39.絶句!(2)
それにしてもまったく。
青天の霹靂というべきか……。
ノートに板書しながらも、先生の解説は頭に入ってこない。
私はイライラしてきて、思い切ってシャーペンを投げ出すと、この突然降りかかってきたとんでもない難題に集中することにした。
夏休み明けからちょくちょく際どい話も聞くことは聞くようになっていたけれど、さすがにこんな話は初めてだ。
優里は、真面目な普通の良い子。
真面目で優しくて、女らしくて、「品行方正の鑑」と言われている。彼氏の安田君がこれまた堅物の代名詞のような人物で、お似合いのカップルと学年中に知られている。
それがいつ頃からだったろう。
優里が親にも内緒で「夜遊び」するようになったのは。
家族には、一家で信仰している宗教仲間との活動だと偽っているらしい。
優里がそういう活動をしているのは事実だけど、いつの間にか同じ信仰仲間の男子大学生や社会人とドライブに行ったりすることの方が主流になってしまったらしい。
これは私だけしか知らない優里の内情。
いつだったか優里は、「私、車なしのデートなんて考えられない」と言った。
すっかり車の魅力に惹かれてしまったらしいけれど私にはピンと来なかった。
だって普通、高校生が車でデートなんて出来るわけがない。私のデートのイメージと言えば、せいぜい電車で遠出するくらいのもの。大学生になってからならともかく、女子高生に車なんて絶対似合わない、と思う。
優里は。
どうするつもりだろう。
もし……妊娠していたら。
どう考えても産めるわけがない。
先輩と結婚なんておよそ現実的ではない。
だからといって、中絶なんて……これまた避けたい事態。
けれど現実問題として、もし妊娠していたら、結局はそれしか道はないだろう。
とにかく病院探しから始めなければいけない。
どの病院が安全なのか、費用はどのくらいかかるのか。簡単には手術してくれない病院もあるし、かといっていい加減に手術するような病院は勿論困る。出来れば女の先生が診てくれるところがいいし。
産婦人科は中絶手術で大儲けしているという。
喜びの懐妊の陰で、泣きながらその門をくぐる人もまた多いのだろう。
優里は……どうなるんだろう。
自業自得と言えないでもないけれど、やはりそうなってしまった場合に優里が負う代償はあまりにも大きすぎる。
一体、その三上先輩というのはどういうつもりなんだろう。やるならやるでしっかりしろよ!などと過激なことを考えてしまう。
もし、優里が妊娠なんてことになったら、どう責任を取るつもりなのか。例えどんなに良心的な男だったとしても、せいぜいお金を出すことくらしかできないんだ。男は。
結局、性の問題で傷つくのはいつだって、女。
心も、躰も……。
とにかく。
このまま放っておくわけにはいかない。
本気で病院探さなきゃ。
最悪の場合はお金の工面も。
万一の場合は私がしっかりしなきゃ。
昔からの友達なのだし……。
私は心穏やかでないまま、すっかり六時限目のリーダーの予習も忘れて、色々とこのとんでもなく厄介な問題の対処法について考えを巡らせていた。
***
しかしこの問題は、幸か不幸か……幸に決まっているけれど……その三日後、呆気ない幕切れを迎えた。
優里からのLINEの無料電話で、朝六時にもなっていないのに私は叩き起こされたのだ。
その朝、『来るべきモノが来た!』という優里の悦びの報告だった。
『やっぱりあの後、死ぬほど悩んだもんね。だから、ホルモン分泌のバランスが狂って遅れたんだわ』
スマホ越しに聞こえてくるあっけらかんとした優里のさばけた声に、私は喜ぶ前に拍子抜けしてしまった。
勿論、最悪の事態が回避できて、これほど良かったことはない。
けれど、この週末には絶対二人で病院に行こうと渋る優里を説得していたのだから。
全く人騒がせなんだから。
品行方正が聞いて呆れる。
もし、安田君がこの事実を知ったらたちまち女性不信に陥ること請け合いよね。
でも、これで優里も少しは自重するだろう。
こんなことはもうこれっきりで御免被りたいと、しみじみ思う晩秋の朝だった。