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41.恋愛談義(2)

 目が点になる、てこんな時言うんじゃないかと私は思った。

 まあた冗談言って!などと軽口で切り返せるようないつもの雰囲気ではなかったから尚更。


「時々ね。何かの拍子に思うの。ポニーテイルの後れ毛が妙に色っぽい時だとか。横顔がさ。彫刻みたい、なんて、思ったりして」

 ゆうはさらに続ける。

「それがさ、済陵祭の頃からなのよね。そんな風に感じるようになったの」


 それまで視線を逸らしていたゆうが、その時、私の瞳を見て言った。


「ねえ、やっぱり恋してるんじゃないの? それも、浩太朗君に」


 そんなことあるわけないと、いつもならすぐさま否定しているはずなのに、ゆうの目の色の深さに私は吸い込まれてしまった。


 言葉が出ない。

 微妙な沈黙……。


 奇妙な時間が流れ、否定も肯定もしないまま、私はゆっくりと口を開いた。


「浩太朗君には意中の人がいるもの。私なんてお呼びじゃないわ」

「だからって。だからって、すんなり諦めきれる?! そんなに簡単に想いを断ち切れるものなの?!」


 叫びにも似たその言葉を私にぶつけると、ゆうは再び視線を落として呟いた。


「馬鹿は私よね。あんな軽薄な奴、本気で好きになるんだから……」


「……そんなに簡単に諦めきれたら、理屈で恋が出来るなら。誰だって苦しんだりしないわ。例え舞にしろ、お杏にだって、辛いことや悩みってあると、思う。悪戯にいじけるの、よそうよ」


 ゆうは何も言わなかった。

 ただ、微かに頷いた。


 理屈で恋が諦めきれたら……。

 どんなにいいだろうと、私は自分で自分の言葉に傷ついている。

 いじけているのは私の方。

 浩太朗君が好きなのは舞なんじゃないかと勘ぐって、舞と自分を比較して落ち込んで。


「ねえ。もうすぐクリスマスでしょ。私。実を言うとマフラー、編んでるんだ。徳郎に……告白しようと思って」


 ゆうの言葉でふっと我に返ると、ちょっと肩をすくめるようにして笑っているゆうがいた。

 その表情を見て少し救われたような気がする。

 やっぱりゆうはこうでなくっちゃ。


「ほんとはセーターくらい編みたかったんだけど、私、不器用だから無理せずにね。舞は冬休み頑張って、まっくんにバレンタイン、手袋あげるって言ってた」


 もうそんな季節なんだなと私は改めて感じた。

 街に出れば、繁華街はクリスマスムード一色。

 定番のクリスマスソングが鳴り響き、ショーウインドーには緑のツリーが金銀で豪華に飾られている。

 ギフトショップにはクリスマス商品が並び、綺麗なカードと共に女の子達がプレゼントを買っていく。

 そして手芸店には、それこそ色とりどりの毛糸がを抱えた女の子が溢れかえっている。

 みんな、愛する人を想いながら毛糸を選び、一目一目、一所懸命編み棒を動かすのだろう。


 なのに。

 私は……。


 心が一瞬、ズキンと痛んだ。


 私は一体、誰が好きなんだろう……。


 この期に及んでまだ、そんなことを考えなければいけない自分が腹立たしくさえある。


 浩太朗君と一緒に他愛なく笑いあっている自分と、ざわめく教室の片隅で一人精神をトリップさせているような守屋君の姿に目を奪われてしまう自分と。

 そのどちらがより真実なのか、私には判断がつかなくなっている。


「でもさあ。霜通りの辺り、カップルばっかでいやんなっちゃう。腕組んだりしてやたら仲がいいの。よくあれだけの数のカップルがいるもんだって、不思議なくらいよ。こちとら告白することすらままならないってのに」

「でもさ。みんながみんな恋人同士てわけでもないんじゃない? そういうカップルも多いみたいよ」

「それでもデートする相手がいるだけマシよ。あーあ、私も一度でいいから好きな人と一緒に街歩いてみたい……」


 好きな人と街を……。


 ゆうの声が私の耳に尚響く。

 その言葉を聞いた時、私の胸を一瞬過ぎったのは。


 紛れもなく、「私服姿の守屋君」だった。


 浩太朗君への想いと、守屋君に対する感情とではどこかが違う。

 全く別種のものではないか。


 浩太朗君の方は断然、「制服」の方がいい。

 学ランの袖をまくり、やや背を丸めて、ポケットに両手をつっこんでいる姿が一番彼らしい。

 そして、みんなして一緒になって冗談に興じ、彼のとびきりの笑顔を間近にするだけで私は満足してしまう。


 けれど、守屋君は違う。

 彼は断然、「私服」の方がいい。

 そして、彼とは学校ではないどこか別の場所で、プライベートに逢いたいという気がする。


 彼は「ふたつの顔」を持っているから……。


 そして私は、学校では見せることのない「もうひとつの顔」をした彼に惹かれてしまったらしい。


 制服を着た守屋君と、私服姿の守屋君は全然違う。

 制服は特に着崩すこともなくごく普通。

 教室での彼は無口で目立つこともしない、言わば存在感がない彼。

 それが私服を着た途端、顔が変わる。

 彼はもしかして、学校では故意に自分の存在を消している……?!


 けれど何故。

 どうしてそんなことする必要があるんだろう……。


 考えたところでその答えは出てこない。

 全ては私の憶測でしかなく、その想像すら及ばないところに彼はいる。


 彼と私は赤の他人。

 学校で、私達はおはようの挨拶すら交わさない。

 彼が彼の生活をいつもと変わらず過ごしている以上、私もまた自分を保つことの他、何が出来るだろう。

 他人の顔を装う以外、私達に接点など有りはしない。


「ねえねえ、純は編まないの? セーターか何か」

「え、私は別に。予定なし」


 暫し、ゆうの存在を忘れかけていた私は、危うくゆうの言葉を聞き落とすところだったけれど、幸いゆうは何もきづいていなかったらしい。

 けれど、その代わりにゆうは意味深な笑みを浮かべると、

「彼の好きな色て濃いブルーなんだってよ」

 などと言い出した。


「彼って、誰よ」

「だから浩太朗君!」

「あのねえ、ゆう……」

「だって、あの事件の時はすごかったじゃない。必死で彼のこと庇ってさ」

「……もう、その話はよしてよ」


 私が浩太朗君に恋していると決めつけてかかるゆうの態度はまだ我慢もするけれど、私はあの時のことだけは二度と触れられたくはなかった。


「でも、浩太朗君ね。ほんとは純に感謝してるのよ」


 だから、ゆうのその言葉を私はどれほど意外な想いで聞いただろう。


「あんなみんなの見せ物になるってわかっていて、それでも浦田君との喧嘩止めに入ったじゃない。それに彼、純の言葉がなかったら悩まなきゃいけないとこだったって、言ってた」

「でも……。ずっと浩太朗君、最近まで私のこと避けてたわ」

「照れくさかったのよ。彼、シャイだから。内心、悪いな、て思ってたって」


 すぐには信じられない。

 でも。

 しかし、次第にふんわりと心が軽くなっていくのを私は感じていた。


 そして、思った。

 唐突に。


 セーターを編んでみたい、て……。



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