4、婚約者は魔界少女?
日が暮れ始めた頃に、葛の両親が帰宅した。
「お帰り。夕飯はどうする?」
ラティファと留守番をしていた葛は、久しぶりの地上だと言う魔界少女に、パソコンの使い方を教えていた。
「お前、今日はこれから実家に行くと言っておいただろう。まだ準備もしてないのか?」
父親が葛に言う。すっかり葛は予定を忘れていた。
「ああ、そうだった。今日からおばあちゃんの家に行くんだったね」
葛の祖父の七回忌で、明日は親戚が田舎に集まる事になっていた。葛も、月曜と火曜を有給にして、3泊4日で帰省する予定だったのだ。母親が魔界少女に、買い物袋を見せながら言った。
「ラティファちゃんの着替えも買って来たからね。おばあちゃんもラティファちゃんに会えて喜ぶわよねぇ」
両親は魔界少女を、すっかり親戚だと思い込んでいる。葛は、田舎に集まる親戚の人数を頭に浮かべて見た。軽く20人はいる。
(これはマズイな)
(マズイですね。私でも、一度に数十人の記憶改竄は出来ません)
ラティファも、事の重要性に気が付いた様だ。葛と心の声で通信する。
(やむを得ません。私は葛さんの婚約者という記憶に塗り替えましょう)
(婚約者?)
(私だって嫌なんです。ただの恋人では、親戚の集まりに同行するのはおかしいでしょう?)
ラティファの「私だって嫌なんです」のセリフに、葛の心は、少なからずダメージを受ける。
水晶玉を取り出したラティファは、両親の目の前で呪文を唱えた。2日で2回目の記憶操作。葛は、両親の脳内が無事なのか心配になる。
「そうよねぇ。おばあちゃんも葛とラティファちゃんの子供が出来たら、ひ孫が増えるわよ。喜ぶでしょうねぇ」
「彼女の1人も、家に連れて来なかった葛が、いきなり19歳の娘さんと婚約とはな。さすがは我が息子だな」
両親は、塗り替えられた記憶に戸惑っている様子はない。魔族の力、恐るべしだなと葛は思った。
(ラティファ、年齢が19歳の設定はどうなんだ?)
(人間の年齢に換算すると、私は19歳なんです。年の差カップルの方が、ボロが出た時に、葛さんもフォローしやすいでしょう?)
2人はアイコンタクトしながら、心の声で打ち合わせを続ける。魔族のラティファはともかく、葛は頭脳労働に等しい疲れを感じる。
荷物を車に乗せて、正木家から4人は出発した。運転は葛、助手席には父が座る。後部座席のラティファは、田舎でボロが出ないように、葛の両親の記憶を読む。
本人の姿が見える範囲か、身体の一部に触れていないと、記憶を読む事は出来ないとラティファは言っていた。。
パーキングエリアで夕食を摂ると、ラティファがクスクスと笑っている。
「どうしたのラティファちゃん」
葛の母親は、不思議そうに少女を見る。
「いえ、前にお母様から聞いた、葛さんの子供の頃の話が可笑しくて。思い出し笑いです」
笑い顔のラティファは、心底楽しそうに言った。
母親の記憶を読み、葛の幼少期の頃のエピソードを話題にする。話題の中心の本人にしてみれば、かなり恥ずかしい話だが、両親もラティファの笑顔につられて大笑いだ。
(父さん、母さんが、揃ってこんなに笑ったの、久しぶりに見た気がするな)
いつか本当のパートナーと一緒に、この瞬間を再現出来たらいいと、葛は思った。
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警視庁警備局 特捜13係の、美咲と加藤が、葛の自宅へ到着した。
車を降りると、加藤が周辺を見てくると言った。
「車がない。外出中の様だな。美咲ちゃん、波多野警部に報告だ。指示を仰ごう」
「了解しました」
美咲はスマホを取り出すと、羽多野に現況報告をした。電話で話をしている警部は、上に内緒で13係を動かしている。少し声が緊張しているように聞こえる。
「そうか、外出中か。念の為、近くで騒ぎがなかったか聞き込みをしてくれ」
「了解しました警部。監視システムを使って、車の行く先を追うことは出来ませんか?」
すでに一家揃って、魔界からの来訪者か、バチカンに拉致された可能性もある。
美咲にとっては、父親の死の真相の手掛かり。ここで見失う訳にはいかない。
「スマホの現在地は、特定できるように手配している。天堂巡査、焦らない事だ」
「わかりました警部。天堂、加藤の2名は、周辺の聞き込みにあたります」
通話を切り、せめて、通報してきた青年に、警告してやるべきではないだろうか、と美咲は考えていた。




