12.「まさかね」
「ただいま」
「お帰りなさいお兄さん!」
「おいてめぇ、人に勝手にガキ預けやがって。どういうつもりだ」
「ああ助かったよ。どーもね」
「それだけかよ!……ったく」
頬杖をついて俺を睨みあげるリオ。だけど、なんてことは無い。所詮は雰囲気がちょっと怖いだけの男である。
そういえばリオは、学生来の付き合いが唯一続いている貴重な奴だ。お互い態度は今も変わらないけれど、距離はどうなんだろう。色んなことがあって、青春が過ぎて、大人になってしまったから。……俺が人殺しになって、あいつが警察になった以上、深く関われることなんて無い。
「お兄さん!まだ何か用事あるんですかー?」
「ん。ああ、いや?帰ろうか」
「はい!」
俺の顔に影が差すと、いち早く反応したのはバーミリカだった。つくづくこの子は鋭いと思う。正直ちょっと恐怖だよコレ。
ガスマスクからでも見えて来そうな彼女の瞳から目を背け、リオに笑いかける。業務上など関係なし、ただ単に酒に弱いリオはいつも通りちびちびと水を口に含んだ。ここが酒場であることを感じさせない冷静な素面で小さく頷く。
「んじゃまた。悪いことしたらぶっ殺すからよ、気ィつけな」
「そっちこそ、警察のくせにやらかしたら俺がぶん殴ってあげるさ」
「へえへえ、よく言う」
人の悪い笑みを口の端にちらつかせ、リオは首をもたげた。すると何かを思い出したようで、「お」と声を上げる。バーミリカを時折見ながら、俺に忠告した。
「そういや、最近また物騒な輩が徘徊し始めやがった」
「通り魔とか?裏路地とかで襲ってくるみたいな」
「んなの聞いたことねえよ。奴は人を殺さねえ」
どうやら俺とはまた違う奴らしい。ほっと一安心すると、隣でバーミリカが笑ったような気がした。気がしただけかもしれないけど。
リオは人差し指を立てる。二色が混じった双眸が、俺を捉える。
「女を攫っては売り捌くって話だ。そこのお嬢ちゃん、守ってやれよ」
「そうですよお兄さん!全力で!全開で!守ってくださ」
「情報どうも。さて帰ろうか」
「遮らないでくださいよ」
ぺちぺちと叩いてくる少女には目もくれず、軽くリオに挨拶しては、店先へと歩を進めた。ポスコさんは追加注文だかなんだかで忙しいみたいだから、お代は今度まとめて払おう。いつものことだ。
ちょうど同じ頃合い、リオに怒られた2人も席を立ったみたいだった。情報とバーミリカを交換しようとした男はそのまま、両手をポケットに突っ込んで去っていく。一方、もう片方のメガネは駐車場へ。トラックでも取りに行くのだろう。中身は何だか知れないが。
トラックでの配送業を営むアイツには、いつも死体を回収してもらっている。性癖は人のことを言える程では無いが、変わったヤツだ。
視線を少しだけやってから、真っ直ぐ前を向いた。バーミリカの行く宛は見つかっていない。もう少し居てもいいだろうなんて、少し甘いだろうか。
ガスマスクを外して深呼吸をする、彼女を見下ろした。すぐ手にかけてしまうには惜しいと思い始めた。そんな自分がいる。
「……そういや、クレイシー家の長女も失踪か……同じ奴にでも攫われたクチだな」
酒場でリオが独り言を零しているのはつゆ知らず。明日は金曜日だなんて考えながら、2人で帰路についた。
°˖✧◇✧˖°
「いらっしゃいませー」
昼も間近になった時間帯、段々と客数は増えてくる。タンジーもいつも通りせっせと働いてくれて、うまく回っている次第だ。
今日は朝が1番大変だったのかもしれない。バーミリカが「今日こそ働きます」と意気込んで来るものだから、必死に引き止めたのだ。結局、バーミリカは泣き真似をしながら部屋へと引きこもったのだが。
男性客がタンジーと会話しているのを見て、ふと昨日リオに言われたことが頭によぎった。
「女を攫っては売り捌く、ね……」
卵を白身と黄身に分けて、前者はメレンゲ用のボウルへ、後者は丼物の上へ載せる。盆に味噌汁とセットで置いてタンジーに運ばせ、白身を泡立てる。
「まさかね」
砂糖を加えたところでもう一度確認すれば、彼らの座っていたところには新規客の姿。なんてことは無い、一般人だったみたいだ。妙に慎重になる自分自身に、思わず苦笑してしまう。力みすぎ。
今日のメレンゲは、少しだけ失敗かもしれない。
「何あれ。可愛い〜」
「なんかのイベント的なアレかな?インステ上げとこ」
(窓の外に何か居るのか)
イベントなんてあっただろうか。たまたま通りかかったとか?とりあえず、メレンゲに集中する。一定のリズムでシャカシャカかき混ぜるのは、これ結構根気いるんだ。ほんとほんと。
次に耳を傾けると、タンジーが小声で自分を呼んだことに気づいた。
「て、店長!あのっ、あの子って新しく雇ったんですか……」
「あの子?」
目線は向けないまま応じる。なんだか店内がやけに騒がしい。シャッター音も鳴り止まない上、タンジーも慌て気味だ。彼女は泣きそうに細められた声で続く。
「わ、私の仕事が良くなかったとか……く、クビでしょうか。もう要りませんか?」
「は?なんのこ__」
「店長さーんっ。何作ってるんです?真っ白だあ」
「ああ、メレン……は?」
ぴょこん、と視界の端に揺れる黒耳。長さ的に、うさぎ。俺の手元をのぞき込む紅い双眸は若干透けていて、居候人の丸っこい瞳がちらりと見えた。
ダボッとした黒うさぎの着ぐるみを着た少女に、危うくメレンゲを落としかける。
「いや、は!?」
「倉庫に行ったらあったんですよー。店長さんが着たんですよねコレ」
「確かにメインストリートのイベントで1回……じゃない!勝手に倉庫に入っちゃダメだし着るのもダメ!」
「ダメダメ攻撃ですか」
黒うさぎは首をガクンと下げた。哀愁漂う着ぐるみなんて、ちょっとおかしい雰囲気だけど。そんな、余程暇なのか……。正直全然テレビなんて見なくて、バーミリカが現れるまでは完全に置物になっていたから。そんなに、つまんないの……?
「えーと、タンジー!しばらく店頼んだ!」
「えっ、あっ、はい!」
なんだか段々と申し訳なくなってきたけど、それとこれとは別。ぴょこぴょこ動くバーミリカのうさ耳を握って、店の奥通路へと引っ張りこんだ。
店の賑わいが扉で遮られ、少しだけ静かになる通路。俺が腕を組むと、うさぎ姿のバーミリカも真似をしてくる。どんな顔をしているのかは分からないが、きっと楽しんでいるのだろう。
「はい。じゃあ帰って」
「嫌です!」
バーミリカは両手を上げて抗議する。話とは裏腹に、ほのぼのしてしまうのは良くない。俺は全力で眉間にシワを寄せる。やはりというか、全く臆することなく言葉は続く。
「着ぐるみ着てれば年齢なんてわかんないじゃないですか」
「なんかの拍子に脱げたりしたら良くないでしょ」
「私、接客は得意ですよ!」
「どうだか」
「それに……それに……」
ついに言うことが尽きたか。俺は油断して彼女を見下ろす。しかし、そんなことは無かったらしい。仕組まれたようだ。
「お世話になってる、恩返しをしたくて……だめ、です?」
可愛いのは卑怯だと思うんだけどなあ。柄にも無くときめいちゃった自分が恥ずかしいんだけど。やだもう誰か殺して。
バーミリカもタンジーも敬語キャラで被ってることに気づいた今日この頃。許してください(((( ’ω’ ))))




