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週末ゆるふわスプラッタ。  作者: 早瀬 小鳩
18/20

18.「なんて所業なんだろー!」

挿絵があるので注意です。

「ここの7番地の、えーと……」

「お嬢さん、迷われましたか? あはは、地図はくるくるしたってわからないままですよ」



綺麗な夕日を背に、カラスたちが鳴き出す。紺色のマントに着いたフードを深く被って、小さな身体はあちこちを行ったり来たり。端っこが水に濡れてしわくちゃになった地図は、頼りなさげにえびぞっていた。


バーミリカが顔を上げると、そこには端正な顔立ちの青年の姿が。金の髪はサラサラと風に靡き、切れ長の紫水晶のような双眸は沈みゆく太陽を映し込む。高い鼻筋、童話に出てくるような白肌はバーミリカにも劣らない。自分の丈に合わせた特注であろうスーツはまだ新しいようで、年齢的にはイノセントの3つ程下に見える。爽やかな笑みを浮かべた好青年はイケメンの4文字につき、その容姿も相まってかかなりの人目を引いていた。


人通りは帰宅路に夢中と言えど、未だ警官の姿は居なくなったとは言い難い。バーミリカはフードを深く被り直すと、地図で口元を隠して言葉を返した。



「ここの辺りは初めて来たので。あ、ナンパならお断りします」

「手厳しいですね……ナンパのつもりは無いですよ。もし宿をお探しなら、うちの施設を利用してみませんか?」

「ご機会あればそうさせていただきますね! わざわざありがとうございます」



バーミリカは元気よく頭を下げると、さっさとその場を後にする。青年は軽く息を吐くと、のんびりとした歩調で違う方向へ去っていった。



(施設かあ。新調したスーツは余所行きの恰好、けど靴下はブランド物じゃなかった。孤児院の方とかかな……私15歳だからもうオトナみたいなものだけど)



トコトコと歩きながらぐるりと推理してみるも、今はどうでもいいことなので放っておくこととする。


肩にかかるバッグは少しばかり大きくて、ぎこちない歩みはどうにも危なっかしいらしい。度々親切な人々に声をかけられて、その都度丁重に断ることの繰り返しだ。


目的地は、1度しか見たことの無い彼の家。きっと家中に人骨や蝋人形の類が保管されているのだろう。考えただけでゾッとするが、それもまた一瞬のことである。バーミリカはもう一度地図を半回転させると、力強く頷いた。



「ジャスパー・チェスナットさん」



酒場でプリン頭のチンピラと言い争っていた、メガネの青年の名だ。配送業を営んでいるから、トラックを運転していたのだろう。バーミリカが覚えていたのは顔とトラックのナンバープレートのみで、あとはポスコに頼りきることになった。


やがてこじんまりとした一軒家が目に入る。表札には『チェスナット』と明示され、その下の郵便受けには新聞などが溜まっている訳でもない。インターホンを鳴らすとその上に付属しているカメラが動作して、バーミリカの双眸をくっきりと映し出した。おそらく今の画面にあるのは、陰った鼻筋と明暗関係無しに光を滲ませる桃色の瞳だけだろう。少女はいつも通りの笑みを見せる。



「すいません! 御用です!」



沈黙。まあ1度だけじゃ、知らない女の子からのコールなんて出るわけがないだろう。出るとしたら、それこそよっぽどの善人かはたまた変態か。バーミリカは静かに撮影を続けるカメラをジト目で見つめた後、盛大に息を吐いた。表情を改めて、吐き捨てるような笑みを貼り付ける。



「ジャスパー・チェスナット。一見はただの配送業者だけど、その裏ではどっぷり悪事に手を染めているとか」



周りは静寂に包まれ、上を往くカラスが不思議そうに下を眺めるばかりだ。下衆のように口角を歪めた少女は、声を更に高くさせる。



「ジャスパーの趣味は死体集め! 死んだ人間が美しければ蝋人形に、ぐしゃぐしゃだったら……骨だけ残して後は捨てる(ポイ)。その場合、内蔵は闇市に売りつけるんだって! なんて所業なんだろー!」

「ちょっと待ってえええええ!!!」



ドタバタと駆けてくる音がしたかと思えば、勢い良くドアが開け放たれた。グレー単色の上下スウェット、裸足のまま駆けてきた彼は相当焦っていたのだろう。糸目はすっかり見開かれ、橙色の瞳は暗闇に溶け込んでいく夕焼けを重ねている。真っ青になって飛び出してきた彼は、ちょっと面白かった。


バーミリカはやれやれと口角を上げ、両手を合わせた状態でほのぼのとした笑みを見せる。



挿絵(By みてみん)



「やっと出て来てくれました」

「君は誰!? いきなり何!?」



慌てふためく彼は、目をパチパチさせて少女を見下ろした。その間も彼女は笑みを絶やさず、あくまで友好的に言葉をかける。ポスコから貰ったマントのフードを外し、両手できゅっとジャスパーの右手を握ってみせた。



「少しの間でいいので、私を貰ってくれませんか?」

「……えっ、なんで。家出少女?」

「いいからいいから」



ぐいぐいと彼のお腹を押す形で、半ば無理やり家に押し入る。玄関はどうやら普通みたいだが、奥の方にかけて段々と死体が飾られているのだろうか。心の中で息を呑みつつ、バーミリカは問答無用に足を動かした。ジャスパーを追い越してリビングに入ると、ぐるりと辺りを一巡する。びっくりするくらい普通だ。


家全体の大きさは、お兄さんの所より少し大きいくらい。4Kの大型テレビが置かれたリビングには4人用の木製テーブルと椅子が並べられ、テーブルの中央にはスノードロップの質素な花瓶が飾られていた。花言葉を知っていればまた別の話だったのだろうが、バーミリカは青年に向き直る。



「改めまして。死体フェチさんこんばんはっ!」

「なんでそうなんのっ、僕の名前知ってるくせに!! ……あ。ポスコさんが関わってるのこれ?」

「そうかもしれません」

「かもしれませんって……」



動揺の波が静まり、今度は呆れ果てるジャスパー。テレビの上に設置された壁時計が淡々と時を刻んでいる。バーミリカは折れることなく、はっきりとした物言いをしてみせた。



「お手伝いして欲しいんです、死体フェチさんに」

「お手伝いって? 運搬? にしても、なんで僕に」

「お兄さん……いえ、イノセントさんが冤罪をかけられてしまったんです。今は警察署に居ます」

「え」



もごもごと言葉を返していたジャスパーは、一旦閉口する。いくらか言葉を悩んだ後、困ったように絞り出した。萌え袖を口元に近づけ、小首を傾げる。大型の小動物みたいだ、とバーミリカは場違いな印象を受けた。



「イノセントに冤罪も何も無くない? 確信犯じゃん、シリアルキラーって言うんでしょあの類って」

「それについてはバレてません。それとは別件で……とりあえず、そこの椅子にでも座って話しましょう。どうぞ」

「わかっ……あれっ、ここ僕の家だよね?」



ジャスパーの返答を笑って流すと、ふと真剣な面持ちに変わる。こうして、月が夜の中央に君臨する頃まで彼女の説明が続いた。


頭を大袈裟に抱えて唸ったジャスパーは、聞き終えたばかりの話を復唱する。



「君が家出少女で、親がボンボンで、イノセントの家に居たら見つかっちゃって、丁度同時期に多発していた誘拐事件の犯人と間違われて逮捕されちゃった。……こんなんで合ってる?」

「75点」

「微妙だし何それ点数で評価するの!? 何がダメ!?」

「私は目的があって自立しただけなので家出少女ではありません。ぶっぶー」

「うっわ〜腹立つ」



バーミリカは少しだけ笑って、また真剣に相手を見上げた。テーブルに頬杖をついて、ほっぺと一緒にメガネも押し上げられている。そんなあほ面でも、きちんと話は聞いてくれているようだ。信頼の欠片を得て、束の間の安堵を手に入れる。



「これはお願いというより、交渉です。私と死体フェチさんの利害は一致していますから」

「一致ねえ。僕はアイツから死体を貰うっていう、すっごく大事な利益があるけど……君は何? アイツに惚れてるとか?」

「んなわけ無いでしょ。お兄さんには、私の為に働いて欲しいんです」

「あーなるほど、ボンボンの父親の代わりってことね」

「父……そんなんじゃ無いですってば」



(まだ子どもだな。やんちゃが過ぎるけど)


ジャスパーがそんな知見を得ているとは知らず。眉をひそめたバーミリカはすっかり黙り込んでしまった。ちゃんと答えられないのは甘いところだが、しつこく聞いてしまうのも意地悪だ。青年はメガネをくいっと上げると、口の端に笑みを浮かべた。



「ま、君の言う通り僕もイノセントが居ないと供給が減って困る。なんてたって、アイツが一番殺してくれてるから」

「……そうなんですか」

「うん、そう。君も僕もアイツを利用したい。悪く言えば……そうだな。優秀な駒は取っておきたい、的な?」

「お兄さんを駒呼ばわりしないでください」

「ごめん。君のお気に入りのおもちゃってことにしておこっか」



久々に年頃の女の子と話したもので、ついからかいの応酬になってしまった。女性と接することなんて、配達先のおばさんや裏社会で売買されていく奴隷くらいだから。特に死体。



「……死体フェチさんは面倒臭いです」

「わざとかも。さっき外で叫ばれたお返し」



ふふ、と小さく笑みをこぼす。久しぶりの生者は、新鮮で面白い。イノセントは今までこんな子を家に匿っていたのか。青年の糸目は目の前の少女を映し、そしてテーブルの木目に映した。



「今度喋る死体とか欲しいな」

「死体にこだわってるところすいませんが、喋るのは生者だけですよ」

「それが問題だよなあ。でも、イノセントなら頑張って持ってきてくれそうじゃない?」



バーミリカが目をぱちくりさせる。その様子に何故か充足感を覚えて、そっと頭を撫でてあげた。死体を触る時と同じく、ちょっと優しめに。



「僕も手伝ってあげる。けど、そこまでできること無いからね? だから、もう外であんなこと言わないこと!」

「はいはい。でも人が居ないの分かっててやったので、安心してください」

「ほんとー? まったくもう」



ところで、とバーミリカはそわそわし始める。しきりに辺りを見回した後、そっとジャスパーに問いかけた。



「死体って何処にあるんですか? てっきり家中にあるのかと」

「まさか。結構来客もあるから、ここには出さないよ。そもそもあの子たちの身体をむやみやたらに他人に見せたくないんだよね僕」



段々と早口になるのは自分の好きなものであるが故か。ジャスパーは鼻高々といった様子でしばらく語った後、ふとバーミリカに笑いかける。少しだけ見えた橙の双眸は、爛々と光り輝いていた。



「でねっ、死体たちはみんな地下室にあるんだ! 会いたい? 会いたいよね! しょうがないから連れてってあげる!」



(問答無用だなこの人……)


まだ子どもだ。バーミリカは静かにため息をついた。

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