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21.戦いすんで(1) ☆

「よし、そこまで。鉛筆を置いて。後ろから回収するように」


 終了のベルと共に、教師の声が無情に響く。

 にわかに生徒達の話し声で教室に活気が戻った。


「純。どうしたの? ボーっとしちゃって」

「え? ああ、何だ。お杏」


 見ると、もう帰り支度を済ませたお杏が、机の際に左手をついて立っていた。

「何だはないんじゃない? 中間考査も無事終了したわけだし、久しぶりに純とゆっくり、「BRAHMSブラームス」辺りで語り合おうかなぞと考えてたんだけどな」

「「BRAHMS」ね……」

「なーに、気のない返事ね。いつもなら二つ返事で乗るくせに」


 確かに「BRAHMS」は、私のお気に入りのカフェの一つ。

 その名の示す通り典型的なクラシック・カフェで、店内にはステージが設けてあり、毎週土曜日はピアノ曲から室内楽までクラシック音楽が生で聞ける。

 また、全種オリジナルのタルトは、女子高生からOLを中心に根強い人気を博している。


「「BRAHMS」のマロンタルトは捨てがたいけど……」


 暫く考え込んだ末、


「今日はパフェが食べたいっ!それも思いっきし、おっきいの」


 と、握り拳を作りながら言った。 


「いいけど。じゃ、「DONALDドナルド」にしようか」

「「DONALD」ね。OK! そーしよ」


 終わったばかりの現国の試験問題を鞄に入れると、席を立った。



 ***

 


「ショコラ・オ・パルフェと、コーヒーゼリーください」


 臙脂色のワンピース姿のウエイトレスに、お杏がオーダーを告げた。

「かしこまりました」と言いながら、慣れた仕草でオーダー用紙に書き付ける。

 二十歳前後だろうか。髪を栗色に染めた女子大生といった感じのおねーさんの顔を盗み見しながら、化粧メイクがきついな、などとぼんやり思う。


「やっと試験が終わったっていうのに、冴えない顔してるわね」

 片手で頬杖をつきながら、お杏が第一声を放った。

「だって……」

 そう言いながら視線を逸らす。


「試験の出来が悪かった、て話なら聞かないわよ」

「何で?」

「だって純。いつも悪い悪いって言いながら、点数いいじゃない」

「今回は違うの! ほんとに出来なかったんだからっ」


 思わずムキになって言い返した。


「だって、私……。並の悪さじゃないわ。特に数学、物理なんて白紙答案に近いのに、点数あるわけないじゃない。ほんとにもう、どうしよう……」


 言葉が途切れる。


 これ以上、お杏に愚痴をこぼすのもどうかと思えた。


 英語が好きで、しかも抜群によく出来るお杏は、一年の時から私大しか眼中になく、理数系の科目は医学部の家庭教師がついているにも関わらず、赤点さえ取らなければいいと公言して憚らない。

 つまり、お杏には定期考査の席次が何番だろうとそんなことはどうでもいいことなのだ。

 そのお杏に向かって、今回の物化数学が「赤点」かもしれないという話はまだしも、それによって「上位者一覧」から名前が消えるかもしれないという危惧感。

 それに伴う彌生やよいへのこだわりの感情など、どう説明して良いのか見当もつかない。


「純、もっとシャキッとなさいよ、シャキッと。定期考査の一つや二つ、どうってことないわよ。仮に今回悪かったとしてもよ、また次で頑張ればいいじゃない。もっと前向きに考えなきゃ」


 そう言って、お杏は私の右手を軽く叩いた。


 まったく持って「射手座」そのままの物言いだと思った時、さっきのウエイトレスがオーダーを運んできた。

 目の前に「サーティー・ワン」のトリプルの倍はあるチョコレートアイスクリームの上から、はみ出さんばかりのとりどりのフルーツ。

 それを見て、気分がやや変化する。

 まずは手を使ってパイナップルから片づけ始めた。


「本当、純って。チョコパ食べる時、幸せそうな顔するのねえ」

「何よ、それえ?!」

「だって、つい今しがたまであんなに深刻な顔してたくせに、パフェが来た途端ころっと変わるんだもの」


 呆れたようなお杏の顔。


「ま、純は長生きするかもね」


 そう言うと、ようやく銀色のスプーンで自分のゼリーを崩し始めた。


 どーせ私は文字通り「単純」ですよ。


 それにしても、お杏の前でパフェ食べるのは何も初めてじゃあるまいし、何を今更。

「DONALD」のパフェはその味もボリュームも定評があることだって、先刻承知のくせに。

 などと思いつつ、私はその巨大パフェを食べることに余念がない。



挿絵(By みてみん)



「─────でも。今度のテスト、ほんとにどうなるんだろ……」

「何よ、パフェ食べ終わったらまた暗くなるの?」

 そのお杏の冗談が冗談でなくなってきた。

 空になったガラスの器を見つめながら、また気分が沈んでいく。


「最近変よ、純。妙にふさぎこんじゃって。試験前だったから聞かなかったけど、何かあったんじゃない?」

 例によって、穏やかなアルトがかったお杏の声。

 深い静けさを湛えたその大きな黒い瞳を見つめながら、口を開いた。


「これからお杏ん、お邪魔してもいい?」

「うちはいつでも構わないけど。ここじゃ話せないハナシってわけ?」

「ん…なんとなくね。それに今日、「BRAHMS」の生演奏聞き逃した代わりに、お杏のピアノが聴きたい! リクエストその一、「ハンガリー狂詩曲第十一番」!」

「また随分とマイナーな曲を。ハンガリーなら普通、二番とか十二番あたりが定石じゃないの」

「いいでしょ。お杏、全曲仕上げてんだし」


 そう言いながら早々と立ち上がった。



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