47.恋の痛み(1)
時の流れていくのは異常に早かった。
私は毎夜、毛糸と格闘し、慣れない編み棒を動かしていた。
編みながらふと、どうして自分がこんなことをしているのか不思議に感じることが度々あったけれど深くは考えないようにしていた。
一度追求すれば、どこまでも底なし沼に落ちていくのは火を見るより明らかだから……。
この心理状態というのは自分でもよくわからない。
もしかして私は、愛する人にベストを編むというシチュエーションにただ酔っているだけかもしれない。
自分のどこにこんな徹夜も厭わない情熱、それも浩太朗君に対する……があるのか、私は不思議でならないのだから。
だから、最初の内はただ編むだけで良かった。
告白しようなどという気は更々なかった。
それが、毛糸玉が一つ、一つ減ってゆき、少しづつ鮮やかなブルーのベストが編み上がってゆくにつれ、私の心に微妙な変化が訪れ始めていた。
なんとか。
なんとかこのブルーのベストを、彼に手渡せないだろうか。
叶わない願いだとわかってはいるけれど。
一目でいいから、このセルリアンブルーの袖を通した彼の姿を見てみたい……。
私は日一日とクリスマスが近づくにつれ、次第にその想いを強めていっていた。
そして─────────
クリスマスの当日、遂にベストは完成した。
ちょっと模様に凝ってみたやや小さめの、鮮やかなセルリアンブルーのベスト。
私は、これを彼に渡してしまいたいと、そう思ってしまったのだ。
結局、ゆうの助けを借りることにした。
既に昨日から冬休みに入っている。
けれど彼は午後からバレー部の練習の為、学校に来ているという。
私はゆうを通して、彼にクラブが終わった後、教室に来てもらうことにした。
***
十二月二十六日の午後三時半。
私は制服姿で生徒のいない森閑とした学校に来てい る。
厳密に言えば校内は部活に来ている生徒がちらほら見受けられ、校舎内ではいつものように甲高いブラバンの音色が響いている。
教室で一人ずっと彼を待つ。
誰もいないひっそりとした教室。
この雰囲気……!
もう陽が傾き始め、夕陽が差し込んでくる薄明るい教室。
もしブラバンの音がなかったら、不気味なほどの静寂とある種の雰囲気に支配されてしまう。
時が止まっているかのよう。
否、止まっているのではない。
このまま永遠に続くのではないか……。
ブラバンの音が鳴り止むこともなく、日も沈まずに、いつまでも待ち続ける自分が見えるような気がする。
不安感。動けない。
心臓の鼓動と目まぐるしく浮かんでは消える感情の変化。
いてもたってもいられない焦燥感。
それでも私は彼を待ち続けなければならないのだと……。
そして────────
そして、遂に彼は来た……!
足音が聞こえてくる。
ストレートのブルージーンズ姿の浩太朗君が、教室の中へ入ってきた。
いつもと同じようにポケットに手を突っ込んだまま、幾分背中を丸めて彼が私を、見た。
いつもとは違うシリアスな顔をして……。
彼は教室の中央まで来て、机に腰掛けるように座った。
私は、無意識にふらふらと彼の方へ近寄って行った。
そして。
「一日、遅れちゃったけどね。これ、受け取ってくれるかな……」
俯いて蚊の鳴くような声で、ベストを入れた袋を私は彼の前に差し出した。
俯いたまま、顔を覆った。
彼は黙ってそれを受け取った。
「ありがとう……」
ややあって彼はそう呟いたが、そのまま言葉に詰まっている。
どうするべきかわからずにいる。
微妙な雰囲気。
彼の顔を私は見なかったけれど私には彼がどんな顔をしているのか、手に取るようにわかっていた。
怖かった。
何か、言いたい。
けれど、とても言えない……。
言ってみたところで、どういう言葉が返ってくるか、嫌と言うほどわかっているから。
この雰囲気が、目の前の彼の態度が、語らずして全てを教えてくれた。