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週末ゆるふわスプラッタ。  作者: 早瀬 小鳩
6/20

6.「店長はとても優しい」

「店長。おはようございます」

「おはようタンジー」



硝子造りの扉を開けば、カランと涼し気な鐘が鳴る。店先の花に水を与えていると、もうじき成人を迎える齢の女性がやってきた。


赤毛の髪は頭の高いところで小さなポニーテールと化し。ぱっちりとした双眸は淡い翡翠色に光を帯び、小さな顔に収まる。健康そうな身体はほんのり褐色、スラッとした四肢とすっかり成長しきった胸。ラフな白シャツにカーキのモッズコートを重ね、黒のスキニーパンツという如何にも若者といった出で立ちは彼女の美貌を引き立てていた。少しばかり派手な印象を与えるのはきっと彼女自身の雰囲気も相まっての事だろう。しかしながら几帳面でしっかりとした気性を持ち、仕事をこなす____タンジー・ガーネットはイノセントのカフェで働く唯一の店員だ。


彼女の顔をまじまじと見つつ、これですっぴんなのが怖いわ……なんてイノセントは感心してしまう。たまに化粧をしていることはあれど精々口紅くらいで、正直違いも分からない。


彼女は数年前にバイト募集した際にやってきたクチで、本来なら二三人雇おうとした矢先、仕事の器用さ故に人員が必要なくなり、今はタンジーとイノセントの2人で経営している訳だ。


仕事のできる美人。ちょっぴり謙虚で人当たりも良いのだから申し分ない。将来はなんだかビッグになりそうだ、もしくは玉の輿とか。


なんて思考を飛躍させていると、タンジーが慌てた声を上げた。



「て、店長!水!水上げすぎでは!?」

「……え、あっ、やば」



慌ててジョウロを引き上げるも、店先の花々はすっかり肩を落とした様になってしまっている。地面はびしょびしょに濡れていた。

心配そうにタンジーが視線を送ってきて、イノセントは苦々しげな笑みを返した。後頭部に手を当て、人通りの多くなってきた路に顔を向ける。



「ちょっとボーッとしちゃってた。じゃあタンジー、準備よろしくね」

「はい!今日もよろしくお願いします」



律儀に頭を下げては急ぎ足でパタパタと更衣室に入っていくタンジーを見送ると、自らもまた店内へ入った。食材もばっちり揃えたし、プレートも外に出した。イノセントは腕を捲り、よし、と意気込む。



「開店」






°˖✧◇✧˖°






「店長オーダー入ります、キリコー1オムラ2オレンジ1!」

「了解。そこの3番出来たから持ってって」

「はい!あっ、いらっしゃいませー!」



昼時ともなると繁盛するものだ、嬉しいけれど忙しさは上場。フライパン片手に卵を割って投入するイノセントは、口の端に笑みを乗せる。


いつも通りの展開にいつも通りの作業を重ねる中、ふと視界の端にぴょこんと影が映った。



「……」

「お兄さんっ、私も何か手伝いますよ〜」



2度見する。



「あー、いや引っ込んでて、部屋に居て」

「ずっと居ました。でもこの時間帯だと面白いテレビは無いもんですね、つまらないです」



頬をプクッと膨らませたバーミリカに、イノセントは怪訝な顔をしてしまう。兎に角仕事は手伝わせたくない。10代前半の女子を働かせていいかどうかを恥ずかしながらよく分かっていない現状、もし警察にでもバレて違法だったらとか。だったら手伝わせない方が絶対いいに決まってる。



「店長ー?」

「た、タンジーは今のうちにコップ拭いておいてくれると助かる!」

「あ、わかりました」



異変を感じたのか、何かを確かめるような声音の彼女をどうにか撒いて、バーミリカの両肩をしっかりと掴んだ。わざとらしく頬を染めて両手で抑え、「お兄さんてば積極的なんですね」なんてほざいて居るけれど。口をへの字にしては裏口に回って外に出た。


バーミリカは相変わらず能天気な面持ちで、真ん丸な目をパチクリしてはイノセントを見上げる。対して彼はバツの悪そうな顔で彼女を見下ろした。



「どうして仕事中なのに来たの」

「暇潰しに手伝おうと思って」

「暇潰しに手伝わないでよ」



じゃあ真面目に!と妙に意気込むバーミリカに、そういうことでもなくて、とイノセントは困った顔で返す。本当に、扱いにくい子供がやって来てしまったものだ。やはり殺すべきだったのか……なんて懇々と考えるイノセントに、バーミリカはもう一度明るく言い放つ。



「私をここで働かせてください!」

「駄目」



あからさまに肩を落とすバーミリカに息を吐き、回り込んでは背中を押した。彼女がよろけない程度に力を加減すると、そのまま自宅の方へ誘導する。黒エプロンの肩紐が落ちてしまうけれどお構い無しだ。身嗜みは後でまた確認しよう。



「はいはい、戻った戻った」

「……お兄さんのケチ」

「あっそ」

「脳内お花畑」

「それ多分ブーメラン発言」

「短小!」

「何処で覚えたのソレ!?」



その後もしばらくピーチクパーチクと攻防戦を繰り返した後、バーミリカは姿を消した。右手を左肩に置いて、左腕をぐるんと1周させる。その間もイノセントの顔には疲労が滲み出ていた。



(くっそ疲れる……)






°˖✧◇✧˖°






「ありがとうございましたー」

「タンジー、もう外の看板片付けちゃって」

「わかりました」



イノセントは客が皆居なくなった頃合を見計らい、モップで丁寧に床を拭っていく。時折手を止めては、視線を天井に注いでいた。二階、居住スペースを気にしてのことだ。



(大人しくしてくれてるかな)



昼食は冷蔵庫に保存してあるからレンジでチンして食べればいいし、間食用にとお菓子も置いてある。テレビがつまらないのはどうしようもないけど、そうしたらきっと眠ったりしているのだろう。


たぶんそうに決まってる。



「店長、仕舞いました!」

「ありがとう。もう今日は帰っていいよ、お疲れ様」

「お疲れ様でした!収支計算だけしてから帰りますね」



軽く頭を垂れて更衣室に入ったタンジーを横目に、モップを置いた。頭を掻きつつ、バーミリカの様子を確かめるべく裏口から外に出ようと足を向ける。ちょうど、更衣室前の通路を通った瞬間。扉が大きな音を立てて開き、完全に不意をくらったイノセントに何かが飛び付いてきた。そのまま半ば押し倒されるようにぶっ倒れ、なんだか良い香りが漂ってくる。現状を把握すると、言葉が詰まった。



「てててて、店長!蜘蛛!蜘蛛っ!」

「おおおお落ち着いててててタンジー痛い痛い痛い痛い」



床に崩れ落ちた衝撃で腰が痛いのと、タンジーが怯えながら抱き着く腕に力を込めるのとで、結構身体的にも辛いのだが。


更衣途中だったのであろう、上半身のシャツは上3つのボタンが物の見事に外れていた。そこから覗く2つの大きく柔らかな丘はイノセントのお腹に押し付けられ、潤んだ瞳を持つ怯えた美顔がこちらを見上げている。赤い髪はややポニーテールを崩しつつ、さらさらと彼女の肩にかかっていた。やはり肌は綺麗で、唇も厚めで、しかもまつ毛もくるんとしていて、思わずため息をしたくなる程だ。これは色んな意味で絶景だ。視覚的にも割と大変なことになっていた。



(あっ、ヤバい()りたい)



そこら辺の思考は少しズレているイノセント。ハッと気を取り直せば、彼女の華奢な肩を掴んでグイと引き離した。タンジーの顔色に不安が塗られる。脱ぎ掛けのシャツをギュッと握りながら、彼の様子を伺ってきた。



「店長……」

「ハイハイ大丈夫大丈夫。蜘蛛片付けてくるから待ってて」



気休め程度に自身の黒エプロンを彼女にかければ、ようやく自分がどんな出で立ちかを認識したようだ。一気にトマト顔負けの赤に首から上を染めあげて、全力で胸を覆い隠した。口を窄めて視線を逸らし、しかしお礼はきちんと言う。



「あ、りがとう……ございま、す」



イノセントが去った後、タンジーは頬を少し緩ませた。黒エプロンをキュッと弱く握って、小さくそれにキスを落とす。なんだか幸せそうな雰囲気が漂い、絵画にも成れそうな光景だった。



(店長はとても優しい)



今頃更衣室内では蜘蛛を蹴散らしているであろう店長に思いを馳せた。彼の事だから殺さないだろう。きっと、追い出すだけだ。そう、優しい彼の事だから。


視界の端に、逃げてきた蜘蛛が映る。



「……」



彼女は未だ笑みを湛えたまま蜘蛛を見つめ、


そして叩き潰した。

へ(へ´∀` )へ カサカサ…

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