25.宿敵!彌生(2)
作中、喫煙場面が出てきますが、未成年の方はくれぐれも真似なさらないでください。
大嫌い!
それが逆恨みだとわかってはいるけれど、否、わかっているからこそ、私は彼女の存在自体許せない。
ああも人の神経を逆撫ですることを得意とする人間も珍しい。
試験の度、その想いを新たにする。
彼女の言い様には我慢がならない。
「私、今度ダメだったあ!」
「○○絶対赤点だもん」
「××点以上なんて絶対取れない」
「私、今度クラスで十番以内なんて入らない」
大概はこのパターン。
けれども、一度としてその通りになった試しがない。
そのことを指摘するといはく、「ああ、本気でそんなこと思ってたわけじゃないもん」と、いともあっさり答えてくれた時は、むかつく位のものではなかった。
指先に熱を感じ、ふと目を落とすと、火はもうそこまで来ている。
慌てて水道の蛇口をひねり、火を消した。
灰も残らないよう念入りに水を流す。
憤慨している間に煙草の一本、何てことなしに吸い終わってしまった。
短くなった吸い殻を見つめながら改めて、我ながら大胆なことやっているなと思う。
今、誰かに来られても煙草を吸っていたことはばれてしまうだろう。
狭い水屋一杯に立ちこめている煙は、すぐには消えない。
少し頭痛がする。きっと煙草のせい。
こんな……らしくない、ことするから。
煙草を初めて吸ったのは一年前。
けれど、勿論常習じゃない。
学校で吸うのはこれが初めて。
煙草をペコちゃんキャンディー缶に入れて持ち歩いているのも、単なるフィーリング。
なんとなく可愛いな、て思ってただけで、決して外で吸うつもりなんてなかった。
煙草が躰に悪いことくらいわかってる。
けれどたまに、そう年に数回程度、吸わずにはいられない時がある。
慣れない煙でも吸って、思い切り感傷にでも浸って、意識を他に向けないことにはやりきれない時が……。
膝を抱え込み、背中を丸めて座って。
今の私……完全に負け犬。
私は彌生に負けた。それが事実。
単にテストの点数がどうのという問題だけではなく、精神的に私は彼女に負けたんだ。
教室を逃げ出して、煙草なんか吸って……。
たかだか定期考査の点数くらいに目の色を変える自分自身もいじましいと思う。
けれど、彌生に大きな顔をされるのは我慢出来ない。
そして彼女の、あんたは私の敵じゃないわ、というあの意識。
これがどうしようもなく癇に障る。
私の自尊心が許さない。
自尊心、そうプライドの問題。
私の内なる自尊心を見破って、そして揺さぶりをかけてきたのが彼女。
彼女は私の全てを否定して、その上私の自尊心と併せて私の前に突きつけてくる。
こんな人間はちょっと他には見当たらない。
ちょっとばかり成績が良くて可愛娘ぶってるけど、あんたより頭が良くて綺麗な子はいくらでもいるんだよ、ていう無言の嘲りが彌生の目の色に表れているのを見てとったのは、いつの頃だったろう。
彼女の考えは正しいと思う。
だから平静ではいられない。
ある意味、彼女はお杏以上に私の本質を見抜いている。
結局は私の逆恨みなんだろう。
本当のことを言われて怒り出す、ていうのと同じ。
けれど、人間誰だって隠しておきたい本音の部分を見抜かれてしまったら、良い気持ちはしないだろう。
彌生は実に巧妙に人の秘密や弱点をかぎとってしまう、そんな人間。
彼女の蟹座特有の感受性の鋭さ、陰湿さはどうしても好きにはなれそうもない。
時計を見れば、五時限前のショートホームルームの時間まで後十分弱。
ここらで引き上げようと思ったが、煙草の匂いが気になった。
制服に染み付く程ではないけれど、口臭はどうか。
閃いて、私は傍らの大きなヤカンに水を入れ、ガスコンロにのせた。
茶道部だというのに、インスタント珈琲の瓶や紅茶のティーパックが抹茶の缶の隣に常時置いてあるのが、我が済陵高茶道部だったりする。
練習が終わった後、残ったお菓子をつまみながら飲む為に。
但し、カップではなく抹茶茶碗で頂かなければならないけれどこの際、器なんて何でもいい。
珈琲一杯飲めば、煙草の匂いも消えるだろう。
もうこんなことはやめよう───────
濡れた吸い殻をティッシュでくるみながら、しみじみ思う。
万一見つかった場合、私が処分を受けるのは自業自得以外のなにものでもないけれど、間違いなく茶道部の活動にまで支障を来してしまう。それは私の本意じゃない。
煙草なんて現実逃避の表れ。
少なくとも、私にとっては……。
その時。
不意に、守屋君を思い出した。
打ち上げの時の彼、至極慣れた手つきで煙草を吸っていた。
彼はいつから吸うようになったんだろう。
普段、どのくらい吸ってるのかしら……。
関係ない!私には。
守屋君なんて……。
今は。
今、暫くは考えるまい。
守屋君のことも、浩太朗君のことも。
自分が情けなくて堪らないから。
恋愛が悪いとは思わない。
けれど、自分を見失うなんて。
やるべきことが出来なくなるなんて……。
そんなことは許されない。
そもそも、私が彼らを好きでいようといまいと、彼らには何ら変わることはないんだから。
だから。
だから、当分は。
勉強しなきゃあ……。