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週末ゆるふわスプラッタ。  作者: 早瀬 小鳩
11/20

11.「それは、どんまいです」

「……それで、さっきの問いの答えは?」

「俺がここを取り締まらない理由、か」

「それです」



煙草が吸いたいのだろう、反射的に懐を(まさぐ)るリオだったが、バーミリカを見て諦める。如何にも不機嫌といった顔をどうにか元に戻しつつ、煮え切らないといったような声音で言葉を発した。



「……上には逆らえないからな」

「上?」

「お嬢ちゃんにゃちと早ぇか……警察だってな、悪い奴は悪いんだよ」



何かを悟って諦めたような、暗く沈んだ瞳がバーミリカを捉える。双眸に映りこんだ自分に視線を突き刺したまま、更にまくし立てた。



「なんとかならないんですか?」

「なんとかなるなら既になんとかなってるだろ。俺には出来ない。上のボンクラ連中に一矢報いるには、力が足りねぇんだよ」



ぐっと強く握った拳を恨めしそうに睨むリオに、バーミリカはなるほどと頷いた。「それに」となおも続く警官の言葉に耳を傾ける。



「多少の悪が必要なのもまた事実だからな」

「……」

「じゃねぇと、ほら……俺のやることが無くなっちまう」



乾いた笑いを見せたリオに、どうしても胸がギュッと苦しくなる。バーミリカはガスマスクの中でそっと顔を曇らせて、必死に自分を納得させようと、無理矢理に言葉を紡いでいる彼を見上げた。


きっと人一倍正義感が強くて、警官を志したのだろう。


しかし、いつの間にかしがらみに囚われて身動きが取れなくなってしまっている。成すべきことを成そうとしたのに、それができない状況に知らず知らずの内に足を踏み入れてしまった。


もがいてもどうしようもない現状に絶望し、諦観し。彼は堕落しようとしている。



(リオさんは、変わらないと)



変わって、変えないと。


そっと思考を巡らせるために口を(つぐ)んだバーミリカに違和感を覚えたのか、今度はリオから話を振ってきた。



「そういや、俺は名乗ったがそっちを聞いてなかった。お嬢ちゃん、名前は?」

「バムって呼んでください!」

「……え、ああ、バムって名前なのか?」

「そんなところです!」



最初は訝しげにバーミリカを見つめていたリオだったが、やがて懲りたようだ。はあ、と一息つくと、穏やかな顔付きで首を縦に振った。



「了解。で、お嬢ちゃんは一体なんで彼奴の所に……」



(結局バムって呼んでくれない……!)


ぴしゃーん、と背景に稲妻が走る感覚でショックを受けるバーミリカ。リオは自分の話が耳に入ってなさそうなバーミリカをジト目で睨んだ後、もう一度言い直そうと再度口を開く。しかし、それはできなかった。



「ああ゛!?もういっぺん言ってみろやてめぇ!」

「んだってえええっくしゅっ!ぶぇっくしょい!」



グラスの割れる音が響き、客たちの視線は一際騒ぐ2人に注がれた。男同士、胸ぐらを掴んで今にも殴り合いそうな勢いである。どうやら酒に完全に呑まれたようで、なんらかの話をしていた途中で衝突が起きたようだ。


黙って立ち上がったリオに続くように、バーミリカも腰を上げた。2人の男に近づけば、容姿がはっきりと目に見えてくる。


1人はさっき、イノセントとバーミリカの元へやって来ては情報とバーミリカを交換しようとしたチンピラ風の男。もう1人、盛大にクシャミをした男は知らない人物だった。



「人間の何が美しいって、死体だよ死体!分かってないなあもう、馬鹿なの!?」

「気持ち悪いこと言いやがって!生きたまま売り飛ばした方が金になるだろが!あ゛あ!?」

「離してよ、金しか脳みそにないんだから!馬鹿が伝染る!」

「てめぇ!」



(死体フェチさん?)


物騒なあだ名をこっそり付けて、バーミリカはガスマスク越しに観察する。ちなみにリオは、バーミリカの斜め前で腕を組んだまま黙り込んでいるようだ。


ひょろっとした痩身、背はかなり高い方だ。糸目気味の上、ウェリントン型のメガネが光を反射していて瞳の色はよくわからない。左目の下あたりには泣きぼくろが1つ見えた。栗色の髪は毛先につれて淡い青に染まっている。ストレートな髪質は大分状態が良くて、バーミリカには大層羨ましい。白いワイシャツにベージュのカーディガンを羽織り、袖はいわゆる萌え袖。黒いズボンは少しだぼっとしており、どうにも締まらない人物だ。か弱そう。



「生身!」

「死体!」

「儲け!」

「美学!美意識!君とは違うんだー!」



ぺいっと相手の手を払い除けて、腰に手を当て憤慨する青年。プリン頭のチンピラも心底イラついたように口のへの字に曲げ、憎々しげに青年を睨みつける。



「お嬢ちゃん。本当に煙草、吸っちゃダメか?」

「はい」

「そうか。なら……おいてめぇら!」



唐突に再確認してきたリオに即答するバーミリカ。憮然としたリオは彼女に目をやることなく、2人の男達の前へと歩を進める。2人共見事に揃ったタイミングで、キレた顔をそのままにリオに視線を注いだ。



「おうおう誰だてめぇ!そのナリはポリ公のようだが」

「邪魔しないでよ!今からこのお馬鹿プリンに怒りの鉄槌を、」

「だぁれがお馬鹿プリンだこの野郎!!」

「黙れ」

「「ひっ」」



メリ、という少々グロテスクな音が聞こえた気がした。バーミリカも含み、リオという存在を理解していない新参者は目を剥く。それはチンピラも青年も同じことだった。


さっきまではすっかりくたびれた負のオーラを纏っていたのに、今はとんでもない気迫が感じられる。相手を圧迫するような、威嚇のような。洒落にならない雰囲気に、それぞれ片手で頭を鷲掴みにされた2人の男は息を呑んだ。糸目の青年も、今では群青の瞳がばっちり眼孔を開かせている。



「煙草が吸えねえんで苛立ってんだよ……ここでは俺ァ手出しできねぇ。できねぇが……外出た瞬間から、気ィつけろよ」



ドスの効いた声に萎縮し切った2人はしばらく口を金魚のように開閉するだけだったが、「返事は!?」と後押しされると情けない声で「はい!!」と応じた。常連はやれやれと肩を竦め酒を嗜むが、新参者は口を噤んだままだ。そんな折、一際大きく放たれた笑い声が店内に響く。



「くく、あっはっはっは!本当にあんたが居ると商売が楽ってモンだよ、警察の坊や」

「他人事みたく言いやがって……なんなら金でも踏んだくってやろうか」



警察らしからぬ暴言にフンと鼻を鳴らしたポスコは、そのまま“奥”から出ていった。バーミリカは戻ってきたリオと一緒に先程の席に座って、水を一気に仰いだ警官に口を開く。



「貫けない正義って、不憫極まりないですね」

「……」

「いつか報われる日が来ると、いいですね」

「……んだ、お嬢ちゃん。悟ってんのかアンタ」



フッと口角を歪ませた警官は物憂げに、空っぽになったグラスを握りしめたまま見つめる。その間何かを考えるように瞬きだけしていたが、やがてまたやんわりと笑みを浮かべた。困り眉でバーミリカの方を向く。



「にしても、アレだ。ガスマスク姿のお嬢ちゃんにそんな言われようしてるなんざ、ますます惨めに思えるぜ」

「それは、どんまいです」

「へぇへぇ」



段々と、客達の間には元の喧騒がかえって来る。イノセントが戻ってくるまで、2人は何も話さずに周囲の音だけを、鼓膜に揺らめかせていた。

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