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35.衝撃(2)

作中、飲酒シーンが出てきます。未成年の方は決して真似しないでください。

「うわっ! 大変。もうこんな時間」


 手元の時計に、思わず声を上げた。

 急がなきゃ。

QUATORZEカトルズJUILLETジュイエ」のガトーも買って行くつもりなのに。


 あの後、帰宅して早めの夕食もそこそこに服を着替え、家を出た。

 模試が終わったということで、久々にお杏のマンションに泊まり行くのだ。


 私は、小走りに「霜通り」の中を行く。


 そして。


「ありがとうございました」

 グレーのシックなワンピース姿の店員さんの声を受け、さながら芸術品といった感じの小振りのガトーが四つ入った白い小箱を手に、ドアを開けた瞬間。


 私は立ちすくんだ。 

 我が目を疑った。


 あれは。

 あれは……本当に……。


 守屋君──────!?


 呆然としたまま、黒いロングコートを羽織った細身の彼の後ろ姿を見送っている。

 彼の隣には、いた。

 モスグリーンのマキシワンピを着た、さらさらのロングヘアの女の子が……。


 守屋君の腕に両手を絡ませている彼女。

 彼らは大通りと反対方向へと歩いて行く。

 小さな路地へ入り込む。

 色とりどりのネオン。

 私の知らない場所。

 時折、赤ら顔したサラリーマンと擦れ違う。


 二人は小さなビルの中へと入っていった。

 エレベーターの赤いランプが3のところで止まっている。

 二人の姿はない。

 私は意を決してエレベーターに乗った。

 降りるとそこには、「PARMパームBEACHビーチ」と書かれたプレートが、黒塗りのドアに掛けてある店があった。


 恐る恐る、ドアを押すと、

「いらっしゃいませ」

 と、入り口の黒服のボーイが頭を下げた。


「お一人様でございますか?」

「は、い……」

「今日はサタデーチャージ千円を頂戴致しますが、よろしいでしょうか?」

「はい……」

「では、こちらへ」


「あ、あの! ここの席じゃいけませんか?」

 ボーイが奥の方へと行きかけたので、慌てて立ち止まってそう言った。

「あの。ここがいいんです」

 真横のテーブルを指す。

「どうぞ。お飲み物は如何なさいますか? 全てワンショット600円でございます」

 メニューを手渡された。

「……ピンクパンサー」

 私はそれをろくに見ないまま、最初に目についたドリンクの名を告げていた。


「かしこまりました」

 ボーイはカウンターへと消えていったが、程なく濃いピンク色をしたカクテルと共におしぼりと、オレンジを添えたポテトチップスの小皿を運んできた。


 ほんの形だけのポテチには手をつけず、奥の方のテーブルへ目を遣る。

 入り口付近に座ったから、ちょっとした距離がある。

 それでなくても店内はかなり照明を落としているので、恐らく気付かれる心配はないように思えた。


 フロアはあるがディスコという感じではない。

 音楽はぐっとボリュームを抑えてある。

 およそ高校生あたりの来る店ではない。


 それなのに……。


 守屋君はいた、一番奥のソファに。

 まるでそれが当然だというように。


 隣にはさっきの女の子が座り、水割りなんか作っている。

 けれど、二人だけではない。

 他にもベリーショートの女の子が二人、それに男子が三人。

 二つのテーブルを囲んで座っている。

 銘々がグラス片手に、実にリラックスした表情で盛り上がっているようだ。


 守屋君。

 物慣れた仕草でグラスを重ねる。

 無口なようなのは相変わらずだけど時折笑うその表情は、学校では見せたことのない活き活きとしたそれ。

 暗いカーキ色のシャツ、スリムの黒のアンクルパンツ。


 ──────私服姿の守屋君。


 違う。

 あれは私の知っている彼じゃない。

 まるで、別人。


 ……あの人は、二つの顔を

 持っているんだ……


 その時、はっきりそう感じた。


 アルコールのまわった彼女は躊躇いもなく彼へと寄りかかる。

 その肩を抱き、時折、耳元で何か囁いている。

 守屋君……。


 私はそれ以上見ているのが耐えられなくなり、目を背けた。

 わけのわからない戦慄が体中を走り、私はグラスを一気に空けた。

 カーッと胸が焼けつく。

 見た目は綺麗なのに、かなり強いカクテルだったらしい。

 動悸が速い。

 顔が赤らんでいくのがわかる。

 馬鹿だ、私……。

 また打ち上げの時と同じこと、やってる。

 あの時の原因は浩太朗君。

 そして今度は、守屋君だなんて……!


 その時だった。


「彼女、僕らと一緒に飲まない?」


 突然、目の前に二人の男が現れた。


 何も答えない内から男は私の隣に座る。

 もう一人がボトルと氷、ミネラルを運んできた。

 私は飲み干したカクテルが効いて、ボーッとなってきている。


「彼女、顔赤いよ。もうデキアガッてんじゃない? 大丈夫。僕らが介抱してあげるから」

 馴れ馴れしくそう言うと、肩を抱き寄せてくる。

「やめてください!」

「そんな冷たいこと言わないでさあ。せっかくの週末の夜、楽しくやろうよ」


「やめてったら!!」


 どんと押しのけ、ケーキのことも忘れて立ち上がる。

 しかし、二、三歩行って急に崩れ落ちた。


 歩けない……!?



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