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51.魅惑の夜(2)

作中、飲酒場面が出てきます。未成年の方は決して真似しないでください。

「神崎。今日は飲まないのか? オレンジハイでも作ってやろうか」


 その声で見上げると、コークハイを持った浦田君が目の前に立っていた。


「んー、今日は遠慮しとく」

「どうして?」

「この前ので懲りたもの」


 そう答えた私に彼は一言言った。


「酒の席に男の悩みなんか持ち込むからだよ」


 私は何と答えていいかわからなかった。


「神崎委員長も恋愛ばかりはエーゴのようにはいかないよな」

 そう言いながら、彼はグラスをあおる。


「この前は、悪かったよ」

「え……?」

「浩太朗との喧嘩の時さ」

「浦田君……」


 そして、彼は更に言ったのだ。


「浩太朗のこと好きなんだろ」


 私は、益々何と言っていいかわからない。


「名前の通り「純情」なんだよ、なっ」


 残りのグラスを一気に空けると、

「ま、せいぜい頑張れよ」

 と、言い残して、彼はまた席を移っていった。


 浦田君もあの時のことを気にしていたんだろうか。

 純情……か。

 ほんとに純な女の子が、同時に二人の男子好きになったりするかしらね。

 私は思いがけない彼の言葉に、胸をえぐられる想いだった。


 ぐるりと見廻せば、テーブルの上は空になった皿やボトル、おしぼりが散乱して、今夜もまたそうそうたる有様。

 けれど今夜はあの打ち上げの時と違い、にわかカップルがいない。

 皆、前回の醜態が頭にあるのか、騒ぎながらも理性的に飲んでいるようだ。

 私に関しては、ジュースやノンアルコールを少し口にしている程度。


 それなのに、

「神崎さあん!今日はあんまり飲むなようー」

 という声が掛かる。

 その度に私は、

「今日はしっかり素面よお!」

 と答えるのだけど、まったくあの夜の出来事は我が人生最大の汚点だったわねと、今更のように思う。


 そういうわけで、二時間はあっという間に過ぎた。


 徳郎が男子、圭が女子の間を回って会費を徴収している。

 盛況の内に一次会は終了した。

 そのまま帰る者もいるけれど、半数以上は残って二次会へと足を運ぶ気でいるらしい。

 私も久しぶりに踊りに行きたいなあと思いながら、徳郎と圭が場所を決めるのを一人夜風にあたりながら待っていた。


 そして、二次会はディスコ「NAIROBIナイロビROOMルーム」に決まったらしい。

 背伸びしたコーコーセイの集団が、ディスコばかりが入っている「ニコニコビル」へと移動し始めた。


 お杏は先頭で圭と一緒に徳郎や浩太朗君達と喋っている。

 近くにいる舞は、まっくんからもらったクリスマスプレゼントの銀色に光るオープンハートのペンダントのことで、散々ゆうや美結妃達からひやかされているようだ。

 私はなんとなくその輪に入る気になれず、いつのまにか集団から少し離れて、一番後ろからのんびりと皆の後をついて行った。


 私は。

 どうして一人なんだろう……。


 夜のとばりの降りた街を歩きながら、自然感傷的な想いが沸々とわき上がってくる。


 恋を失うのは何度目だろう。

 私はいつもないものねだりばかりしているような気がする。

 叶わぬ想いにしがみつき、届かぬ人こそ追い求め……。


「今夜は酔っぱらってないみたいだね、神崎さん」


 ハッとするとそこには、


「守屋君……」


 誰もいないはずの後方から彼が歩いて来て、私の隣に並んだ。


「どうしたの。私が最後だと思ってたわ」

「店に忘れ物したのさ。こいつをね」

 そう言って彼は、手に持ったショールのように広く長いマフラーを私に見せた。

「近回りして取りに戻ったんだ。行き先はわかってるし、道も知ってる」


 そう言いながら、彼はそのマフラーを無造作に首に巻き付ける。

 しかしそれだけ言うと、彼は口を閉ざしてしまった。

 並んで歩きながらもまるで他人のよう。

 私は遠くに舞達のはしゃぐ声を聞きながら、彼が隣にいることを意識する。


 あの夜……。

逃げるように走り去ってからというもの私は、あの時の私の態度を彼がどう受け止めたのか気になって仕方がなかったけれど、どうすることもできずにいた。

 学校で私が彼と交わす会話などほとんどない。

 彼はまるで何事もなかったかのように、いつもの彼の生活を営んでいた。

 そして、私はあの時の彼の言葉の意味を幾通りにも解釈しながら、時折思い出したように彼の姿を盗み見するより術を持たなかった。


「神崎。どっか飲みに行こうか」


「え……?」


 彼が突然、口を開いた。


「飲みにって……二次会は? ディスコ行くんじゃないの?」

「「NAIROBI」だろ。あそこはたいしたことない。広いだけでさ、酒も不味い。俺、今日はあんまり踊りに行く気分じゃないんだ。つきあってくんない?」


 そう言うなり彼は、脇道へと逸れ、皆とは違う方向へとずんずん歩いて行く。

 私はろくに返事もしないまま、慌てて彼の後を追っていた。


「も、守屋君! 待ってよ。一体どこ行く気?!」

 やっと彼の彼の隣に並んでそう言った私に彼は、

「カクテルの美味しいとこ」

 とだけ返事をする。

「行きたくない?」

 彼は立ち止まり、初めて私を見て言った。


「だ…だって。みんなは? どうするの。私達だけ消えたりしたら……」

 また変に思われるわよという言葉は、喉元で吞み込んだ。

「平気さ。あれだけ人数いるんだから、わかりゃしない」

 彼は平然とそう言うと、「こっちだよ」と言ってまた横の小道へと入っていく。


 戸惑いながらも結局は彼の後を追う自分……。


 そして、五分と歩かない内に、外観が真四角に見える白壁の店の前へと辿り着いた。 

 中二階へと続く階段を上るとそこには、「DIEディー」とだけ書かれたガラス戸があった。


 彼はそのドアを開け、私を振り返った。


「入って」



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