8、強襲
翌日。波多野と美咲は、ICPOからの正式な協力要請が入り、本庁へ戻る。
表向きは、祖母の新車は谷底に落ち、逃げていた葛とラティファは行方不明。
刑事の2人は、その捜査をしている事になっていた。
「連絡は、この携帯を使ってくれ。無線機は、警察無線の傍受用だ」
波多野が麓の道路に、太陽電池内蔵の赤外線センサーをセットした。通る車があれば、山荘に警告を発報する
「淳士、頼んだわよ」
「お気をつけて」
ラティファと葛は、2人を見送った。
安全が保障された訳では無いが、2人だけの逃避行に比べれば、当面の住処と頼もしい仲間は、天啓の様に思える。
それから数日は、何事もなく過ぎた。
万が一の奇襲に備えて、逃げ道の確保も必要だ。
山荘の裏から抜ける林道を、ラティファを後ろに乗せて、葛はオフロードバイクで走る。林道は、麓に近い道路まで繋がっていた。
「凄く寒いけど、良いところだね」
山中の、陽の当たる場所で休憩していた。葛は、ラティファお手製の握り飯を頬張る。季節が夏で、追われている身でなければ、避暑地の行楽だなと思った。
「昼間だから良いけど、夜に奇襲されたら逃げるのも大変だよな。林道から上がって来られた時の事も、考えておかないとな」
手書きの地図を広げて、葛は事前の策を練る。
「カズラぁ〜。もう少しリラックスしたら?なんかピリピリしてるぞぉ!」
ヘルメットを片手に、防弾チョッキと防寒具で身を包んだラティファが言う。サイズは大きめで、ダブダブに見える。
「わかってるよ。俺たちには美咲さん達がいる。無事に帰れるさ」
「また美咲の話ぃ?もういいよ、山荘に帰ろう葛」
美咲の話になると、ラティファは機嫌が悪くなる。葛は、ヘルメットを片手に肩をすくめた。
美咲への定時報告は、葛の憩いのひと時になっていた。
傍受されない様に、携帯やパソコンのメールを使い分ける。
「それでね。加藤さんが可笑しくて」
美咲の張りのある声が、携帯から聞こえる。
夜の定時連絡は、ラティファが風呂中に行う。ICPOやバチカンの動きは今のところなく、たわいもない話で2人は笑い合う。
「じゃあ、また明日ね。おやすみ葛君」
「おやすみ美咲さん」
電話を切って、葛は美咲の事を思い浮かべる。
「この変態!」
いつの間にか、風呂上がりのラティファが、リビングに立っている。葛の妄想を読まれたらしい。
「ラティファ。頭の中で思うくらい、勘弁してくれよ」
「思うのは勝手ですけどね。なんで美咲さんが、葛の頭の中では、いつもブラウス1枚なの?」
「ええと、人間は強烈な印象を記憶に留める習性があって・・・」
「信じらんない!バ〜カ!」
妄想の中でも、美咲のブラウスを脱がせなくてよかったなと、葛はため息をつく。
その夜。寝ている葛は、外からの異音で目覚めた。ほんのわずかだが、空から機械音がする。
「ラティファ起きろ!ヘリコプターだ!」
手早く装備を整えて、寝ぼけている魔界女子を急き立てる。
空中からの来襲も想定してはいたが、微音で飛ぶヘリの音。自衛隊か米軍だろうと、葛は予想した。
寝室のベランダから、荷物を手に外に出る。あいにくと外は雨だ。林道に隠してあるオートバイまで、身を隠しながら、2人は移動した。
ヘリコプターには、米軍のマークが見えた。山荘の上でホバリングしている。兵を降ろすようだ。
暗視スコープを装備した葛は、バイクのライトをつけずに麓を目指す。敵の発見を遅らせるためだ。
何度もぬかるみで転倒しそうになった。
「もう少し、足が長く生まれたかったな」
なんとか下り坂を降りて行く。
幸いなことに、林道までは包囲されていなかった。
後ろ振り返る余裕もないが、直ぐそこまで追手が迫っている気がして、葛は焦る。
(落ち着いて葛。誰も追いかけて来ない。私は何があっても、あなたと一緒なら平気だよ)
心の声で、ラティファは葛を励ます。
舗装された道路に出ると、予定通り美咲が指示したポイントを目指す。
降りしきる冷たい雨の中、魔界少女を乗せて、バイクは闇の中を滑走した。




