19.思索の夕べ(1) ☆
どさっと思い切りよく、制服のままベッドの上に寝転んだ。
暫し天井を見つめていた後、寝返りをうち、枕元の目覚まし時計に目を遣ってみる。
18時44分。
NHK・FMのローカル番組を聴こうと、枕元のラジカセに伸ばしかけた手をふと止めた。
どうせもうすぐニュースが始まる。
うつ伏せのまま私は、疲れたとしみじみ思う。
やけに体がだるい。
疲れているのは体だけではない。
それはむしろ、精神的なものだろう。
今日一日学校で起こった出来事に想いを馳せながら、私は目を閉じる。
浩太朗君───────
言葉にすることすらできないまま、私は胸を締め付けられている。
舞が事の真相を彼にも浦田君にも伝えてくれたらしいが、それでもいったん堕ちていった気分はちょっとやそっとのことでは浮上しそうにもない。
ようやく、例の打ち上げの時の醜態の忌まわしさから脱しかけているところだったというのに。
初めて見た。今日。
浩太朗君のあんな顔……
マジで怒った……
怖かった。
いつも陽気で笑っていて、どこかまだ幼さを残しているベビーフェイスのその彼が、あの時、完全に「男」の顔をしていた。
好きな娘以外とキスするなんて絶対許せないんだろう、彼の場合。
それなのに自分が何をやったのか、彼にはまるで確信できないのだから。
浩太朗君は何も覚えていない。
打ち上げの時の有様を。
そう、あれは打ち上げの翌々日の朝。
二時限目の休み時間、私は美瑠と話していた。
・・・
───────────
「純! 純ってば! あんた、打ち上げの時、ゆうから浩太朗君とったんだって?!」
「えーっ! 美瑠、何で知ってんのよ。打ち合げ出てなかったくせに」
「悪事は千里を走る、てね」
「何が悪事よ、何が」
「でもさあ。絡んだって実際、何やったの? 教えて、教えて」
友達じゃないと、美瑠は私のブラウスの袖を引っ張ってくる。
「別にねえ。ちょっと浩太朗君の腕、掴んで、付き合ってる人いないの? 好きな娘は?!……なあんてね。乱れてしまったわけよ」
「へえ。んで何て言ったの?彼」
「ん…浩太朗君ね。どうやら意中の人、いるみたいよ」
あの時の彼の様子を思い出して、つい声のトーンを落とした私に、美瑠は思いがけないことを言ったのだ。
「ねえ、知ってた? 浩太朗君、打ち上げの途中からなーんにも覚えてないんだって」
「覚えて、ない?」
「そう。だから彼、純に言ったことも全然覚えてないんじゃないの?」
じゃあ、浩太朗君……
思考が混乱している私を前に、美瑠はその言葉を放った。
「よーし、私。カマかけてみる!」
「え、美瑠。何する気?」
「まあ、そこで黙って見てなさいよ」
そう言うと美瑠は、後ろを振り返って浩太朗君の名を呼んだ。
「ねえ、浩太朗君! 打ち上げの時、純に好きな娘の名前、言ったんだってぇ?」
「ええっ! 俺、そんなこと言ったあ?!」
「なあに、その時のことも覚えてないの?」
「うーん……だって俺、途中から何も記憶ないもん」
「純がさあ、酔って浩太朗君に、好きな娘は?って絡んだ時に浩太朗君、はっきり答えたってよ」
よく言う、美瑠! 嘘八百!
けれどあの口ぶり。
真に迫っているあたりは流石。
「えー、俺そんなこと、言うはずないんだけどなあ」
そう言うと、彼は頭を抱えて机に突っ伏した。
どうして?! 浩太朗君。
それって、もしかして……
「……いや!やっぱり俺、そんなこというはずない!」
「どうして? 自分で覚えてないだけなんじゃないの」
「いーや、これ確かなんだ。だって俺、いくら飲んでも好きな娘のことなんか喋ったりしたこと一度もない」
浩太朗君は自信たっぷりにそう答えた。
でも。でも…
ということは。浩太朗君……
「でもそれじゃあやっぱり、好きな娘はいるんだ」
「え、まあ……うん。か、な」
それでもやはり気になったのか、
「神崎さあん! 俺、まさかとは思うけど、フルネームで言ったなんていうこと、ないんだろう?!」
と、浩太朗君が叫ぶ。
その時、三時限目のベルが鳴った。
化学だった。
しかし私は、先生が教室に入ってきて授業が始まっても尚、暫くは教科書も開かずにぎゅっとシャーペンを握り締めていた。
浩太朗君……
やっぱり、好きな娘、いたんだ。
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・・・