10.目醒めの朝(2)
「ねえ。聞いてもいい?」
お杏が、部屋の隅に設置されている大きなオーディオ機器を操作しながら振り向かずにそう声をかけてきた。
「なあに?」
ソファでフォークロアなクッションを背に、「non-no」なんか見るともなしにぱらぱらと捲っている。
「純と守屋君って。本当にどういう関係なの?」
その問いと、アヴリルラヴィーンの麗しい美声が響いたのは、ほとんど同時だった。
そして、そのどちらもあまりに突然すぎて。
「何の関係もあるわけないじゃない! ほんとに、もう」
雑誌を閉じ、ややふくれっ面してお杏を見る。
ステレオの音量を調整するとお杏は私の前に座った。
「じゃあ。夕べのは単なる成り行き、てわけ?」
「そうよ。……その通り」
「なんか、そんな雰囲気じゃなかったように思えたんだけどなあ」
「何よ。私の好きな人が誰かってこと、お杏もわかったんじゃないの」
「そりゃあまあ、そうだけど」
「守屋君、私に気があるってわけじゃないわよ」
お杏の言わんとしていることはわかっているから、そう言いきった。
傍からどう見えたかは知らないが、それこそ恋人同士みたく思えたかもしれないけれど、彼は私のこと何とも思っていないだろうことが私にはわかる。
何故と問われても答えようがないけれど、でも、私がそう察したのだ。
あの時、夢見心地な気分と裏腹に、どこか醒めた奥深い一点で、私はそう感じていた。
「それにしても、彼。驚いたわね」
私の不機嫌を察したのか、お杏は微妙に話題を変えてきた。
「昨日、彼の私服見た時からしてちょっと意外だったけど。あのライダースジャケット、本革よね。それに黒のスキニーパンツ。なかなかセンス良いじゃない、彼氏。それに、見た?」
「何を」
「守屋君が煙草吸ってるところ」
お杏が続ける。
「まあ、済陵の二年生にもなればほとんどの男子、隠れて吸ってるけどね。でも、彼のはちょっと違うわよ。あれは年季の入ってるクチね。普段からかなり吸ってるんじゃないの」
「お杏もそう思う?」
私も見た。
やっぱり驚いたんだ。
一瞬、目が惹きつけられて離れなかった。
他の男子連中も吸っている中で、彼だけが何か雰囲気が違っていたのは、慣れからくる余裕のせいだったんだろうか。
だとしたら……。
「どうしたの? 溜息なんかついちゃって」
「わかんないもんだな、て。思って」
「何が?」
「守屋君よ」
学校での彼は、静かで、寡黙で、目立たない。
これといって特徴のない人で、女の子にも無関心というかあまり縁のなさそうなその彼が、私服をセンス良く着こなして、煙草も酒も強いっていうことだけで充分驚きなのに……。
「何が意外かって。彼の女の子の扱いの上手さほど驚いたのってないわよ」
独り言のように言うともなしに言ったその一言を、お杏は耳ざとく聞きつけてしまったらしい。
「ねえ、純。もうひとつ聞いても、いい?」
そう尋ねてきたお杏の声の調子に嫌な予感がしたものの、ダメ!と却下するわけにもいかない。
「守屋君と夕べ、何かあったなんてことはない、わよね」
「何かって……ちょ、ちょっとお杏! あんたってば何言い出すのよ! まったく」
否定形で聞きながら、あの目は何かを期待している目だ。
「だってぇー、昨日が昨日だし」
「どういう意味よ」
「だからあ、その場の雰囲気、でさ」
私が無言で睨んだものだから、お杏は慌てて言葉を継いだ。
「わ、私はさ。別に。純の性格、知ってるつもりだし、妙なことにはならないって思ってたわよ? でも、あの時の雰囲気があんまり……。それに、純が彼の事、女の子に慣れてるようなこと言うからさあ、つい。……ね」
私はもう何も言う気になれず、ぐったりと頭を抱え込みながら目を閉じた。
お杏でさえこれだもの。
ましてや、他のみんなが何て言い合っていたのか目に見えるようだわよ……。
元を正せば、後先考えずにあんなことした自分が悪い。
何を言われたって仕方がない。
とは思うものの、明日からの学校生活がつくづく思い遣られて、私は再び大きな溜息をついた。