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マサキカズラのクリスマス  作者: 大野ヨシオ
5/12

5、ニンゲンじゃない

 葛の父の実家に着いたのは、午後9時過ぎだった。老婆が4人を出迎える。


「良く来たな。この娘さんが、葛の嫁っ子かえ?あんら、お人形さん見たいにベッピンでないかい」


 茶の間に一家4人が揃って、正木一族の長老に挨拶をする。目を細めて、ラティファを見つめる祖母に、偽装がばれているのではないかと、葛は心配していた。


「おばあちゃん。ラティファの事聞いてたの?」


 ラティファが記憶操作した様子も無いのに、祖母は魔界少女の事を知っていた。


「いんや、さっきメッセンジャーでな。葛、これ新しい動くスタンプ見せてやるぞ」


 どうやら葛の母親が、祖母にメッセージを送っていた様だ。80歳を超えた歳で、スマホを使いこなすとは、大した老人だと葛は思った。


「んで、葛とラティファさんは、どこで知り合ったの?」


 しばらくは、嘘の馴れ初め話をする。葛とラティファは、テレパシーでやり取りして、なんとか話の辻褄を合わせる。

 家族の前で、婚約者の演技をする魔界少女は、葛にもたれかかる。思わず少女の華奢な身体を支える。


(これが本当なら、幸福の絶頂かな?)


 迫真の演技に合わせる葛は、気が気ではないが、ラティファは御構い無しに、話を盛り上げる。


「外人さんの嫁っ子は、葛が初めてだ。しっかりやれや葛や。どれ、風呂入って寝んべ」


 ラティファの話術で、話は尽きないが、祖母は眠そうにしている。時刻は11時を過ぎていた。


「あらやだ、もうこんな時間ね。御母さん、私たちはいつもの部屋を使わせてもらうわよ。葛とラティファさんは、離れでいいかしらね?」


 離れは母屋の廊下先にある、風呂トイレ付きの8畳部屋だ。葛の母親が、風呂と寝床の準備に向かう。


(い、イキナリ、初夜ですか!)


(葛さん、なに期待してるんですか?何かしようもんなら、身体ごと魂を喰らいますよ)


 ラティファのテレパシーが、冷たい刃と地獄の業火のイメージを送信してくる。

 葛は、一瞬、本当に匕首(あいくち)を喉元に突きつけられ、足元の炎の穴に落ちそうな錯覚を見る。


(そこまで嫌わなくてもぉ〜)


 惨めな気分であった。


 交代で風呂に入り、いよいよ就寝。

 離れ部屋に布団は1組。葛は毛布を手に、離れて寝ようとするが、寝巻きに着替えたラティファが、布団の上に正座して手招きする。


 ここで「ふつつかな者ですが」とか少女が言い出すと、ハッピーエンドだなと葛は思った。もちろん現実は甘くない。


「別々に寝ていたら、家族の方が怪しむじゃないですか。葛さんが何かすると思ってませんから。一緒に寝ますよ」


「しかし、俺も一応男だしぃ」


「契約は済んでいますから、私に手を出したら、必ずその報いを受けます。魔法契約を甘く見ない事です。葛さんの忍耐力を試すテストだと思って下さい」


 彼女になる女性以外に手を出せば、その代償は魂だと、ラティファは言う。


「が、頑張ります!」


 これも男の修行であると、自分に言い聞かせて、魔界少女と添い寝する。葛は布団の隅に寄る。


「葛さん、腕枕して下さい。私、腕枕で寝るの好きなんです。少し寒いので、身体をくっつけてね」


 テストにしてはやり過ぎだ。ラティファは、絶対小悪魔だと思いながらも、葛は言われた通りにする。


「では、おやすみなさい。明日は正木家の集まり。慎重に対応しましょう」


 そう言うと、魔界少女は葛の胸に手を置き、目を閉じる。


(俺は抱き枕代わりかよ!しかし寝顔は、普通の女の子だよな)


 心臓の激しい鼓動が鳴り止まない葛は、腕枕で寝返りも打てない。しばらくすると、ラティファが目を開ける。


「葛さんの心臓の音がうるさいです。止めてもいいですか?」


「彼女も出来ないうちに、死にたく無いかな」


「冗談です。もう一度おやすみなさい」


(魔族に言われると、冗談に聞こえないんですが!)


 葛の心の叫びを無視して、再び少女は眠りにつく。今度は、葛の首に手を回して抱きついて来る。

 華奢(きゃしゃ)な身体を密着させ、首元には吐息を感じる。とても冷静ではいられない。

 ラティファの寝顔を見つめながら、まんじりともしない夜が過ぎて行く。


「眠れませんでしたか?」


 朝方になり、ラティファがパチリと目を開ける。グリーンの虹彩(こうさい)が葛に向けられた。


(眠れるわけないだろ!)


 と、心の中で抗議するが、少女はどこ吹く風だ。


「少しは寝たほうがいいです。寝不足は判断能力を狂わせます」


 枕元に置いてあった水晶玉を手に持ち、ラティファは葛に向ける。

 布団の上でちょこんと座る魔界少女。寝癖の髪と、寝起きの顔が愛くるしい。


「短時間で、良質な睡眠が取れる魔法をかけてあげます。寝ながら葛さんが、どんな夢を見ても、私にはわかりませんから。良い夢を見て下さいね」


 ラティファの意味深な発言はともかく。睡眠魔法とかあるなら、最初から使って欲しかったな。と葛は思った。あっという間に眠りにつく。


 目が醒めると、魔界少女の姿は部屋になかった。時刻は午前8時を過ぎている。ラティファの言う通り、短い睡眠時間でもスッキリとした目覚めだった。


「おはよう葛さん。みんな朝ごはん終わっちいましたよ。早く起きて下さいね」


 襖が開くと、ラティファが顔を見せる。笑顔の少女は、エプロン姿だ。

 彼女は無理でも。こんな妹がいればなと、葛は妄想する。


「葛さんは、シスコンとかですか?それともロリコン?」


 寝起きの健全な男子に、ラティファの口撃が始まる。


「頼むよラティファ。朝から読心術は使わないでくれ」


 ペロリと舌を出す魔界少女。地上の生活にもだいぶ慣れてきたようだ。


 午後になり、父親の実家には、正木家の親戚達が続々と集まって来た。


「そうか!葛君もいよいよ結婚か!それはめでたい!」


「彼女もいないって言うから、おばさん心配してたのよぉ〜。でも、ステキな彼女じゃない。ノルウェー生まれですって、綺麗な娘さんよねぇ」


「葛が32で、ラティファさんは19歳か。上手くやったな!」


 正木一族の集まり、葛とラティファの話題で持ちきりだった。

 ラティファは、他の若い親戚達と、料理を運んだりお酌をしたりと甲斐甲斐しく働いていた。

 古い家の集まりを、面倒事と思ってはいないようだ。人間ならいい奥さんになるだろう。

 葛がそんな事を考えながら、親戚の相手をしていると、ちょっとした事件が起こった。


「このお姉ちゃん。人じゃないよ!」


 叔母の連れて来た5歳児が、ラティファをジッと見つめて指差している。親戚にお酌をしていた、葛は動きが止まる。


「あらあら、どうしたの?外国の綺麗なお姉さんだから、少し驚いたのかしらね」


 子供の周りにいる叔母達が、5歳児をなだめようとする。


「なんで、みんな見えないの?!」


 男の子は、泣きそうな顔で自分の母親の背に隠れた。


「変な事言わないで。ごめんなさいね、ラティファさん、葛君。久しぶりの遠出で疲れたのね」


 その場はそれで収まったが、5歳児はラティファの近くに寄ろうとはしなかった。


 無事に、お寺での法要が終わり夜になると、親戚達は引き上げて行った。

 夕食中に葛のスマホが鳴る。


「あっ、ごめん電話だ。会社の同僚かも」


 葛は席を立つと、廊下で着信を取る。電話帳にない電話番号だ。


「もしもし、正木葛さんですか?」


 若い女性の声がする。


「そうです。あの、どなたですか?」


「警察の者です。昨日の110番通報ですが、トラブルなど問題はなかったですか?」


 事件性の低い通報で、いちいち警察が動くとは思えない。何かあると考えた葛は、平静を装って答える。


「すいません。酔った友人のイタズラでして。気をつけますんで」


「それならいいのですが、あなたは誰かと会いませんでしたか?その人は人間じゃない可能性があります」


(ニンゲンジャナイ)葛の頭の中で言葉がこだまする。


「それを追う国家機関も存在します。ご家族に身の危険が及ぶ可能性もあるのです。今もその方と、一緒に行動していませんか?」


 警察を名乗る女性は、しつこく食い下がる。


「本当に大丈夫ですから!誰とも会ってません。何か変わった事があれば、こちらからご連絡します!」


 ムキになって葛は電話口に言った。しまったと、思った時にはもう遅い。


「・・・わかりました。少しでも変わった事があれば、必ず連絡して下さい。何時でも結構です」


 電話を切り、食卓に戻ろうと振り向くと、ラティファが立っていた。


「警察からね」


「大丈夫だと思うよ。誰とも会っていないと言っておいたし。本当に警察官かもわからないし」


 葛に近づくと、ラティファが耳元で囁く。


「警察は、バチカン政府の言いなりなの。魔族を人間の敵だと思い込んでる。迷惑をかけるようなら、私は離れる」


 寂しそうな声を出すラティファを、思わず葛は抱きしめる。


「何、言ってんだ。俺との魔術契約があるだろう。側にいてくれよラティファ」


「ありがとう葛。迎えが来るまで、私を守ってね」


 魔界少女の、術中にハマったのかも知れない。だが葛は、身を挺してでもこの娘を守ろうと心に決める。2人は廊下の暗がりで、抱き合う。


「葛、ラティファ、まだ宵の口だぁ。早く飯食って、まぐわうのは離れでやってけろ」


 老婆が廊下に顔を出す。慌てて身体を離すと、2人は食事の続きに部屋へ戻った。


 夜になり、離れ部屋で葛とラティファは2人きりになる。


「ラティファ、昼間のあの子だけどさ」


「幼い子供には、たまにいるんですよねぇ。魔族の正体が見えてしまうのです。何も言わなければ、長生き出来たものを」


「まさか、ラティファ!まだ子供だぞ!」


「冗談ですってば!魔石がなければ、大した魔力は使えません」


(だから、魔族が言うと冗談に聞こえないって!)


 魔界少女のタチの悪い冗談に、葛は戸惑う。確かに、魔女とか魔物のイメージとは違い、ラティファの能力は限定的だ。水晶玉などのアイテムがなければ、魔力の行使すら、出来ないのかも知れない。


 見た目は普通の少女。昼間の5歳児は、一体どんな姿を見たと言うのか?

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