56.冬の日の図書室のKISS(1) ☆
「今日の放課後、図書室に来てくれないか」
朝、下駄箱の所で吉原君にそう言われたのは、三学期が始まって間もない頃だった。
「え? 図書室……?」
「ああ。待ってる」
そう言うと吉原君は、くるりと背を向け、教室の方へと歩いて行った。
放課後……。
図書室……。
何の用事だろう……。
吉原君とは、去年のあの「よつばグリーンランド」遊園地でのグループデート以来、なんとなく疎遠になっていた。
それまでは、席が近いこともあって、浩太郎君達と一緒に話に興じ、バカをやっていた。
でも。
あれ以来、彼はなんとなくよそよそしい。
お笑いが好きで、いつもネタでみんなを笑わせるムードメーカー……そんな彼が、どことなく黄昏れている。
その訳を聞けるなら、放課後、図書室へ行ってみよう。
そう私は軽く考えていた。
***
「図書室、て言っても広いわ。どこで待ってたらいいのかしら……」
私は、独りごちていた。
済陵高の図書室は、進学校らしく、かなり広い。
特別な冷暖房は完備していないが、春の午後ともなると、南側の窓から明るい日射しが入ってきて、ぽかぽかと暖かい。
しかし、今は睦月の厳冬。
しんしんとその広い空間は冷えている。
そのせいか、生徒の影もまばら。
私は、無意識に両手に息をはきかけながら、好きな「与謝野源氏物語」のコーナーで、ぱらぱらと本を捲っていた。
「ここだと思ったよ」
「吉原君……」
振り返るとそこには、吉原君が立っていた。
「どうしてわかったの?」
びっくりして、問うた。
「神崎、古典学年トップじゃん。教室でも最近、「源氏物語」読んでるだろ。だからきっとここだと思ったのさ」
「ところで。何か用事?」
私は、本題を持ち出した。
「あ、ああ。」
吉原君は、トレードマークの長い前髪をいじっている。
そして、天を仰ぐように上を向いた次の瞬間。
「神崎。俺と、つきあってくれ」
そう言ったのだ。
「つ、つきあう……!?!」
私は目を丸くした。
「お前に好きな奴がいることはわかってる。でも、俺は……」
彼は私の目を正面から見つめて、言った。
「お前が好きだ」
吉原君……?!
私は、心底驚いた。
でも、こんな告白は……これで……。
「忘れようと努力したけど、忘れられなかった。お前が好きなんだ」
尚、彼は言い募る。
「で、でも……」
「一週間!一週間でいい。一週間つきあって、それでもお前が俺のこと好きになれなかったら、その時はきっぱり諦める。だから、俺にもチャンスが欲しい」
その時。
背の高い彼が、私の上に覆い被さるように、両手を私の顔の横の本棚についた。
りょ、両手「壁ドン」……?!?
私はあまりの事の展開についていけない。
「一週間……ダメか……?」
私の顔のほんの間近で、彼はなんだか子犬のような目をして言った。
その目の色にほだされたわけではなかったが、
「じゃあ……一週間だけなら……」
と、つい私は答えていた。
イラストは、汐の音さまより頂きました。
汐の音さま、素敵な吉原君の壁ドン!をありがとうございました(^^)