14.「なんでもないです! てへ!」
「おにーいさん!」
「……」
「そうプンプンしないでください」
慣れた手つきでチャーハンを炒めるイノセント。隣ではサラダ用にとタマネギを千切りにするバーミリカが涙を拭う。
店を閉じ、月が夜空に現れる頃合。少女の手玉に取られる形となったイノセントは、仏頂面で晩御飯を作り続けている。手伝いに来たバーミリカには指示こそ出せど、それ以外は沈黙を保ったままだ。流石に堪えてきたバーミリカは、包丁をべし、とまな板に叩きつけて大声を出した。
「もう、なんなんですか! うじうじうじうじ……このうじ虫!」
「別に」
「沢尻エ○カ気取りも大概にしてくださいよ!」
「それダメなやつ」
ヴ〜、と小さく唸ったバーミリカは、ふと何かを思い出したかのように目を丸くする。「そういえば」と声音を元に戻し、口をへの字にしたままの青年に話しかける。
「ちょっと怪しい人を見かけたんですけど」
「俺は怪しくない確かにこっそり殺してるけど別に堂々としていいなら俺にも考えが」
「違います。何言ってるんです?……酒場で喧嘩してたチンピラさんなんですけど、ずっとタンジーさんを見つめてたんです」
「アイツは俺と違ってモテるからいつものことだから」
(不貞腐れてる……)
お兄さんは見た目はいいのに、ちょっとしたところが残念なのだから致し方ない。それでも振っているフライパンからは、1粒たりともチャーハンが零れず。そこは流石プロというか……。
「器用貧乏?」
「何? バーミリカ」
「なんでもないです!てへ!」
タマネギの大きな欠片を、包丁でザクリと切り刻んだ。
(しかし、タンジーも色んな輩に付きまとわれてるのか……災難だな)
イノセントの解釈は、そこで終わった。
°˖✧◇✧˖°
「……?」
大きな物音で、イノセントの意識が覚醒する。夜もだいぶ深く、通りを歩く人影も少ない。音がしたのは、1階の店内だ。ということは、盗人か……。スウェットのポケットに携帯ナイフを忍ばせつつ、イノセントは静かにソファから降り立つ。
バーミリカは彼のベッドで眠りについているようだ。一定の呼吸音に目を細めてから、玄関先へと向かう。サンダルを履いて、小走りで階段を駆け下った。
店のドアは開け放たれていた。いくらなんでも不用心というか、抜けている奴だ。しかし、鍵自体は壊れていない。イノセントとタンジーしか所持していないのだから、忘れ物を取りに来たタンジーか、鍵開けの得意な奴の仕業か。後者でないことを祈りたいが、だからと言って前者も信じ難い。彼女のことだから、たとえ深夜でもイノセントに一言断ってから開けるだろう。さて、どちらなのか。
スマホのライトを点灯し、慎重に店内へと入る。明かりは何処にもない。レジを確認したが、金品は盗まれていないようだ。食材の無事も分かったところで、ほっと一息つく。
「なんで裏口は開いていたんでしょうか」
「うーん、なんでだろ。もしかしたら、俺の閉め忘……うおっ」
暗闇の中、突然背後から聞こえた声にビクリと肩を震わせる。スマホのライトを無遠慮に当てれば、眩しそうに表情筋を歪めたバーミリカの姿があった。浮き上がった彼女の顔に、再度驚いてしまう。
「なんで此処に」
さっきまで寝ていたじゃないかと、イノセントは目を瞬かせて問う。気配に気づくことが出来なかった、自分にも驚きだ。
対してのバーミリカはまだ眠たげで、へにゃりとした笑みを浮かべる。
「お兄さんてば、急に外に出ていくんですもん。何処の女の人を夜這いしに行くのかなって」
「バーカ!」
拍動する心臓に羞恥を覚えつつ、どこまでも自由気ままな彼女を睨めつけた。どこから調達したのかしれない桃色のパジャマの右肩部分はずり落ち、白いブラジャーの紐部分が露わになっている。ぽやぽやした顔は引き締まることなどなく、楽しそうに口角を引きあげていた。
「早く戻るよ」
「はーい」
素直に頷く彼女は、イノセントよりも先に裏口を出た。意外と手こずらなかった為に拍子抜けした彼は、ハッとして後を追う。鍵を閉めたのをよくよく確認してから、彼女と共に2階へと上がって行った。
「アイツ……!」
咥えていた煙草が足元に落ちた、戦慄が走るリオのことなど知らないままに。




