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42.三角関係 ☆

「ジューン! ポテチあとちょっと残ってるの、食べなあい?」

「あ、ううん。私、いい」

「食べればいいのに」


 隣の六畳間から茶道部部長の鈴木すずき美慧みえが声をかける。

 今日も無事練習が済んで、部員は後片付けもそこそこに残ったお菓子をつまんでいる。

 茶道のお菓子と言っても、本格的な和菓子を頂くのは文化祭のお茶会と初釜の時だけで、普段の練習時にはポテトチップスやきのこの山などスナック菓子だ。


「あれえ、純。もう帰るの?」

「うん、用事あるから。また来週ね!」

 そう言うと礼法室を出た。


 あれから三日三晩、考えた。

 そして、決めた。


ベストを編もうと……。


 片想いなのにそんな重いことするもんじゃないとわかってはいるけれど、私は一度思い込んだら後には退けない直情型の人間だから。


 とりあえず今日、毛糸を買いに行こうと決心した。

 ベストだから毛糸代はセーターほどかからない。でも、編み物の本と編み棒を買わなくちゃ。どんな色にして、どんなデザインにしよう……。


 そんなことを考えながら靴箱の所まで来て私は、宿題の地学のノートを教室に忘れてきたことに気が付いた。

 急いで引き返す。

 まったく、この急いでいる時に。


 階段を上り、男子トイレの前まで来た時、私はハッと立ち止まった。

 圭が彼氏である9組のせき君と睨み合っている。

 ただならぬ雰囲気。

 私は思わず、トイレの入り口に身を隠した。


「何よっ! あんたなんて、最っ低!!」

「圭、だから。あれは……」

「離してよ!!」


 その瞬間私は、圭が関君の頬を思い切り平手打ちする光景を、見た。


 関君は頬を貼られたままの姿勢で、身動き一つせず圭の足下を見つめている。


「二度と私の目の前に現れないで頂戴……!!」


 その捨て台詞を残し、圭は私の目の前を走り去ってゆく。 

 後は暗がりの廊下に一人、関君だけが残された。

 私は躊躇したが、頃合いを見計らってトイレを出た。

 そして、関君には目もくれず教室の中へと入り、急いでノートを取って教室を後にした。


 な、何だったんだろう……今のは。

 喧嘩したのかしら、圭。

 でも、ただの喧嘩にしては雰囲気が険悪すぎる。


 何か胸騒ぎのようなものを感じながら靴箱まで来て、私はまたも立ち止まってしまった。


 圭が泣いている。

 段に座り込んで、膝に顔を突っ伏して……。


「圭……」

「────純……?」

 圭は真っ赤に泣き腫らした目で私を見上げた。


「どうしたのよ、一体……。関君と喧嘩したの?」

 私は圭の隣に座った。


「別れてきたのよ、たった今」

「別れたって……!? どうして。何があったの」


 圭は私の膝へと顔を伏せ、しゃくり上げ始めた。

 私はただ、そっと圭の背中を撫でるだけだった。


暫くして圭は顔をゆっくりと上げ、呟いた。


「凌平……浮気したのよ」

「浮気って…?! 誰と……」

「硬庭の、よりにもよって一年の子よ。三田みた光奈子みなこて言うの。凌平と同じクラブだからって、凌平に近づいていって……。テニス部の子が情報流してくれて。初めは彼女の一方的な片想いだったらしいんだけど、凌平も段々拒めなくなってきたらしくって」


 圭はそこで一旦、言葉をとめた。


「だけど、私は凌平のことを信じてたのよっ! 男として年下の女の子に言い寄られたら、少しくらいふらついても仕方ないと思って。素知らぬふりしてたの。そしたら、昨夜。彼女からLINEが来て驚いたわ。関先輩と別れて下さい、て。冗談じゃないわ、てレスしたらあの、何て返してきたと思う?!」


 その時、初めて圭は私の顔を見た。


「私はもう先輩と他人の関係じゃありません!って」


 空気が硬直したような気がした。

 ただ、まじまじと圭を見つめる。


「凌平に問い詰めたわ、さっき。そしたら。夏休みに一度だけあのを、抱いたんだって……」


 私は言うべき言葉を知らなかった。


「許せないのは凌平よっ! いくら迫られたからって完全な裏切りよ。その上、何て言ったと思う?! 一度だけだ、軽い気持ちだったんだから大目に見ろ、て言うのよ。馬鹿にしてるっ! じゃあ……私の時は、どうだったって、言うのよ……」


 そこまで言い終えると圭は、自分の膝に顔を伏せてしまった。

 私は依然、何も言えずにいる。

 暫くたって、圭はぽつりとこう言った。


「私が、凌平と……そんな関係じゃなかったら。せめて凌平があのを抱いたのが、私と同じ夏休みじゃなかったら……。凌平を許せたのかも、しれない……。でも、ダメなのよ。もう……」


 圭は耳を塞ぐようにして、また泣き始めた。

 私はそんな圭の姿を、言葉もなくただ見守る他に術を持たなかった。



 ***



「ありがとうございました」


 ふくよかな中年の女性店員に見送られながら、私はセルリアンブルーのふかふかの毛糸玉十個を抱えて手芸用品店を出た。

 どこの店もそろそろ店じまいを始めている時刻。

 今頃はもうとっくに家に帰り着いているはずの時間だが、まだこんな所をうろついているのは勿論、圭と関君の修羅場に遭遇してしまったせい。


 気丈な圭が泣く姿を見ているのは辛かったけれど、それを放っておくことなど尚更出来ることではなかった。

 私が帰るよう促さなければ、圭は一晩中でもあの場所に座り込んだまま泣き続けるのではないかとさえ思えた。


 それにしても。

 バス停に急ぎながら私は考える。

 そんなにショックなものなのか。

 あれほどの激情に駆られるほど。

 恋人を寝盗られるということは……。


 関君が圭のことを愛しているのは周知の事実。

 そして、圭もまた彼のことを本気で想っているのだろう。

 だからこそ。

 圭は関君のことを許せないのかもしれない。


 好きな男が自分以外の他の女と肌をあわせる。


 そんなシチュエーションはまだ私には、現実感リアリティを持って迫ってこないから、圭の気持ちも本当に理解してあげられてはいないのだろうけれど、でも。


 けれど、浩太朗君が誰か他の女の子を想っているということだけで、私は並々ならない嫉妬心を感じたのだ。

 そして。

 守屋君が彼女を連れている所を見てしまって以来、心のどこかで私は、彼と彼女がどこまでいっているのか気にしている。


 私は、守屋君のことを本気で好きになってしまったというの……?!


 いつも同じ壁にぶつかる。

 そしてそれは、浩太朗君に対しても言えること。


 なのに私は、今。

 こうして浩太朗君へのベストを編もうとしている……。


 鮮やかなセルリアンブルーの毛糸玉。

 それを見た時、一目で魅了されてしまった。

 空の碧……きっと浩太朗君には映えるだろう。

 それを思うとなんだか心が浮き立ってくる。


 けれど、圭は。

 今頃、また一人涙に暮れているのだろうか。


 愛すればこそ憎しみもまた深く……。


 圭、早く。

 早く元気になって。


 そう心密かに願う他はどうすることも出来ないその夜の私だった。



挿絵(By みてみん)



作中イラストは、管澤稔さまに描いて頂きました。


管澤さま、素敵なイラストをどうもありがとうございました!

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