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18.もうひとつの放課後(3)

 永久に止まらないんじゃないかと思えた涙も、ようやく流れることを終えた。

 それと共に嗚咽の声もしなくなり、再び教室が静寂に返る。


「気分、落ち着いた?」


 静かな守屋君の声。

 あれから初めて発せられた言葉。


「うん……ごめん。ありがと」


 蚊の鳴くような声で、呟いた。

 けれどまだ彼の足元を見つめている。

 顔が上げられない。


「もう帰るだろ?」

「うん……」


 頷いて、鞄を取った。


 いつの間にかほとんど陽が沈んでいる。

 薄暗い教室。

 足早に廊下へと出た。

 とっくにブラバンの練習も終わったらしく、校舎内にはまるで人気ひとけが感じられない。

 いつも見慣れた校内が、今は全く別の顔に代わっていることに気がついた。

 ひっそりとした暗く長い、不気味さすら感じさせる廊下を歩く。

 階段を降りる。


 けれど隣には、彼……守屋君がいる。


 ただそのことだけで、私は不思議と満たされていた。



 ***



「気をつけて帰れよ」


 自転車の鍵を外し、ハンドルに手をかけた私に、守屋君がそう言った。


 日はもうとっぷりと暮れていた。

 靴箱の所で外を見て、心細そうな私の気持ちを察したのかどうか、彼はとうとうここまで附いてきてくれた。


 登校時、所狭しとひしめき合っていた自転車が、今は影も形もない。

 わずかに二つ、三つばかりが淋しそうに残っているだけ。

 白熱灯が青白い光で辺りを照らす、自転車置き場の下。


「ごめんね。ほんとに……」

 そう馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返しながら、


「また、迷惑かけちゃったね……」


 と、ぽつんと呟いた。


 そんな私の態度など全く意に介してないかのように彼は、いいよと軽く笑ってみせた。


「じゃ、な。……元気だせよ」

「うん……」

 頷くだけ。

「バイ」


 そう言うと彼はくるりと背を向け、歩き出す。

 二、三歩行って走り出そうとした彼の後姿を見て、私は無意識に声にしていた。


「守屋君!」


 足を止め、振り向く。

 フレーム越しの静かな瞳で私を見た。


「あの…あのね。私……。本当に私、浩太朗君と。……なんか、して、ない……」


 目を逸らし、目いっぱい口ごもりながら、そう呟いていた。


 それでも何故か、「キス」という単語が言えない。


「ほんとなの。私、本当に……」


「わかってるよ」


 その時。

 フッと微かに彼は笑った。


 気をつけて帰れよ────────


 再びその言葉を残して、彼は今度こそ走り出してゆく。

 すぐに闇の中へと紛れて見えなくなった。


 一人になって動けないまま、意識だけが次から次へと浮かんでは、消え……


 今、私、何を言ったの。

 どうしてあんなこと言ったの、守屋君に……

 何もわざわざ言うことなんてなかったのに。

 どうして……


 守屋君、笑った。

 何もかもわかってる、ていうような顔をして。


 何がわかってるの?

 本当に信じてくれてるの?!


 守屋君、どうして笑ったの。

 あの目は、あの表情は何を意味しているの。


 守屋君、何て思ったの……



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