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5.ここは何処 彼は誰・・・!?(1)

 ドアが開く。

 押し寄せる音とイルミネーションの洪水。

 そこはもう、別世界。


「ここ座りなよ」

 彼に言われるままソファに倒れ込むように、私は腰を下ろした。

 意識はだいぶはっきりしているものの、体はかなりだるい。

 座った後もなお、彼……守屋君にもたれかかる。


「気分悪くない? 吐きたいとか」

「ううん、大丈夫」

「飲み物取ってこようか」

「ううん、いい」

「なんか飲んだ方が楽になるぜ」

「いいの。それより。もう暫くここにいて」 


 思わず口をついて出てしまった言葉に、私は自分で動揺している。

 何か、意味深に聞こえなかったかしら。なんて。


 けれど、そんな意識とは裏腹に体はなかなか言うことをきかない。

 いよいよもってだるさが増していくようで、どうすることもできない。

 守屋君の肩にもたれていた頭が少しづつずれていき、いつの間にか彼の胸まできている。

 長袖のペイズリー柄のシャツを通して、彼の鼓動が聴こえる。


 温かい、彼の指。

 何か、信じられない。

 本当にこれが、私?

 そして、隣にいるのは、守屋君……?


 彼は一体どういうつもりなんだろうと、彼の心中を推し量ろうとしてみても、その答えは出てきそうにもない。

 彼とはつい最近になってようやく、済陵祭の準備中に少し言葉を交わした程度。

 大人しいというか、静かで目立たない感じの彼だから、ほとんど気に留めたこともなかった。


 しかし、それはきっと彼とて同じことだろう。

 彼が私に気があるなどとは、考えられない。

 それなのに……


「守屋。その、どうしたんだよ?」


 その時、不意に頭上で聞き覚えのない声がした。

 もしかして、3組の男子?

 ここで打ち上げやるとか言ってたっけ。

 そんなことが頭に浮かんだ時、守屋君が言葉を返していた。

「ああ、こいつダメなんだ。完全酔ってる」

「で、お前が介抱してるわけ?」

「まあな」

「うまくやれよ」


 そう言うと、その彼はどこかへ消えてしまった。

 しかし、彼の最後の一言に私は再び動揺している自分を感じている。

 考えすぎかしらね。

 けれど本当に傍からは一体、どう見られているんだろう。

 その時になって私は初めて羞恥心を覚えた。


「守屋君」

 身を起こし、けれど俯いたまま私は彼の名を呼んだ。

「うん?」

「ごめんね。私のせいで……迷惑かけちゃって」

 変な目で見られているかも、と言おうとしたが、言えなかった。言うのが怖い気がした。

 けれど彼は、

「いいさ」

 と、一言軽く笑ってみせただけで、後はあくまでポーカーフェイスのままだ。

 いよいよもって彼の心中を図りかねていると、おもむろに彼は口を開いた。


「ほんとにどうしたんだよ、今日は。飲んだことなんてないんだろ、今まで」

「うん、でも。だって」

 だって……何だって言うの。

 本当に私、一体……


 そう私が思った時、

「男にフラレでもしたの」

 と、彼は何気ない口調で、その言葉を私に投げかけてきたのだ。

 私は一瞬、言葉が出なかった。

「あ、図星だった?」

「そ、そんなんじゃないわ!私……!」

「ジョークさ。そんなムキになるなよ」

 そう言いながら、彼はクックと笑いを漏らしている。


 この人は……?!

 私は彼の意外な一面を見ているような気がしていた。


 それにしても、失恋か……。

 彼の放った言葉を私は、改めて感じている。

 ゆうの肩を抱いた浩太朗の姿がショックだった。

 彼に意中の人がいるらしいという事実が、そして何よりもそのことにショックを受けている自分自身が、更にショックだった。


 つまり、私は彼のことを───────


「守屋君」

 きちんと座り直すと、私は再び彼に呼び掛けた。

「踊ってきてよ。せっかくディスコ、来たんだし。私もう大丈夫だから」

「大丈夫なわけないだろ、それで」

「平気よ。大人しくここにいるから」

 顔を上げ、初めて彼の顔を見据えると、私は言葉を継いだ。

「暫く……一人にして」


 彼は何も言わなかった。

 先程の意地悪な表情は完全に消えている。


「また、戻ってくるから。そこに居ろよ」

 そう言って、彼は席を立った。

 そして、フロアの方に歩いていく。

 しかし、急に立ち止まると私の方を振り返った。

「男に気をつけろよ。声かけられても、絶対相手なんかするなよ!」

 そう言い残し、彼は今度こそ奥のフロアに消えて行った。


 守屋君……

 彼にはああ言ったものの、いざ一人になってみると、急に力が抜けていくような感覚を感じている。 自分で自分を支えるのが、こんなに辛いなんて。

 やはり、あのコークハイは相当きいたようだ。


 “馬鹿だよ。弱いくせに……”


 彼の言葉が蘇る。

 そうよ、馬鹿よ。私は。わかってる。

 今、私は、自分が一番嫌だと思っていた類の女になってしまっている。

 酔って醜態、晒すなんて。

 でも、どうしようもなかったんだ。あの時……


 店内をぐるりと見廻してみると、クラスの人間がちらほら見つかった。

 圭にお杏。美結妃もいる。

 男子も徳郎他、数名。

 ああ、やっぱり三組の面々が来てるんだ。

 舞が松川まつかわ君と一緒にいる。

 本当にあの二人、お似合いだわ。

 舞の可愛さは折り紙付きだし、松川君は松川君で済陵には珍しい美少年イケメンタイプ。

 ああして二人並んでいると、少女漫画の世界を地でいっている。


 私も踊ってこようかしら。

 ディスコに来たのは初めてだけど、踊りの真似事くらい出来るだろう。

 あのレーザー光線を浴びて、うるさいほどの音楽に身を預けてみたら案外、何もかも忘れることができるかもしれない。

 一際照明の凝った奥のフロアの中では、ひしめき合うように男女が入り乱れて踊っている。

 ドライアイスの白煙の中、くるくると辺りを照らす色とりどりのライトが透けて、綺麗。

 躰でリズムを取って、軽くスウィングしながら、踊る。

 けれど、長くは続かなかった。

 やはり、ふらつく。

 動いたことで更に酔いがまわったのかもしれない。


 総鏡の壁に寄り掛かった。

 佇みながら、私はぼんやりと様子を伺う。


 圭が何か憑りつかれたように踊っている。

 お杏は何処だろう。

 ああ、守屋君。あんな所に。

 何か慣れているような。まさかね。でも。


 そんなことを考えながら、私はふと思い立って、フロアとは反対側にあるカウンターへと足を向けた。


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