4.打ち上げ(3)
そして───────
気がつくと、隣に浩太朗君の姿がない。
「大丈夫? 神崎さん」
その時、誰かが私にそう声を掛けた。
ゆっくりと顔を上げるとそこには、山口君の姿があった。
「まったく、いつそんなに飲んだのさ」
「平気よ。大丈夫なんだから」
私の隣に座り、世話を焼こうとする彼を私は適当にあしらっている。
何。彼、さっきから。いいかげんにしてよ。
そんなに馴れ馴れしく寄って来ないで。
露骨に顔をしかめているのに、どうやら彼には通じないらしい。
しきりに私の肩を抱こうとしている。
いい加減にしてよね。
そう思った時、
「神崎さん。俺とつきあってくれない?」
彼は耳元で囁くようにそう言った。
私は何も答えなかった。
答えるのも面倒で、あまりの馬鹿馬鹿しさに何も言う気になれない。
「俺、君のことが好きだから」
まるで少女漫画の台詞のような言葉を聞きながら、驚くほど私の気持ちは冷静だった。
「好きな人。いるのよね、私」
彼の顔も見ず、彼の手を振り払いながら私は、はっきりとその言葉を口にしていた。
途端に彼の雰囲気が変わる。
私の肩から手を離し、黙り込んだかと思うと、スッと席を立ち、そのまま彼は別のテーブルへと行ってしまった。
変な奴。どうでもいいけど。
依然、体中の力が抜けたまま、意識だけがうごめいている。
“好きな人。いるのよね”
この言葉を、単なる口実だと言い切ることが果たして私に出来るのだろうか。
否。
だとすれば。
私はやっぱり浩太朗君のことが好き、なの?
訳がわからない。
酔ってるのは歴然なのに、必死で自分は酔わないと思い込もうとしている。
しかし、ぐったりとソファに座ったまま体は動けずに、気分はどんどん沈んでいく。
酔ってるのに、まったくはしゃぐ気にならない。
動けない……
「ちょっと、純! 大丈夫?!」
その時、お杏が姿を現した。
「一体、どうしたのよ?! 最初は全然飲んでなかったのに」
もうここ出なきゃなんないのよ、と、お杏は少々困惑気味だ。
時計は後五分で午後九時になる。
一次会は終了というわけらしい。
「ねえ、立てる? ほら、しっかりして」
立てないはずがない。
その気になれば、一人でも歩けると思う。
ただ、動きたくないだけ。
ちっとも動く気になれない……
ずっと項垂れたまま、お杏の言葉にただ首を振るばかり。
立てるくせに。
歩けるくせに。
一体、私、どうしたっていうの。
「ほら、神崎さん。しっかりして」
その時。
そう言って、私の躰を支えてくれたのは……
「守屋、君……?」
こげ茶色の薄いフレーム越しに、彼はまっすぐ私を見つめていた。
「あ、守屋君。悪いけど純に肩、貸してやって。私、純のバッグ持つから」
ホッとしたように、お杏がそう言う。
私は促されるまま守屋君に連れられ、店を出た。
***
「馬鹿だよ。弱いくせに飲んだりするなよな」
私のおぼつかない足取りに合わせて歩きながら、守屋君がそう言った。
「だって。私。飲みたかったんだもん」
ああ、完全に酔ってる。
口ぶりも歩き方も、到底まともじゃない。
守屋君、右腕で私の肩を抱いて、私を支えてくれている。
私は彼にもたれかかって歩いている。
ちらりと視線をずらすと彼の手が見える。
細くて、節太の長い指。
私の肩を抱き寄せて……
今、私一体、どうなっているの?
どうして……守屋君が私の隣にいるの。
「守屋君。純、大丈夫なの?」
そう声をかけてきたのは、圭。
「気分は悪くないみたいだけど、このままじゃ帰せないね」
守屋君が答える。
いつもの静かな彼の声……
「江嶋さん、二次会どこであるの?」
「「HEVEN」に行こうって、徳郎達が言ってるから多分そこ」
「ディスコか……。ま、この際、どこでもいいから連れて行って暫く休ませないと」
「そうね。酔いを醒まさせなきゃ」
「神崎さん」
守屋君が私に呼び掛ける。
「はい」
「二次会、ディスコだけど、そこで暫く休めよ。このままじゃ帰れないだろ」
「……うん。ありがと」
操り人形のように歩かされ、そう答える私。
考えられないよ……