24.宿敵!彌生(1)
作中、喫煙場面が出てきますが、未成年の方はくれぐれも真似なさらないでください。
「やだー、もう、最低! 今度の中間、私、全然ダメ。物理も悪かったし、きっと化学なんて赤点よ。数学も平均点以上なんて絶対取れない」
昼休み、彌生の甲高い声が教室中に響き渡る。
「大丈夫よ、彌生。理数系得意でしょ」
「だってえ、済陵祭だったじゃない。ちっとも勉強しなかったのよね。私、きっと今回、クラスで十番以内入んない」
左の頬に手を当てながら大きな溜息をつく彌生に、そんなことないわよと神子達が口々に言う。
それでも彌生は、いかに今回の試験の出来が悪いかを主張して譲らない。
時計を見ると十二時半。
五時限目まではまだ時間がある。
私は、鞄の中から平べったい「不二家」のペコちゃんキャンディー缶を取り出して、スカートのポケットに入れた。
後ろのドアの方を見ると、徳郎達が紙麻雀に興じるのを他の男子達が取り囲んでいて、ちょっと通れそうにない。
前のドア付近には彌生がいる。
近寄りたくはないが、教室を出て行くにはそこを通るしかない。
私は露骨に顔をしかめると、席を立った。
「あらあ、純! どこ行くの」
案の定、彌生が声をかけてきた。
「ちょっとね、職員室」
「テストの点でも聴きに行くのお? 古典まだ帰ってきてないもんね。いいわよねえ、純は。英語も得意で」
その彌生の言葉を背に、私は職員室へと向かう。
私の心の中はたちまち、彼女への悪口雑言で一杯になった。
常識で考えてよ!常識で。わざわざテストの点数聞きに行く生徒バカがどこにいる。あてつけがましい。何が「済陵祭だったじゃない」よ。クラス参加の準備にはほとんどノータッチだったくせに!
エトセトラ、エトセトラ・・・
職員室で私が所属している茶道部の活動場所である「礼法室」の鍵を借りると、その足で礼法室へと向かった。
鍵を開け、きちんとドアを閉める。
水屋の中へ入り、襖もぴっちりと閉めた。
薄暗いが電気をつけるわけにはいかない。
磨り硝子の向こうは廊下で、こんな時間に明かりがついていたら不審を買ってしまう。
用心するに越したことはない。
大丈夫だよね、きっと。
誰も来やしないよね……。
私は、ポケットに忍ばせてきた赤いペコちゃんを取り出した。
蓋を開けると、中には「MILD・SEVEN」が一箱とライターが入っていたりする。
ライターの火をつける。
薄い闇を赤々と照らすオレンジ色の炎を見つめながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
喫煙は確か三日間の停学処分。
つい先日、ラグビー部の連中が部室で吸っている所を見つかって、秋の県大会出場停止のなんのと大騒ぎになったばかり。
それでなくとも生徒総会の度に、生活指導の前田先生が、「二年の男子トイレは吸い殻で一杯だ。お前達は学校に何しに来とるのか」と、説教にこれ努める。
けれど、女子の喫煙者が見つかったという話は、まだ聞いたことがない。
見つかったって……いい。どうにでもなれ。
万一、見つかって停学になった時の教師やクラスメートの顔が見物というもの。
そんな自虐的な想いを胸に、私は煙草に火をつけた。
ふうーっと一息、白煙を吐き出す。
ゆらゆらと立ち上る紫煙を見つめながら、私は敗北感を噛みしめている。
打ちひしがれて……。
出来てるはずはなかった。それはわかってる。
けれど、現実は想像以上に私の自尊心も何もかも粉々にした。
中間考査の答案が次々と返ってきている。
初っ端から化学──────35点。
そして、物理。
前代未聞の19点。赤点も甚だしい。
19点……!
その点数を見た時、何も感じなかった。
ショックとかオチコミとかもはや超越していた。
答案を返す時の先生のあの目。
未だに忘れられない。
呆れたような信じられないような、そんな顔をしていた。
放心状態。
大袈裟に言えば、それに近かったあの後の私。
そんな様子を隠すことをしなかったのを心底悔いたのは、「この程度の問題なんてことないわよね」と、彌生が92点の答案を片手に、私の前で言い放った時だった。