32.夢模様
ココ ハ ドコ ダロウ……
なんとなくぼやけてる。
どうして私、こんなとにいるんだろう。
全く知らない場所なのに、でもいつか来たことがあるような……。
あ、浩太朗君だ!
“浩太朗君、浩太朗君! バレーの試合勝ったんだって? おめでとう”
浩太朗君、笑いながらも拗ねたようなそんな。
“でも俺、試合には出なかったよ”
あ……浩太朗君、スタメンじゃなかったっけ。
悪いこと言っちゃったかな、でも……
“で、でも。チームが勝って嬉しかったでしょ?”
だから、だからおめでとうって言ったのよ、私。
だから……。
“うん”
いつもの笑顔、浩太朗君。
良かった……。
─────────── ・・・
「なんだ……夢」
ベッドの中でうつ伏せになって、枕を抱え込みながらまるで轢死したカエルみたいな格好で。
普段よりも一オクターブも低いんじゃないかって思う声で、殆ど寝言のように呟いた。
その声が、言い方がこれまた、臨終寸前のカエルのそれのように思えてまったく朝から気分が悪い。
寝ぼけながら枕元のラジカセのFMをつけた。
バロックチェンバロとリコーダーの調べが流れてくる。
目は醒めたもののまだベッドに潜り込んだまま、起きる気になれない。
『古楽の楽しみ』をやってるてことは、まだ朝七時前。時間はある。
時計を見るのも億劫な時は、こうやって大雑把な時間の推測をする。
それにしても、今の夢。
なんてリアルだったんだろう……。
目を閉じたまま、さっきの夢を必死で辿ってみる。
今、目覚めたばかりなのに、詳細はもう朧気だ。
夢というのは呆れるほど早く簡単に忘れていく。
でも、酷くリアルだった。
浩太朗君の夢はいつも白黒でぼやけていて。
そしてリアル。
今朝のは格別。
全く夢だと気付かなかった。夢の中では……。
何であんな夢を見たんだろうと考えてみて、すぐその理由に気がついた。
原因は昨夜のゆうとの電話。
・・・
───────────
『聞いて、純! 試合、勝ったのよ! 何とベスト8に入ってしまった』
「ほんと? 良かったわね、ゆう」
『ベスト8は無理だってみんな言ってたんだけどねえ、実は』
「何よ、昨日は自信たっぷりだったじゃない?」
『そりゃ、マネまで見放したら部員が可哀想じゃない。ダメだってわかってても、マネージャーくらい信じててあげなくちゃ』
ゆうの言葉、マネージャーとしての自信と自尊心を感じさせた。
ゆうの優しさ、部員に対する思いやりも滲ませて。
「ところで浩太朗君、どうだった? 彼もバレー部でしょ」
『ああ、浩太朗君ね。彼……スタメンじゃないから。たまに交代して出たけど』
「ふうん。でも、ゆう。これで明日も模試受けずに済むわね、いいなあ」
『そう言うけどさあ。明日はスコア付けだけじゃなくて、お茶くみとか走り廻らなきゃなんないんだから』
すっごく大変なんだから、て言いながらもやはりゆうの声は明るかった。
───────────
・・・
浩太朗君、スタメンじゃないんだ。
あんなにいつもクラブ頑張ってるのに。
そう思ったものの私は浩太朗君のこと、バレー部でのことなんて何も知らないんだ……。
そう思って電話を切った後、少し哀しくなった。
私と浩太朗君の接点など何一つ、ない……。
けれど。
試合に勝ったと聞いて嬉しかった。
きっと浩太朗君、喜んでるだろうなと思った。
浩太朗君は、例え自分が試合に出られなくても、純粋にチームの勝利を喜べるだろうから……。
“……七時のNHKニュースです”
「えー、いつの間に?! もう起きなきゃ!」
思い切りよく身を起こす。
とっくに目は醒めていたし、好きなバロック音楽を聴いたせいか頭もスッキリしている。
ああ、日曜ってのに。
こんなに良いお天気なのに模試、なんて。
哀しきは進学校生の宿命よね。
なんてことを思いつつ、裏起毛の肌心地が抜群にいいお気に入りのオフホワイトに濃紺ストライプ柄のパジャマを脱ぐと、制服に着替え始めた。
もう完全に夢から覚醒しているのに、依然さっきの夢を繰り返し反芻するものだから、なんだか奇妙な気分。
でも、忘れたくない。
今朝の夢は絶対に忘れない……。
模試が終わったらバレーの応援、行ってみようか。
ユニフォーム姿の浩太朗君に逢えるかもしれない。
夢の中で私は、躊躇わずに声を掛けた。
そして彼は私に笑い返した、あの昔の笑顔で。
あの夢は私の願望──────
今の私は彼とおはようの挨拶すら交わせない。
夢のように上手くいくとは思えないけど。
でも。
願わくは……。