14.思惑の放課後(3)
「ジューン、聞いたわよぉ!」
水屋で使い終わった茶碗と茶巾を洗っている私の隣に、彌生が来てそう言った。
「何」
手は休めずに言葉だけ発する。
「打ち上げの時、ゆうから浩太朗君、とったんだってぇ?」
「え、ああ。そのこと」
茶碗の上に畳み終わった茶巾を入れ、茶筅と茶杓を乗せて、
「はい、準備出来たわよ。次のお点前、彌生でしょ」
身に着けていた袱紗を手渡しながらそう言うと、さっさと立ち上がる私を横目で見送りながら、
「ま、頑張んなさいよ。応援するわ」
と、彌生が一言。
***
「お水、如何致しましょう」
密やかに彌生の声が、静かな礼法室一杯に広がる。
今日は週二回の「茶道部」の活動のうちの水曜日。
「少しお願いします」
正客である私が答える。
お点前を見ているフリをしながら、彌生の姿は決して見ないよう、意識的に視線を背けているけれども、どうにも腹が立って仕方がない。
さっきの水屋での彌生の様子が、脳裏から離れない。
何、何よ!
あんたが何、知ってるって言うのよ。
そんなに人の秘密が握りたいの?!
人が誰好きになろうとあんたには関係ないでしょ。
ほっといてよ────────
心の中で一人、悪態をつきながら、それでもさっきの彌生の目の光が忘れられないから、どんどん気分が悪くなっていく。
「頂戴致します」
目の前に出されたお薄を受け取りながら恭しく礼をし、隣の生徒にも一礼する。
ほんの心持ちだけ飲み口を正面からずらすと、おもむろにお茶碗に口をつけた。
私は彼女が大嫌いだ。
何食わぬ顔をして人の弱みにつけこんでくる。
いつの間にか心の奥底を覗き込む。
そう。
私が浩太郎君のことを好きらしい……と、最初に勘づいたのも彼女、倉田彌生。
あれは、済陵祭の準備に明け暮れていた頃だった。
「純。私、聞いたんだけど……純、浩太朗君が好きなんだって?」
「えーっ? 誰よ。そんなの言ってるの」
「みんな言ってるわよ、クラスの女子」
……なんていう会話を交わした。
しかし、よく考えてみればその頃、私と浩太朗君のことを噂する人間がいたとは思えない。
誰も私にそんなことを言う子はいなかった。
それを平然と「みんな言ってる」なんていう言い方をして、カマをかけてくる。
それが彼女のやり方だ。
決して、自分の手は汚さない。
いかにも無関係のような顔をして……。
「充分頂戴致しました」
頂いたお茶碗を返し、礼をする。
しかし、考えれば考えるほどに腹が立つ。
私は彼女の「蛇」のような「しつこさ」が嫌いだ。
そして「鋭さ」。
何よりもそれが癇に障る。
女性的と言えばあまりにそうだという気がするけれど、彼女、普通の女子とは少し、違う。
一体彼女は、私自身ですら気付いていなかった感情……浩太朗君へ対する私の想いを、最初から見抜いていたとでも言うのだろうか。
今日、皆が私と守屋君のことを取り沙汰する中、彌生だけが一人、浩太朗君のことを口にした。
浩太朗君……
私は────────
自分の気持ちを持て余している。
まだ、混乱している。
「祭」は終わった、というのに……。
今日、皆が学校に来て、授業を受けている。
そんなことが何となく不思議に思えた。
制服を着てる。
実に当たり前の事なのに、それすらも何かそぐわない感を抱いて……。
何もかもいつも通り。
それなのに、私だけ一昨日の晩の「狂宴」から抜け切れていない─────────
「不重宝でございました」
彌生の挨拶にハッとして、それでもそんなことはおくびにも出さずに、深々と礼をする。
一分の隙なくお点前を終え、退出する彌生を初めて一瞥しながら、私は心の中で彼女に言葉を投げかけた。
そうそう、あんたの思い通りにはならないんだからね、彌生。
そうよ。
だから。
だから私は浩太朗君を好きになるわけにはいかない……。