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週末ゆるふわスプラッタ。  作者: 早瀬 小鳩
8/20

8.「意見感想文句があるならどーぞ」

「却下」

「ええっ!?」



想定外だと言わんばかりに、バーミリカは大きな瞳を更に広げる。いつか零れ落ちてしまうんじゃなかろうか。俺は脱いだコートを血が見えないように畳んでから小脇に抱える。横たわった二人の始末をどうつけようか悩みつつ、バーミリカの提案を断るべく言葉を紡ぐ。



「正義のヒーローって何。殺人してる時点で正義とは言い難いんじゃない?そもそも、正義って何。どうしたの」

「あうっ、で、でも!お兄さんがこうして二人を成敗してくださったお蔭で私は助かったわけですし。それに!」



バーミリカは口をへの字に曲げて俺を指さす。



「お兄さんだって!人助け!気分良かったでしょう!?」

「……それは、だって、人殺したから、」

「違う!全然わかってません!」



俺の言葉を遮って、必死に頭を振ったバーミリカ。両手を大きく広げて、まるで舞台に立った役者のように朗々と語りだす彼女に目を奪われる。



「ただの趣味である殺人と、誰かの為の殺人じゃ、重要性も、必要性も、まるで違うんです!わかりません?」

「あー……言いたいことはなんとなく?」

「私は殺人自体は否定しないですけど。もう少し社会の役に立つ大人になってみてもいいのではないでしょうか」

「若干棘あるね」



つまりバーミリカは、俺の趣味を社会貢献に生かしたいというわけか。まあ、やることはあまり大差なさそうだし、一石二鳥と言えばそうなのかもしれないが。



「なるほど……うん、いいかも」

「本当ですか!」

「まあ。にしても、バーミリカは意外と正義感強いんだね。色々ずれてる気がするけど」

「最後の一言は余計ですーっ」



むうっと頬を膨らませてむくれたバーミリカは小動物みたいで、思わず笑みがこぼれる。よしよしと頭を撫でくりまわして承諾した。正義だかなんだか分からないが。これで少しは人に認められる殺人が叶うんじゃないか。



「それじゃあお兄さん、帰りましょうか」

「うん……あ、待った」



頭の上にはてなマークを乗っけたバーミリカに、上着の綺麗な面を勢いよく被せる。彼女のおえっという声を聞きつつ、ぐしぐしと拭いて解放した。さっき撫でた時、血痕が着いてしまっていたから。


バーミリカもそれをすぐ理解したようで、手をポンと打って大きく頷く。それに頷き返して、自宅の方へ振り仰いだ。



「君はさっき帰ってて。俺は後処理するから……今度こそ、散歩なんてするなよ」

「はい!そういえば、この失神しているアフロさんはどうするんです?」



バーミリカはアフロの傍でしゃがんで、顔をこちらに向けた。喉をごくりと動かして、それをマフラーで覆っては目をそらす。やっぱり古いマフラーはゴワゴワしていて嫌だ、バーミリカにあげたのとは別に買い直そう。



「殺して口封じが定石でしょ」

「なるほどー……」



じっと俺の顔をのぞき込むバーミリカに身じろぎしてから眉を寄せた。うるさくても駄目だけどこうも静かなのは慣れない。



「意見感想文句があるならどーぞ」

「ふふ。お兄さんてば、正義っていう名目手に入れた瞬間遠慮がなくなったな、と!」

「遠慮?」

「なんでもありませーん」



お先に!と満面の笑みで駆け去って行くバーミリカを、立ち尽くしたまま見送る。コートを一度羽織り直し、右手に握りしめた携帯ナイフの感触を確かめてからアフロの頭の横にしゃがみこむ。



「ぁっ」

「……」



フライパンの上で卵を割るのと同じ感覚で、短い断末魔を聞き届ける。頬に跳ねた血を擦り落として立ち上がり、周囲を見回した。地面の目立った足跡を片っ端からかき消して行く。一段落すると汚れたコートでナイフを拭って丁寧にズボンにしまった。もう洗っても着られない。汚れ落ちにくそうだし。2つの屍の間で、今度は携帯電話を取り出した。画面を素早くタップして、とある人物の電話を繋ぐ。3回目のコール音が鳴り響いたところで、それは繋がった。



「はいはいもひもひ。今歯磨きちゅー」

「歯ブラシ一旦置いてくれない?また死体出たからあげたいんだけど」

「あはは、死体出たんじゃなくて作ったの間違いじゃ」

「やっぱりあげたくないかも」

「ごーめんなさいって!すぐ向かう!」



相手の鼻歌が聞こえたところで電話は途切れた。性格は好きじゃないけど、死体回収や証拠隠滅の面では頼らざるを得ない。口を思い切りへの字に曲げて携帯をしまい、壁に寄りかかって夜空を仰いだ。寒い寒い、とマフラーに顔を埋め、目だけ出す。



「正義、か」



そもそも正義とか悪を意識したのはいつが最後だったか。もうじき30歳にもなろうという男が少女に唆されて正義のヒーロー気取りの殺人鬼なんて笑えて仕方がない。


俺が選んだんだから文句はないけど。


1台のトラックが近づくのを確認して、そっと壁から背中を離した。






°˖✧◇✧˖°






「ふふんふーんふーん」



ちゃぽん、と髪から雫が滴る。右足を思い切り伸ばしては湯船の上へ高く掲げ、指先までピンと伸ばした。卵のように滑らかな白肌が、湯けむりに包まれてほんのりと桜色を帯びる。口角を引き上げた。



「順調順調。さしずめ私は正義のヒーローのパートナー……いや、ヒロインかな?んふふ、悪くないかもね」



ひたすらに上機嫌で、呟き終えると再度下手くそな鼻歌をし始めた。しかし、すぐにまた止む。



「イノセントさんは今頃お片付け中か……それにしても、今日のお散歩は楽しかったなあ。大冒険大冒険」



バーミリカは幸せそうに笑う。


湯船には、赤と青のアヒルのおもちゃが仲良く浮かんでいた。

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