2.「居候したいってことです」
「私を貰ってください、お兄さん」
「……えっ、プロポーズ?」
「いえ! 居候したいってことです!」
即答で否定した。もしかしてプロポーズじゃないと駄目だったのかな。
ううん? とイマイチ分かって無さそうなお兄さん。顎をぽりぽりと掻いているのをじっと見ていると、爪の間にさっき死んでた人の血が固まってへばりついてるのが分かる。ちょっとしたところが、甘いなあ、なんて。
眉間に皺を寄せ、何やら必死に考え込むお兄さんを見上げながらスッと目を細めた。別に、女の子一人くらい家に住まわせてもいいんじゃないのかな。貞操概念とか不純異性交遊とか、そういった類は未だよくわかっていないけれど。そうして暫し寒空の下、二人は沈黙に暮れる。
先に唇を割ったのはお兄さんの方。
「……本当に、他言しないんだよ、ね?」
「はいっ、もちろんです! 女に二言は無いんです!」
ぱああ、と花が咲くかのように笑顔を曝け出すと、お兄さんはやれやれと私の目を見つめ返した。
「なら良いよ。そんな裕福な家ってわけでもないけど。なんか君ワケアリっぽいし」
「心中お察し致しますってヤツですね、ありがとうございます!」
「なんか違うけど。まあいいや」
行こう、とお兄さんが表通りへ身体を向けると同時に、私の頬に冷たいものが触れた。視界にちらちらと白いものが映って、お兄さんも立ち止まる。彼に釣られるように、二人して夜空を仰いだ。
「おお、見てくださいお兄さん! 雪です!」
「見てる。……ねえ、バーミリカ」
「はい! うひゃおうっ」
「変な声あげない。それあげるから着けてな、寒いでしょ」
お兄さんは自分の首からワイルド(?)に真っ黒のマフラーを剥ぎ取ると、くるくると私に巻き付けた。絞殺されるどころかその手つきは意外にも優しく、しかし巻きすぎて頭までマフラーで埋まってしまい呼吸しにくい。もがもがと呼吸路を確保して目だけ出せた私に、けらけらとお兄さんは笑う。
「笑うなんて酷いじゃないですか」
「ごめんごめん。なんかのマスコットみたいで可愛い。……っ」
「そう言ってまた笑わない!」
私にとっては初めてお兄さんの家へと続く帰り道。裏路地の冷たい地面にこびりついた血の跡が私たちの背を見送るけれど、それもまた、純白の雪に解けて消えた。
表通りのイルミネーションが眩しくて、目をぱちぱちさせた。視界が滲んで、慣れるまでに少しだけ時間がかかる。
「ん、大丈夫?」
「ピチピチです」
「……はは。そっか」
ようやく周りに慣れた目は、前を歩くお兄さんの背を映した。逆光で仄暗いその背に、暫く私は視線をぶつけていた。マフラーに顔を埋めて。