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週末ゆるふわスプラッタ。  作者: 早瀬 小鳩
17/20

17.「アレが足りんよ。アレ」

「……おい。もうちっとゆっくり食えねえのか」

「んぐ、両手使えないからって……もぐ。リオにあーんされるとかこれもう立派な拷問。カツ丼食べまくって全部君にツケるから」

「言っておくが、この代金は後でお前の貯蓄から引き落とすんだからな」



最悪。


俺は警察署に連行されると、そのまま聴取室へ投げ入れられた。腕を椅子の背もたれに縄で拘束され、まったく動きができない。血流も悪くなってきたのか、腕の感覚は無くなる始末だ。流石に食べきれないと首を横に振れば、リオはやれやれと箸を置く。俺は気を取り直して、口をすぼめては心底不服そうに呟いてみせた。



「誤認逮捕なのに……」

「それはどうだかな。バーミリカ嬢のこともある。それと、タンジー・ガーネットも」

「は? タンジー?」



予想外の名前に、目の前のリオへ疑問の視線を向ける。彼は軽く舌打ちをした後、「しらばっくれやがって」と続けた。


俺とあいつしか居ない静寂の中で、時計の針だけが平然と時を刻む。いつもよりゆっくり、そして大きく。俺の鼓膜を揺らし続ける。


リオは心底蔑んだ面持ちで言葉を放った。



「お前のところのバイト。タンジー・ガーネットも昨日から行方不明だ。で、何処に隠した?」

「……俺じゃない」



心臓がバクバクと脈打って、悪い血流が更に乱散するかのようだ。目がチカチカしてくる。リオがこちらを怪訝そうに睨みつけたところで、さっき蹴られた鳩尾が鋭い痛みを走らせた。


他人事じゃない。


俺だって殺人においては、そいつやそいつの周りの関係性なんて気にしていない。むしろ知らない奴を選んだことの方が殆どだった。今回の誘拐だって、他人事じゃない。事件は何時何処で起きるかわからない、自分が巻き込まれたっておかしくないハズなんだ。



「俺じゃない」

「……ああ、そうかよ」



リオは顔を歪めると立ち上がり、互いの狭間に置かれていた机を蹴っては端に追いやる。悪に憤る双眸は、酒場で会った時よりも随分と鈍く光っていた。これが正義か、最早嘲笑してしまう。それが、誰に対してか……おそらくは自分自身に向けてだろう。


背中に付属していた鞭を片手にしならせる正義の姿に、俺はそっと目を閉じた。リオが口角を歪める気配がして、体の芯に力を込める。


ああ、これが正義だっていうのなら、なんて醜いものなんだろう。






°˖✧◇✧˖°






「……あれ」



冷たい石の感触で目を覚ます。手足を縛られた状態で、石の床に寝そべっていたらしい。少しでも動けば、鞭によって蚯蚓脹みみずばれになった箇所が鋭く痛み、呻き声をあげる。それでも強ばった身体を叱咤してなんとか上半身を起こすと、すかさず辺りを観察した。


目の前にはツンと澄ました鉄格子の連続。近くに人の気配はあるものの、ごく少数だ。死んでいるのかと勘違いしてしまう程に、彼らは横たわったまま口も一切開かない。天井も床もコンクリートのようだが、部屋の隅に空いた小さな穴からは硬い金属板が覗いていた。おそらく、ここから逃れようとした者が削ったのだろう。


振り返ると、天井近くの壁には小さな窓が設けられていた。とはいえこれにも鉄格子はあるのだが。……外は清々しいくらいに晴れ渡っていて、段々と春に近づいている陽気が垣間見えた。なんだか今は、歪に感じる。


額の冷や汗を肩に押し付けるように拭う。すると、お腹が阿呆みたいな音を鳴らした。結局、カツ丼は吐き出してしまったみたいだ。俺は再び床に横になると、全身を脱力させた。






°˖✧◇✧˖°






「……」



鞭を強く握り過ぎちまった。手に広がった痣に視線を落とし、静かに握り込む。背後にしまった武器はやけに硬く感じて、違和感を覚えてしまう。


警察署内の自室にて、自分の椅子にどっかりと座り込んでいた。手を開閉して、無駄に時間を消費していく。本来なら何か行動を起こすべきなのに、どうしても力が入らなかった。



「80点」

「……そうですか」



目の前に突如として現れた老年の紳士。帽子を取って会釈をしようとした矢先、丁重に断られた。俺の部屋にノックも無しに入れるような輩はごく少数。ましてや、各業界に鎮座するトップともあろうお方だ。何より今回の事件の被害者家族の一人でもある。


底知れない威圧感、いや、何か奇妙なオーラを放つ一人の男に、俺はただ息を飲むことしか出来ない。カリスマと言えばいいのか、しかしその言葉では不十分に思えてくるような。背丈はお世辞にも高いとは言えない。仕立てたばかりらしい、新たなブランドのスーツに身を包んで、片手には中折ハットを携えている。丸メガネの奥の瞳は淡い翠……髪色は霞んだ藍色をしており、あのお嬢ちゃんとはまったく似ていないと感じざるを得ない。


俺が黙考している様に、続きを促されているとでも思ったのか。男は口角を不自然に上げて、あくまでも友好的に語りかけてくる。



「鞭さばきは実に良かった。流石、君はなかなかのものだね」

「ありがとうございます」

「ただ……そうだなあ」



意味も無く楽しげに話す彼の事だ。俺が警察官になってすぐからの付き合いだから、否が応にもそのくらいわかっている。俺はどうやら気に入られているらしい。決して嬉しくはないが。



「嫌悪はバッチリなんだが、いかんせんアレが足りんよ。アレ。なんて言うんだっけな〜、えーっと?」

「……」

「おお、そうだそうだ。君にはまだ、あの男に情けをかけている節があるんだ。もっと冷徹さを持ちなさい」

「情けなど」



途中まで反論したところで、ハッとする。しくじった。俺は1歩引きつつ相手の顔色を伺う。同時に、鼓膜が痛いくらいに揺れ動くことになった。



「私が言っているんだ間違いは無い!! なんだ、なんだなんだなんだ? お前は一体何様なんだ? 口答えする権利は貴様になど無い! くれてやるもんか!!」

「申し訳ございません」



即座に最敬礼での謝罪に移る。紳士は肩を大きく揺らして荒々しい呼吸をしていたが、急にピタリと止んだ。先刻までの人当たりのいい笑みにすり替わり、落ち着いた声音で俺を押さえ付ける。



「いいかい、リオ。君には期待している。そう、昔の私のようでね。つい気にかけてしまうんだ」

「光栄です」



光栄なわけが無い。一緒にされては困る。


俺が上司やコイツからの理不尽に耐えているのは、悪を挫く為だ。正義を貫く為だ。


そう強く思った時、一瞬だけ、あいつの顔が浮かんだ。不貞腐れたようにカツ丼を貪る旧友。悪だった、友。


あいつが犯人だという証拠は不十分だ。まだ調査を進める必要があり、判決はそう近くないだろう。


だが、それでも。


俺は正義であり続けなければいけない。



「ハハハ。つくづく、いい表情(カオ)をする男だ」

「恐縮です」

「君ならきっと、私の娘も連れ戻してくれるだろう。バーミリカを頼んだよ」

「かしこまりました」



クレイシー家の主は、俺の味方という立ち位置。腐っても正義の味方というわけだ。足取り軽く去っていった老年の男は、その権力も相まってかなり頼りになる。あの情緒不安定な気質さえどうにかなれば、ただの便利屋扱いで済むのだ。


イノセントの奴は、結局罪を認めないまま牢屋にぶち込むことになった。まあいい、時間はまだ残されている。真相を炙りだそう。



「……俺が正義だ」



独り言は確かな核を持つ。自室にポツリと浮かんで、そして消えた。

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