズキン、と右足首が疼く。
彼は勝手に棚を物色すると、湿布薬を持ってきた。
「足、見せて」
彼がその湿布を貼ろうとしてくれている。
しかし、私は恥ずかしくて思わず足をひいてしまった。
素脚を見られるなんて。
それも、守屋君に……。
「動くなよ」
しかし、彼はそんな私には構わず、私の右足首に触れた。
瞬間。
ゾクリとした。
彼の冷たい指先を生足で感じる。
ドキドキする……。
まるで、あの「春琴抄」の佐助と春琴みたいじゃない……。
「ごめんね……。守屋君……」
私は痛みから、いや、彼の一挙一動が胸を打ち、涙が溢れてくる。
「泣くなよ」
彼はいつものように無愛想だったが、私は何より彼の優しさを感じていた。
「まったく。お前は……」
守屋君は私から視線を外した。
「見てらんないんだよ。危なかしくって」
ぼそりと呟く。
次の瞬間。
私を見つめた。
それは、あの冬の夜の時より更にもっと微妙な表情だった。
「守屋君……」
その時。