40.恋愛談義(1)
「私、降りたあ」
「う。私もー」
舞とゆうが早々とカードを投げ出す。
私は慎重に自分の手を整える。
「じゃ、残り三人はいくんだな」
と、座を見廻しながら、浩太朗君。
「よし! 勝負。ダイヤのフラッシュ!」
徳郎が、この勝負もらった!とばかりに意気込んでカードを出した。
「負けたあ。私、クイーンのツーペア」
私はカードを放り投げる。
「浩太朗、早く出せよ」
徳郎が促すと、彼はさらりと扇形でカードを広げた。
その瞬間、舞とゆうがわあ!と声を上げた。
「キングのフォーカード。やっりい! この勝負も俺の勝ち」
悔しそうな徳郎を尻目に、浩太朗君は喜色満面。
すこぶる上機嫌だ。
放課後、残ってポーカーに興じていた。
最近、レトロなトランプが教室で大流行している。
男子は近頃、ゲームや紙麻雀に飽きて大貧民やポーカーに真剣になって熱中している。
今日は何故か、えらく浩太朗君一人がツイテいる。
バカヅキという感じ。
それで、さっきからやたらと機嫌がいい。
ほんとに単純というか、カワイイというか。
けれど、こんな浩太朗君の顔を見るのは悪くない。
すこぶる笑顔が似合うんだ、浩太朗君。
そして。
そこが違う……守屋君とは。
彼は浩太朗君みたいに女子に混じってトランプなんかしない。
いつも男子が紙麻雀なんかをするのを後ろから静かに見ているだけ。
声たてて笑ったりもしない、浩太朗君みたいに。
いつだって無表情なんだ。
「……っと。俺、そろそろ部活行くわ」
「あ、俺も」
徳郎と浩太朗君が同時に席を立った。
バイバイと女子三人に見送られて、二人は教室を出て行った。
「ゆうは男バレ、行かなくていいの?」
「うん。もう試合も終わったしね。今日はあんまり仕事ないんだ」
「舞はさっきから時間気にしてるみたいだけど、何かあるの?」
そう尋ねた私に、
「舞はね、お迎えをまってるのよ」
と、舞の代わりにゆうが答えた。
「だって、まっくん遅いんだもん。今日はクラブ休みだから、一緒に帰ろうって言ってたのにぃ」
「舞が教室まで行ってみればいいじゃないの」
「やあだあ、そんなの! 恥ずかしいもん」
舞は大仰な声を出した。
まっくんこと二年三組の松川裕弥君。
サッカー部のキャプテンにして舞の彼氏。
浩太朗君と同じくあまり背は高くないけれど、甘いフェイスとお洒落なセンスで同学年よりもむしろ三年生や一年女子にファンが多い美少年の彼は、来年の体育祭で必ず団長に推されるだろうと噂されている済陵の有名人。
まっくん遅いわあ、どうしたのかしら……と舞がシュンとしていたら、
「舞ちゃん! 舞ちゃん。ごめん、遅くなって!」
と、松川君が廊下の窓から顔を覗かせた。
「まっくん、遅いんだからあ」
と、舞がふくれてみせる。
「帰り何か奢るからさ、機嫌直してよ」
そのまっくんの一言に、
「ミスドのチョコオールドファッション!」
舞の顔がぱっと輝いた。
「じゃね。ゆうちゃん、純ちゃん、バイバイ」
舞はまっくんの隣で小さな手を振ると、二人仲良く帰って行った。
「やれやれ。あの二人にはいつもアテられるわね」
残ったゆうの顔を見ながらそう言ったら、ゆうは「そうね……」と言ったきり、何か浮かない顔をしている。
なんとなく様子がおかしい。
いつものお調子者のゆうじゃない。
「純。今日、お杏はどうしたの」
「お杏? お杏は今日はデート。彼が車で学校近くまで迎えにくるんだって。先、帰っちゃったわ」
「お杏もかあ……」
そう言うと、ゆうは溜息をついた。
「どうしたの、ゆう。何かあったの?」
「別にい……ただ」
「ただ、何なの?」
「羨ましいなって、思って……」
ゆうはもう一度、大きな溜息をついた。
「やっぱりさあ。世の中ってシビアよね。可愛い娘ばっかりモテて、そうでない娘こはデートも出来ない」
「どうしたのよ、ゆう……。突然」
「純はさあ、好きな人。いないの?」
「え……?!」
「隠さなくてもいいじゃん。浩太朗君が好きなんでしょ?」
瞬間、言葉を吞み込んだ私を尻目に、
「それとも守屋君かなあ」
などとゆうは呟く。
「私ね。徳郎が好きなのよ」
視線を宙に浮かせたまま、ゆうはぽつりと言ったのだ。
私は、そのあまりに突然のゆうの告白に、何と言って良いのかわからない。
北本徳郎……
本人は絶対医学部に行くと大見得を切っているけれどちょくちょく赤点を取っているらしいラグビー部員で、打ち上げの段取りを圭と二人仕切ったのがこの徳郎。
いかにもラグビーやっている体つきの徳郎を圭などは、あんな筋肉質ダイキライとけなすけれど顔は結構かっこいい。
本人もそれを知っている風で、かわいこちゃんダイスキと公言して憚らない。
可愛い娘以外は女じゃないとでも思っているようで、早い話が面食いなのだ。
ゆうが可愛くないわけではないけれど正直、ちょっと相手が悪い気がする。
「あいつさあ、この前。一年の丹羽さんて娘にフラレタって知ってた?」
「え、丹羽さんてもしかして、一年八組のあの綺麗な娘?!」
「そう。お杏ほどじゃないけど、結構騒がれてるあの子にさ。しつこく言い寄った挙げ句、「私、あなたみたいなタイプだいきらいです!」て言われたって噂。バッカじゃん。メンクイもあそこまで徹すればさすがよ」
ゆうは続ける。
「私に言い寄ってくるなんて、山口君みたいな変人が関の山よね。お杏や舞みたいにはいかない」
「舞やお杏は別格だもの。世の中あんな美人ばかりじゃないわ」
「純はさあ……綺麗だから」