7.「……その、見ないで欲しい……」
太陽はすっかり身を潜め、半分欠けている月が空の中央に座り込む頃。俺は戸締りを確認すると店を出て、お古の赤いマフラーに顔を埋める。寒風がさり気なく通り過ぎて、びくっと肩を揺らした。もう3月にさしかかろうというのに、寒過ぎやしないか。半ば逆ギレのように天候を恨みながら、短い帰路を歩み始める。
バーミリカはいい子にしているだろうか。
「貴方たちは、私に何をしたいんですか?」
「かわい子ちゃんが夜更けにこんな所に1人で居るんだからよお……そりゃあ、」
「えふっ、ちょっとイイコト。べへっ」
「笑い方凄いですね!個性的だあ」
してないな彼奴。
ズボンに隠し持ったナイフを確認し、足音を消して声のする方へ急ぐ。店のゴミを置く場所に近い裏路地だ。顔だけ覗かせると、状況を確認する。行き止まりに追いつめられていてもなお平然とするバーミリカ、見たところ昼間会った時と変わらないようだから、まだ何もされていないのだろう。対して立ちはだかる二つの影。一つは小柄で、ちらりと見えた頬は異様に青白い。重ねて着ているものも大分ボロい。ついでに言うと髪の毛も薄い。笑い下手の相方は正反対で、大柄な濃い褐色の身体を包む布は少なく、こんな寒い時期にノースリーブなんて馬鹿みたいだ。アフロヘアーが印象深い。
小柄は殺れそうだけど、もう片方は如何程なんだろうか。
ナイフを手に忍ばせ、彼らの背後にそっと近づく。バーミリカは二人に遮られ、俺の存在に気付かないようだ。それは非常に有り難い。ゆっくりと距離を詰める一方、三人の会話も進む。
「そういえば、イイコトってなんです?おじさま達もマフラーくれたり世話してくださるんですか?」
「違う違う。そっかあ、知らないのなあ」
「んぶふっ。もういいよなっ」
いそいそとズボンのベルトを緩める巨体にきょとんとするバーミリカ。先に此奴から対処すべきか。俺は一気に駆け寄ると、足音に気付き振り向いたアフロの顎にアッパーを食らわせる。とはいえ腕力があるわけではないから、まあ、一時しのぎだ。目くらましにはなったらしい、ふわふわと身体を揺らすアフロの股間を思い切り蹴って失神させる。バーミリカの「おおっ」という感嘆の声と、もう一人の男の「ひいいっ」という情けない悲鳴が耳朶を打った。
一番厄介そうなのは始末できたところで、小柄な男に向き直る。男はびくりと肩を揺らすと、震える手で懐から拳銃を取り出した。バーミリカが慌てた声を上げる。
「拳銃は危ないですよ!」
「ううう、うるさいうるさい!なんだよ!ちょっとくらいいいだろ!横取りするなよっ!!」
「別に、横取りでは無いんだけど」
バーミリカこっちおいで、と手をひらひらさせると、男はキッと俺を睨みつけて拳銃を向ける。バーミリカはそれに目もくれず、一度アフロの股間を踏んづけてから俺の背後に回り込んで隠れた。ぎゃふん、と漫画みたいな声が聞こえたのはさておき。ナイフを片手で弄んでは、震えた手で拳銃を握る男に言葉を投げかける。
「ねえ、本当に諦めないわけ?逃げても別に、今後関わらなきゃいいんだけどさ」
「相方までやられたんだ!引き下がってたまるか!」
「お兄さん、余裕ですね」
ほう、と小声で感心するバーミリカ。顔は男に向けたままで、口角を上げてはボソッと返す。
「あんな震えた狙いじゃ当たらないし、多分人を殺したことが無いんだろ。覚悟が無い奴に負けるわけない」
「歴戦の猛者感!流石です!」
「どーも」
でも、と一人心の中で続ける。
俺だって、今日は殺す日では無いんだけどな。
しかし、不可抗力というか、正当防衛か。それなら、あるいは____。
「お兄さん!」
「あっ」
「うおおおお!!!」
距離があると当たらない、そう思ったのは相手も同じことだった。だからって拳銃片手に突撃するものなのか。うわっと反射的にナイフを振り上げると、喉笛を掻っ捌いてしまった。紅い鮮血がプーッと散乱して、俺の服にもろにかかる。暗い配色のコートだけれど、流石にこれは……血が目立って着て居られない。
あーもう、と苦々しく眉根を寄せ、とりあえずバーミリカの目元を覆った。血に塗れてしまった手で悲惨な状況を見せないようにするのもなんだかなと思いつつ。男は一瞬訳が分からないといったようにかっ開いた眼で己から噴き出す血液を凝視した後、表情はそのままに後ろにぶっ倒れた。声にならない断末魔がゴボゴボと喉奥の血液を口外に押し出して、残雪を覆っていく。
°˖✧◇✧˖ °
「かッ……」
「事切れましたかー?」
冗談めかした物言いで、ひょこっとお兄さんの手から顔を覗かせる。ピクリともしない屍が横たわっているほか、口から泡を吹いたアフロさんも未だ動く気配はないようだ。すかさずお兄さんを褒めようと口を開いて、彼を見上げる。そして、固まった。
「……その、見ないで欲しい……」
「……」
ヨロヨロと壁におでこをつけるや否やしゃがみ込み、弾んだ息を必死に整えている。やっぱり、イケメンだなあ、なんて。によによ顔を緩ませてしまいつつ、隣に並んでしゃがみ込んだ。お兄さんは耳まで赤くなって、汗を滲ませながら、瞳を潤ませて私を見据えてくる。凄い可愛い。
両手を重ねて、口元に当てるとにんまりと笑って見せた。
「お兄さんてば、本当に変態さんですね」
「うるさい」
「可愛いなあ」
「はあ!?」
顔をずいっと近づけて、耳元で囁く。ちょっとだけ、楽しくなってきてしまった。
「人殺して興奮するなんて、もう立派な殺人鬼じゃないですか」
普段はあんなカフェなんか営んで日常を謳歌しているのに、裏ではこんな悪事に手を染めている。しかもやみつきになってしまっているとは。本当に、飽きない人だ。
私がそのままニコニコしていると、何を思ったのかお兄さんは真剣にこちらを見下ろしてくる。
「どうかしました?」
「いや、……というか、はぐらかすな」
ふぇ?とぶりっ子然とした声を上げれば、お兄さんは立ち上がってコートを翻す。死臭とか血臭だとかがむわっと漂ってきて、正直あまりいい匂いではない。ちょっとン゛ッと口を噤んでしまう。しゃがんだまま続きを促した。
「ふぇ?じゃないでしょ。家に居ろって言ったのに……ここ数時間、何やってたのさ」
「だって、テレビがつまんなくて」
「だから?」
「……散歩?してました」
首を傾げながら言わない、と軽いデコピンを食らった。立ち上がっておでこを抑えると、瞬きを重ねる。目の前に居る、血塗れのお兄さんを見て、つい微笑んでしまった。途端に表情を曇らせた彼はきっと、ああやっぱりこの子は可笑しい、なんて思ってるんだろう。確かに。
「……一応聞くけど、なんで笑ってるの?」
「いやあ、お兄さんはお兄さんだなと思いましてですね」
「どういうこと?」
「カフェでお兄さんを見た時、最初に会った時の雰囲気とまるで違くて。ちょっと不安だなって思ったんです。でも」
少し恥じらっているように見せつつ、本心を話す。
「今救ってくれたお兄さんを見て、安心しました。お兄さんはお兄さんです」
「安心するようなことなのか、よくわかんないけど。そりゃまあ、そうだろうね」
ふーん、とイマイチ分かって居なさそうに頭を掻いたお兄さんに、更に言葉を重ねる。ここが大事なところだから。たぶん。
「お兄さんは要するに、人を殺しては、はあはあと興奮してる変態さんなわけですよね」
「言い方に悪意ない?」
「私、それをもっと良く活用した方がいいと思うんです」
え、と不思議そうな瞳をこちらに向けたお兄さん。結構いい反応だ。私は偉そうに鼻を鳴らして、人差し指を立てた。
「正義のヒーローになりましょう!お兄さ」
「却下」
「ええっ!?」
や、やっぱり悪い反応っ!!




