13.「嫌だなあ」
「お待たせしました!店長さん特製のミートドリアです!召し上がれ!」
「うさちゃんめちゃカワ〜、てかドリア美味しそうインステ映えしそう」
「えっ、ちょっとツーショットお願いしてもいい?」
「はーい!」
私は弾んだ声で許可すると、流行りに敏感そうな2人組の女性がスマホを取り出した。片方がカメラを構え、もう片方は私の手に肩を置いてピースを作る。パシャリと機械音が鳴った後に解放され、私は厨房へ向き直り、彼女たちは満面の笑みでドリアを頬張り始めた。
せっせと料理をこしらえるお兄さんに、料理を運ぶついででそれとなく話しかける。彼はこちらを向いてくれないけど、話はいつも聞いてくれている方だから助かりまくりだ。
「黒うさぎ、めちゃくちゃ人気ですよね」
「自分で言うー?……否定出来ないけど」
「看板キャラにでもなりましょうか、ついでに店名もスマイルからブラックラビットに」
「君の場合はラビットじゃなくてバニー。あと却下」
どっちだってあんまり変わらない気がする。ちょっと不満に思って頬をふくらませたはいいものの、うさぎの着ぐるみでお兄さんには伝わっていないだろう。まあ仕方ない。
やれやれと手に持った盆には、覚えのある香りのコーヒーが一つ。思わずごくりと喉を鳴らして、凝視する。
(前に朝ごはんで出てきた、お兄さん特製コーヒー……!)
本当に頼む人なんて居たんだ。なんか騙されちゃったのか、はたまた一見さんだから分かっていないのか。舌がちょっと変わった人なのかな?だんだん混乱してきた。
頭をぶんぶんと振って考えるのをやめると、運ぶ先に座る客を確認する。今度はコーヒーを盆ごと落としそうになった。
酒場に居たプリン頭のチンピラさんだ。私と情報を交換しようとしたり。お金が大事……みたいなことも言っていた気がする。できるだけ自然を装って持っていくと、軽く頭を下げてから受け取られた。意外と丁寧な人みたいだ。でも非合法臭はヤバい。
一旦距離を置いて、ちらりとプリン頭さんの視線の先を眺めた。あちらの方向には男性ばかりだった気がするんだけど……カタギじゃない人との待ち合わせかな。
そんなこんなで観察していたが、ふとプリン頭さんの視線が動いたことで、ようやく事を理解した。
(あ、タンジーさんを見つめてるっぽい)
ここでようやく、昨日リオさんが言っていたことが脳内を駆け巡る。
『最近また物騒な輩が徘徊し始めやがった』
『奴は人を殺さねえ』
『女を攫っては売り捌くって話だ』
「……」
もしかして、もしかすると。これはそういうことになるのかもしれない。だけど、下手な騒ぎを起こしてお兄さんを困惑させるのも頷きがたいことだ。まだ、様子を見ていた方がいいのだろうか……手遅れになっちゃ、ダメだけど。
お兄さんの方を見て、プリン頭さんの方を見て、もう一度お兄さんの方を見る。よし、と小さく口元を引きしめた。仕事が終わって、落ち着いた頃に相談しよう。タンジーさんが危ないかもしれない、って。
「ぶひゃっ!?なんだこりゃ、甘えぐ苦ずっぱい!?」
プリン頭さんの噎せ返る音が、やけに耳朶を打っていた。
°˖✧◇✧˖°
「お疲れ様でしたー」
今日の着ぐるみの女の子は、誰だったんだろう。夕焼けも紺に塗りつぶされる時間帯の帰り道。人の少ない通り道の真ん中を歩いて、物思いに耽ける。
「妹は居ないはずだし、姉も、居ないよね?じゃあ……店長の、彼女さん……?」
いやな予感と心地悪い嫉妬が胸を駆け巡って、全身に鳥肌が立ってしまった。両腕で自分の体を抱きしめて、肩にかけたバッグがずり落ちても気にせずに力を込める。
「イヤ。嫌だなあ」
道端を、少しふらつきながら帰る。人通りの多いところではやたら人の頭の影を踏んで歩くのが好きだが、こうも静寂の中だと少ない上にやりにくい。
私の後ろには、潰れたアリがたくさん転がっていた。もやもやすればするだけ、アリに圧力をかける。特に思うところはないけれど、時折無性にこうしていたい時があるのだ。
店長は、こんな私でも受け入れてくれるかな。
「……はあ。もう」
不意に立ち止まって、腕をだらんと下げる。アリの列を辿っていたら、行き止まりに来てしまっていたようだ。振り返って戻るも、潰れたアリしか居なくて寂しい。なんだかとっても寂しく思う。
____と、いつもならそうだったのだろう。でも、今日は違った。
「きゃっ……」
あっという間だった。後ろに立っていた男におかしな液体を噴霧されると、一気に意識が遠のいて行った。最後も何もない、何も知らないまま、私は何処かへと運ばれていくことになるのである。




