4.「映画みたいな動機じゃないさ」
「凄い良いです! お兄さん、もしかして理髪師ですか?」
「んーん、違うけど」
肩に落ちた髪の毛を払い、頭を手で梳いてから解放する。バーミリカは手鏡で自身を確認すると、ふおお、と目をこれでもかと輝かせた。
アッシュブロンドの髪は元来天パ傾向にあるようで、何度寝かしつけても跳ねるばかりだ。ゆるふわなショートボブもどき、と言えば聞こえはいいのだろうか。そんなことを思いながら、まあ好評だしいいかとイノセントは楽天的に構える。
彼女が自分の髪に夢中なところを見ながら、そっと目を細めた。
バーミリカは一体何者なのか。
何故あんな裏路地で、ボロボロの格好で立っていたのか。
殺人現場を見て、何故驚かないのか。
第一、未成年の女の子が夜道を歩いていて何故平気だったのか。
(ただの家出娘……にしては、何かと運が良すぎやしないか?)
腕を組んでは思考をぐるり。
ここら辺の治安は割と保たれているといえど、あくまで表面上だけに過ぎない。それこそ今のご時世、人攫いや麻薬など警察の処罰が追いつかないくらいには充分に悪事の蔓延る街である。
そんな中、身一つの、比較的容姿の整った彼女が今まで過ごせていたのか不思議に思う。家出にしろ警察が追うだろうし、相当運があったとしか言い様がない。
「お兄さん」
バーミリカに呼ばれ、ハッと肩を揺らす。真正面から顔を覗き込んでくる彼女を少しの間無言で見つめ返した後、がっしりと頬を両手で包んだ。んみゃお!? と奇声を上げた少女に顔を近づける。
「此処に住んでもいいよ。俺が養う」
「あっ、確認でふか! ありやとうございやふ」
頬を挟まれたまま、ほんのりと頬に紅を浮かべながらあふあふと応じるバーミリカ。嗜虐心が湧いてきて、そっと口の端に笑みを滲ませる。
「うん。だけど、絶対にあの事を他人に話さないこと」
「殺人のこと?」
「そう」
それならお任せを! とバーミリカは自身の胸に拳を添え、胸を張ってみせた。頬を解放するやいなや、何故か少女は手を当てて軽く揉み始める。
その一連の動作に視線をやりながら、イノセントは小さく息を吐いた。
「お兄さんはなんであの人を殺したんです? 復讐とかですか?」
「そんな、映画みたいな動機じゃないさ。ただの趣味」
「なるほどー」
こんなやり取りをしても尚、彼女は動じない。イノセントは目を細めて続ける。
「だから、君が口外しようとしたら。次は君にするから」
よろしく、とバーミリカを見下ろしてみる。ちょっとは驚くんじゃないか、とも思ったが、全然そんなことは無かった。
彼女は不機嫌そうに口を尖らせ応じる。
「ああもう! 言わないって言ってるじゃないですか! 信用して下さいよ!」
「ごめん、つい」
「何がついですか!」
プリプリと憤慨する彼女に苦笑を返し、内心拍子抜けする。お化け屋敷大丈夫な人みたいな感じなのかな、そういう認識でいいかな、なんて。段々と阿呆臭くなってきた。
「今度は服を新調したいです!」
「厚かましい」
「えへへ」
若干のあざとさを感じつつ、やれやれと視線を落とした。
なんだか、上手く彼女に事を運ばれている気もしてしまう。なんだか癪だが致し方無い。バーミリカの頭に手を乗せて頷く。
「しょうがないな」
「やったあ」
「だけど、休日ね」
「えっ、なんでですか?」
わかり易く首を傾げるバーミリカに、だって、とイノセントは人差し指を立てた。
「平日は普通に仕事だから」
「なるほど……」
バーミリカはぽてぽてとテレビの前に歩み寄ると、電源を付けた。朝のニュース番組が表示され、爽やかに歯を見せて笑う女子アナが会釈する。
「おはようございます。2月25日月曜日、午前五時となりました。朝のニュースです」
暫し窓の外の雀の鳴き声に耳を傾けた後、バーミリカはあっけらかんと笑った。
「じゃあお兄さん、そろそろ仕事ですね!」
「あー、うん。でも10時オープンだからまだ平気」
「飲食店か何かなんですか?」
「此処の一階がカフェになってる」
「二階だったんですねこの部屋」
「……暗くてわかんなかったか」
バーミリカはカフェ、と口の中で繰り返した。何か続けて言おうとする彼女を制し、イノセントは穏やかな笑みを見せる。
「取り敢えず、子供は寝なよ。一睡もしてないでしょ」
「あ……そうですね。遠慮なく」
言われてから眠気が襲って来たのか、ぐしぐしと瞼を擦るバーミリカの手を、イノセントが止める。部屋の隅にひっそり置かれたベッドを示して横たわらせ、掛け布団をバサッと掛けてやった。バーミリカがくすくすと笑いを零すと、イノセントは眉を上げる。
「何?」
「なんだか、保護者みたいだなあって」
「あながち間違ってないでしょ」
(……呑気。無防備。心配になってくるんだけど)
ちょっとは警戒しろ、という意味を込めてジト目で彼女を見下ろすも通じず。少女は柔く笑んで、もそもそと掛け布団を鼻までかけた。
「おやすみなさい、お兄さん」
「はいはい、おやすみ」
そうしてバーミリカの呼吸が一定に落ち着くまで、傍らで見守っていた。
保護者に似た眼差しで。




