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週末ゆるふわスプラッタ。  作者: 早瀬 小鳩
16/20

16.「『酒を育てたいんだ』」

「店の裏口か。おい、鍵は」

「これ」



顎で腰に下げたキーホルダーを示せば、リオは用心深くゆっくりとそれを手に取る。しばらく複数の鍵を見定めた後、裏口の鍵を見つけた。鍵穴に差し込もうとしたところで、動きが止まる。


複数の警官に囚われた俺は、後ろから疑問の声を投げかけた。



「どうしたの」

「開かねえぞ。なんだこれ……鍵穴に詰め物されてやがる」



鍵を投げ捨てたリオ。もう少し丁寧に扱ってくれても……と思う間もなく、俺は彼の元に引きずり出される。手錠が手首に食いこんで、軽く目眩がした。腕を捕まれ起こされれば、リオは冷ややかに命じてくる。



「手伝え」

「何を」

「扉、蹴破るぞ」



お前に拒否権は無い。彼の物言いから、その意志が容易に汲み取れた。生唾を呑み込んで、しぶしぶ頷く。脚に力を込めたが、そこまで痛みは感じなかった。とはいえ、逃げられるかどうかとは別問題だが。生憎、これ以上疑われたくはないから大人しくするつもりだ。



「「せーの!」」



ドゴッ、と鈍い金属音が響く。脚に伝わる衝撃は相当。蹴り方を誤ったようで、爪先が痺れを伴う。


彼奴も痛いハズなのに、平然と立ち振る舞う姿からは微塵も感じ取れなかった。周りの警官に素早く命令するリオは、酒場で水を啜る痛々しい男とはワケが違う。


正義のヒーローってこんな感じかな。悪を裁いて世界を平和へ導く。俺はバーミリカに、正義になれと言われた。でも。


俺はこいつほど正義に貪欲にはなれない。きっと一生、リオくらい真っ直ぐにはなれないと思う。所詮、“偽善”では本当の“善”には勝てない。



「ありません!」

「チッ……おいイノセント。着ぐるみは何処だ、吐け」

「知らない。だいたいさあ、鍵穴に詰め物とか俺がやる訳ないでしょ」



リオは何処か残念そうに顔を歪めて、帽子を深く被りなおす。手錠を上下左右に動かす俺を一瞥してから、周りのお仲間に命じた。



「連れて行くぞ……とりあえず、事情聴取だ」

「暴力は止めてね」

「お前は黙ってろ」



止めてって言った直後、鳩尾への拳殴打。朝食が口に溢れて、どうにか押し留める。頬を膨らませて青ざめる俺に、どこまでもリオは無感情だった。あるいは、そこにあったのは激しい憎悪だったかもしれない。いかんせん頭の働きが鈍い頃のことだから、あまりはっきりとは見えなかった。


俺は、大人しくパトカーに乗り込むことになる。






°˖✧◇✧˖°






「え〜……本当かい」

本当(マジ)なヤツですね」



イノセントがリオによって拘束された頃。明朝に閉めたばかりの店で、ポスコが口角を引き攣らせた。目の前には、大量の荷物を抱えた少女の姿が一人。無遠慮に店内に立ち入ったかと思えば、近場のテーブルに荷物を載せる。


そのまま“奥”に入ろうとするバーミリカを引き留めて、ポスコは合言葉を催促した。からかい半分に腰を屈め、視線を合わせる。



「さ、あっちに入りたいんなら早く言いな」



イノセントが耳を塞がせ、聞かせないよう努めていた文言。バーミリカは後ろ手を組んで、いつもと変わらぬ笑みでさらりと返す。



「『酒を育てたいんだ』」

「はい、オーケー」

「ふふ、これ言うの何年ぶりだろう」

「……本当にアンタは、小さいくせに悪い女だね」

「小悪魔系女子って言ってくれません? 荷物運ぶの手伝ってください」

「はいよ。ったく、いくらアンタの親に借りがあるって言ってもねえ……」

「苗字の酒言葉に相応しい口にしてくださいよ」

「早口。あー怖い」



アディントンの酒言葉、“沈黙”。それが大衆酒場を営むきっかけとなった訳では無いが……ポスコは過去を回想せず、ただ目の前に居る恩人の娘を見下ろした。ふっ、と笑みを忍ばせたところを、彼女に見咎められる。顰め面をした相手に両手を上げては、どうどうとたしなめた。酒場の女主人は伸びてきた前髪を左右に避けつつ、バーミリカの荷物を軽々と持った。灯りの無い“奥”へ、吸い込まれるように二人は姿を消した。


入り口には冷たく無機質な『CLOSE』が掛けられたまま。メインストリートの賑わいには、まだ早い。



「それで」



これからどうするんだい。酒場の“奥”の照明を付けて、ポスコはバーミリカに相対する。テーブルに置き直した荷物を一瞥して、少女はポスコに向き直った。二人の間には各々のグラスがあり、氷水がツンと澄まして状況に溶け込んでいる。


バーミリカは特に飲む訳でも無く、ただ両手でグラスを持つ。水面に反射する自分を面白そうに眺めては、ポスコに人懐こい笑みを浮かべ直した。



「えへへ、どうしようかなあ。ポスコさん宅に行っちゃおうかな」

「冗談はいいから」

「……ほーんと、つまらないオトナですね。お兄さんの方がずっと面白かった」

「そのオニイサンを捨てて、一人でトンズラして来たんだろ? よくやるねえ」



片手でグラスを持ってはぐるりと回すポスコ。カラン、と涼やかな音を鳴らして、氷にヒビが入る。バーミリカは笑みを引っ込めると、そのままグラスに口を付けた。冷ややかな感触が舌を通過して、食道へと注ぎ込む。胃袋まで冷えた心地で、寝起きに揺蕩っていた頭は完全に覚醒していた。



「別に、捨てた訳じゃない」

「ほう」

「……とにかくですねー、私はやらなきゃ行けないことがあるんです! だから助けてください! 大人は子供を援助する義務がありますから!」

「正直は美徳だけど、アンタのお願い事は……面倒臭いものだと相場が決まってそうで、怖い」

「私一人じゃ限界があるから」



バーミリカが身を乗り出して言葉を放つ。相手が余裕を保った様子でグラスを持っているのを、じっと見る。しばらくの間があいた後で、やれやれとポスコが肩を竦めた。グラスの水を一気に飲み干して立ち上がる大人に、少女は目を瞬かせる。ポスコは得意げに片眉を上げて、酒場の女主人らしい快活な笑みを見せた。豪快に引き上げられた口には、白い歯が綺麗に並んでいる。



「仕方の無い女の子だよ全く。いいさ、どうせウチの客のツテでも使いたいんだろう? 好きにしな」

「ありがとうございます」

「礼はいいから、反抗期も早めに終わらせておあげ。こんな調子だと、親が可哀想に思えてくるよ」



ポスコが何の気もなしに放った言葉に、バーミリカは束の間表情を固める。そっと息を吐くと、眉を下げて微笑んだ。



「反抗期じゃないですよーだ」



反抗期なんて、そんな甘い言葉で終わらせてたまるか。

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