50.魅惑の夜(1)
作中、飲酒喫煙場面が出てきます。未成年の方は決して真似しないでください。
その翌三十日の夜、二年一組の忘年会が「HAPPY・CHIKEN」で開かれた。
私はレース襟のオフホワイトのブラウスに、例の真っ赤なスカートをはいて、上からボリュームのある暖かい白のカーデを羽織り、久々にポニーテイルにして集合場所へと赴いた。
それとは対照的にお杏は、ウエストを太いローブで蝶結びにしたVネックのかなり大人びた純白のワンピースに、濃紺のロングコートに身を包んでいる。
聞けば、そのコーデは彼からのクリスマスプレゼントだという。彼氏が見立ててくれた品だそう。
まったく、彼の目が高いというか、それを着こなすお杏がさすがと言うべきか。
溜息の出る話ではある。
それにしても、何もまたあの「HAPPY・CHIKEN」でなくとも……と私は思う。
あの店の名前を聞いただけで、私はあの「済陵祭」の打ち上げの時の醜態を思い出して良い気分がしない。
私とお杏が来た時にはもう、だいぶ人数が集まっていた。
男女共、この前より数が増えている。
若干、女子の顔触れが変わっているけれど、圭・舞・ゆう・美結妃・お杏そして私の六人は揃っている。
男子も徳郎達中心グループは相変わらず。
つまり……浩太朗君も来ている。
参加しようかどうか、最初は迷った。
僅か数日前にあんな失恋劇を演じたばかりで、彼にしたってきっと顔をあわせづらいだろう。
それを来る気になったのは、お杏の一言だった。
『そんな逃げ隠れしたって仕方ないじゃない。どうせ三学期になれば嫌でも顔あわせるんだし。それに純はどうせ、家に居たらまたぐじぐじ思い悩むんでしょ。それなら、パーティーに来て元気に騒いだらいいのよ。その方が彼にしたって気が楽よ、絶対』
まったく、成る程ごもっともという気がした。
けれど。
けれど、私はパーティーの間中、ずっと明るく笑っていられるんだろうか。
まだ私は平常心には戻っていない。
恋を失う時の痛みは、後からじわじわ疼いててくるものなのだから……。
そんな私の心配をよそに、総勢三十名ばかりが店へと雪崩れ込んだ。
女子はほとんど大人しくジュースを手にしているけれど、男子の大半は水割りのグラスを持っている。
その中で徳郎が一人立ち上がった。
「みんな今年一年ご苦労さん、そいじゃ乾杯!」
その言葉と同時に、一斉にクラッカーが鳴り響き、今年最後の祝宴は華々しく始まった。
料理の皿は相変わらず、パスタ・ピッツァ・フライドチキン・サラダ・ポテト・サンドイッチ等、軽食が並び、皆我先に小皿へ取り込む様子も前回同様。
私もこの前の失敗を繰り返さないようまずは腹ごしらえと、プチパンをつまむ。
しかしお杏に、
「あんまり食べ過ぎてもお酒が入った時、胃が受け付けなくなるわよ」
と、注意されてしまった。
食べるものを食べ、アルコールが回れば、宴はいよいよ興に乗る。
「お杏さあん!相変わらず強いじゃん。いつも相当彼氏と遊んでんだろ?!」
そう徳郎が舌を巻く程、お杏は急ピッチでグラスを重ねている。
しかしお杏は、顔色一つ変えずににっこり笑って、
「あらあ、私はいつでも品行方正よ。お酒は綺麗に飲むものでしょ」
と、けろりとしている。
「まったくさあ。お杏さんも舞ちゃんともしっかり彼氏付きなんだから参るよなあ」
「そうそう!我が校のマドンナ達はつれない、つれない」
赤ら顔して男子連中が軽口を叩くのを、私は今夜は素面で聞いていた。
しかしそこへ、
「神崎さんは今日は大丈夫かよー!」
と、急に話題が私へと飛び火してきた。
「私ー? 今日は平気よお!」
ガンガン鳴っているBGMにかき消されないように、声を張り上げる。
「ま、神崎さんは潰れても介抱する奴が決まってっから、いーか」
「なによ、それえ!? 誰のこと?!」
「そりゃあ、あいつに決まってるだろ!守屋浩人君」
そう言うと徳郎は、
「おーい守屋あ! こっち来いよおー」
と叫んだ。
しかし、幸いその声は隅の暗がりにいる彼の耳には届かなかった。
彼はグラスを片手に煙草をくゆらせ、あの独特の雰囲気を醸し出していた。
私は、思わず目を奪われてしまった。
彼の煙草を吸う様は、本当にキマッテいる
ちょっと高校生離れしている。
一体、幾つの頃から吸い始めたんだろう……。
「気になる?」
「え……!?」
「守屋君のこと」
お杏がそっと耳打ちする。
一瞬、言葉に詰まった私を見てお杏は、
「いい傾向ね。浩太朗君のことなんて早く忘れちゃいなさいよ」
と、ウインクしてみせた。
けれど。
もう終わったのだ、終わらせたはずだと思い込もうとしているのに、心は自分を裏切る。
ベストを編んだことによって、私は浩太朗君への想いを不自然に募らせてしまったのかもしれない。
じわじわと私の胸は苦しくなっていく。
私は、彼との間にせっかく取り戻していたお友達関係を、自ら粉々にしてしまったのではないかということに気付き始めていたからだ。