6、逃走
「起きて葛。ねぇ起きて」
ラティファの睡眠魔法で、ぐっすりと眠りについていた葛は、魔界少女に揺り起こされた。
少し寝ぼけていた葛は、身体を起こし、壁時計を見る。
「どうしたのラティファ。まだ夜中の3時だぜ」
「誰かが外にいる」
葛は起き上がり、部屋の電気をつけようとした。
「ダメよ。気づかれちゃう」
魔界少女は、葛の目に前で着替え始めている。ラッキーとか思っている状況ではないが、葛は生着替えに目が吸い寄せられる。
「バチカンか?警察がこんな夜に動くとも思えないしな」
「葛も、早く着替えて!バチカンなら、ここに私達がいなければ、手を出して来ない。逃げるのよ」
(やっぱり自分もだよな)
と思った葛だが、約束は約束だ。
母屋の裏から脱出しようと、離れを出る。母屋に向かう廊下で、葛の祖母が立っているのが見える。
「おばあちゃん」
洋服に着替えて、バックを持っている2人を見て老婆は言った。
「ワシは耳だけは良くてな。外に何人かおる様じゃ。事情はわからんが、ラティファは追われておるね?葛の嫁じゃないのは、ワシは気づいとった」
さすがは、年の功だろうか。偽装工作は老人には通用しなかったようだ。
「すいませんお祖母様。あの・・・」
ラティファが声を出そうとするが、老人は人差し指を、自分の口元に持っていく。
「静かに。雨戸の向こうにおるようじゃ。母屋の台所から出んしゃい」
小声で葛達を誘導して、玄関から2人の靴を取り、台所脇の扉から続く納屋へ導く。
「いいか、寺にある赤い外車は、ワシの車じゃ。和尚に貸しておってな。あと、金もいるじゃろ」
老婆は葛に、車の鍵と、現金の入った分厚い封筒を渡す。
「ラティファさん。葛を頼んだぞ。葛、しっかりやれ。悔いの残らないようにな」
「ありがとう、おばあちゃん」
2人は、納屋から外へ出る。雑木林が連なっていた。音を立てない様に、お寺の方面へ移動していくと、祖母の家からけたたましい火災報知器の音が聞こえる。
老婆が、侵入者を威嚇するために鳴らしたのだろう。
「行こう、ラティファ。俺の家族は大丈夫だ」
駆け足になり、お寺を目指す。その後の事など、考える余裕もなかった。
祖母の所有している車に乗り、監視カメラを気にして下道を走る。スマホの電源も切った。ラティファを追う、追跡者の手から逃れるためだ。
「さて、どうしたものか?魔界からの迎えが来るまで、ラティファと逃げ切れれば、こっちの勝ちだよな」
葛は、行くあてもなく車を走らせる。
ナビを都心に設定した。田舎で赤い新型の外車は、目立つと考えたのだ。
魔界少女は、グリーンの瞳を葛に向ける。
「葛、ごめんねぇ。私、言ってない事があったの」
葛さんから、呼び捨てに「格上げ」された純真男子は、少し良い気分だ。
「何?運転なら任せとけ。駐禁でゴールドじゃないけど」
「あのね。魔界の民と契約した人間は、バチカンの解釈だと、使役された同類とみなされる」
「なるほど、魔界の使い魔って所か」
監視カメラなどなさそうな、個人経営の商店に葛は車を停める。時刻は昼前になっていた。
グリーンの虹彩が目立たない様に、ラティファは、茶色いレンズのサングラスをかける。
「そして、魔界の存在を知る葛を、バチカンは放っておいてはくれない。私が無事に帰還しても、彼らはあなたを拘束する」
「なんの、利用価値もないのに?」
「殺された方がまだマシ。深く魔族に関わった者は、ロボトミー手術で記憶を消されて、一生隔離される」
ずいぶんと背筋が寒くなる話だ。国家が絡んでいれば、遅かれ早かれ発見される。
「一緒に魔界にって訳には、行かないよな」
「そうしてあげたいけど、人間は魔界で生きてはいけない。多分、半日も持たないわ。重力差も、空気の質も全然違うもの」
「とりあえず、ラティファの迎えが来てから、自分の事は考えるよ。どこかに隠れる場所でもあればいいけど」
車から降りると、葛は商店に買い出しに行く。ちょっとしたピクニック気分だ。
買い物袋を片手に、店を出る。
助手席側に立っているラティファの前に、紺のスーツ姿の女性が見える。拳銃を構えている。
「水晶玉を地面に置きなさい!本当に打ちますよ!」
女は、ラティファを威嚇している。
葛は、買い物袋を投げ捨てて、2人の間に立った。
「待ってくれ!この子はそんなんじゃないんだ!」
両腕を広げて、ラティファを守ろうとする葛。目の前の銃口を見つめる。
「正木葛さんですね。電話をした警視庁の者です。その娘は、魔界から来た使者です。なぜ、見ず知らずの人を守ろうとするのですか?」
「そう決めたからさ!この子だけは俺が守る。頼む、見逃してくれ!」
間伐入れずに、葛は答える。
リボルバーがゆっくりと回転する。葛には、スローモーションに見えた。
「ラティファ伏せて!」
咄嗟にラティファの前に立ち、その身体に覆いかぶさる。歯を食いしばり、きつく目を閉じた。
カチリ、という音がして、女は銃口を下げた。
「見上げた根性です。警官の銃は、一発目は装填しません。私もプロですから」
女は笑顔になると、銃をショルダーホルスターに収めた。
「正木さんが、催眠術などで利用されていないか、攻撃能力を有する、魔族の仲間ではないか、確認をさせて頂きました。驚かせてしまって、ごめんなさい」
そうは言うが、離れた場所に止めてあったSUVから、刑事らしき男が降りてくる。ラティファが魔術を使ったり、葛が女刑事に反撃しようとすれば、躊躇なく男は撃っただろう。
周辺に目撃者がいない事を確認して、刑事達は、葛に車を乗り換える様に言った。
「あなた方は?」
「私は、天堂美咲、こちらは加藤と言います。警視庁にも、バチカンの言いなりにならない刑事がいるんです。私達は、あなた方の味方です」
葛は、拳銃を向けてきた相手を信用して良いものか、と考えていた。
「国家を甘く見ない事だ。逃走車両は、直ぐに警察にわれた。間も無くバチカンも追ってくる。早く!」
加藤に急かされ、美咲の車に荷物を移動する。真っ赤な外車は、加藤が運転して捜査を撹乱させるという。
「そんな事をしたら、あなた方まで追われますよ」
後部座席に、葛とラティファは座った。
「私達にも、知りたい事があるのよ。落ち着いたら話すわ」
天堂と名乗った女刑事は、車を出発させる。
刑事達の目的はわからないが、他に選択肢も無い。ラティファの肩を抱き、葛は大丈夫とうなずく




