29.告白(4) ☆
その日、帰宅してすぐに私はお風呂に入った。
11月の冷たい雨に濡れた躰をひとまず、暖めたかった。
そして。
佐田君に抱き締められた……躰の感触を払拭したかった……。
シャワーを念入りに浴び、お気に入りの「LUSH」の「ボヘミアン」のボディソープで躰の隅々まで丁寧に洗って、柑橘系の檸檬のさっぱりとしたその香りにひととき癒される。
しかし。
素肌の自分を嫌でも意識する。
いつか。
いつか、私にも、この肌を晒し合うような人が現れるのだろうか。
そんなことを考える。
でも。
今の私には全くピンと来ない。
私の躰は私のものでしかない。
好きでもない人になんか触れられたくない。
あの時。
背後から抱き締められたあの時の感覚を思い出す。
背筋がゾクリとする。
嫌よ。
嫌だ。
"潔癖症"
雄大が言った言葉を思い出す。
確かにそうなのかもしれない。
私は誰の物にもなりたくない。
今は自分自身。自由でいたい。
湯船に浸かり、躰を両手で抱き締めながらそう感じていた。
***
その夜、約束通りお杏から電話がかかってきた。
『やっぱり佐田君て、純のこと好きだったのね』
携帯越しにお杏の声が聞こえてくる。
「何よ、「やっぱり」て?」
『気付いてなかったの? 彼、いつも純のこと、チラ見してるじゃない。それによく話しかけてくるでしょ』
「チラ見、て……! それによく話すのは「済陵祭」だったし、席も前後だから……」
『そういう無自覚が純の罪なところよ。第一、純が倒れた時、真っ先に駆け寄って抱き起したのは彼なんだから』
「そんな……」
あの頃はクラス委員という立場上、普段は喋らない男子ともかなり話をしていたから、特に佐田君に気を回す余裕なんてなかったし、最近ちょくちょく話しかけてくるのも単に席が近いせいだとばかり思っていた。
けれど、佐田君がああいう行動に出た以上、お杏の推測は正しかったことになる。
第三者が気付いていたことを当の本人が全く知らなかったというのも間の抜けた話かもしれない。
でも、もしかしたら。
意識的に佐田君の好意を無視していたのかもしれない。
もしかして彼、私のことを……なんて意識するのは、好きじゃない。
『それにしても』
と、お杏は含み笑いをした。
『山口君、マジな顔してたわよ。彼、保健委員なのに佐田君に先越されちゃってさ』
と、意味深に笑う。
『保健委員て呼ばれたらすぐにでも純のとこ飛んでいきそうな感じだったわ』
と、お杏は屈託がない。
『彼、案外、やっぱり純が本命なんじゃない』
こういう時のお杏は意地悪。
私が彼に対してどれだけ憤慨しているか知ってるくせに、そんな話にもっていく。
私は、彼がゆうに言ったとかいう「神崎さんにも色々言ったけどあの時は」という、あの言葉を思い出して不愉快になるだけだった。神崎さんには酔ってたから、なんて人を馬鹿にしてるとしか思えない。
その後、彼は彼なりに反省しているらしいという話は、舞から聞いている。ゆうには相当頭を下げているらしい。
けれど彼、私に対しては何も悪いことをしたという自覚がない。
それが癇に障る。
よくよく考えれば、彼は私に直接謝らなければいけないことは何もしていない。
けれど、一旦口にすると、或いは本人を目の前にするとどうしようもなく腹が立って仕方がない。
到底、許せそうにない。
許す─────何を一体。
私にそんな権限があるの?!
そう自問自答してみたりもするけれど、やはりこの話題が出る度にキレてしまう。
告白されたのは、これが二度目。
一番最初は、高校一年生だった去年の夏。
他校の二年生。登校中に時々、見かける。
下校中に待ち伏せされて、つきあって欲しいと言われた。
女子高生になりたてだった私は可愛いもので、単に彼氏欲しさからOKしてしまったのが、そもそも間違いだった。
市内でも有名なお坊ちゃん男子校に通うその彼は、確かに品は良いけどやたら自分や周りの環境のことを自慢したがる嫌味な奴で、しかも、最初のデートの時から馴れ馴れしく肩を抱いてきたのに嫌気がさして、速攻別れてしまった。
その別れる時がまた修羅場で、しつこい男ほど始末に負えないものはないと、つくづく思った。
あの時のあいつと佐田君と、どっちがマシかなんて考えてみる。
佐田君のことは、成績上位者一覧でよく名前を見るといった印象くらいで他のことは知らない。
秀才肌で育ちの良さそうな感じだけど、話していると時々、気障な物言いが癇に障ることがある。
異性の誰からも愛されない人生を考えれば、どんな人であれ自分を好きだと言ってくれる人がいることは幸せなことかもしれない。
けれど──────
どうしても、今日の「告白」を私は喜ぶことが出来そうにない。
好きにはなれない、佐田君のことは。
純は理想が高すぎると、皆が言う。
けれど、それは間違っている。
ただ、私は妥協することが嫌いなだけ。
今日の出来事は早く忘れてしまいたい……。
それが私の本音だった。