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マサキカズラのクリスマス  作者: 大野ヨシオ
3/12

3、対魔界機関

 警視庁警備局、特捜課13係。

 数年前にICPOからの要請を受け、政府が設立した特務機関だ。と、言えば聞こえはいいが、実際には、ほとんど機能していない。


「今日も暇だなミサキちゃん」


 天堂美咲(てんどうみさき)の上司である加藤がお茶をすする。60を超えた警部補は、署内で特捜の窓際族と呼ばれていた。

 配属されて3ヶ月。美咲が駆り出された仕事と言えば、生活安全部の手伝いや、警務部の伝票仕分け、泊まりの署員用の夜食手配などなど。雑用請負係となっていた。


「そうですね。警察官が暇なのは良い事ですね」


 美咲は、笑顔でいつもの様に受け答えする。雑用に文句ひとつ言わず、効率よく業務をこなす若い巡査は、どこの部署からも引っ張り凧だ。


(何よ!私だけ忙しいじゃないの!)


 13係は、加藤と美咲の2人しかいない。当然、入りたての新人が、こき使われる運命にある。

 それでも、黙々と業務をこなすのは、これくらいの事はこなして見せるという、美咲の自尊心に他ならない。


 今日も雑用に明け暮れ、そろそろ定時という時間になった頃、署内の波多野が特捜13係にやって来た。


「天堂巡査いるかい?」


「波多野警部、お疲れ様です。どうかしましたか?」


 亡くなった父親の同僚だった波多野は、署内でただ1人、美咲の良き理解者である。


「いや実はな。確かな情報じゃないんだがね。昨日の通報で、特捜13係の出番じゃないかという案件があってね」


「波多野さん、それは穏やかじゃないですね」


 珍しく加藤が、万年定位置の事務机から身を乗り出す。

 波多野が、加藤と美咲を見比べる。


「ちょうどいい。特捜13係に、優秀な天堂君が配属された理由を、説明しておいてもいいだろう」


「わかりました波多野さん。美咲ちゃんには大変な仕事になると思うが、ワシも最後のご奉公だと思って頑張るからな」


 美咲が昼行灯だと思っていた加藤は、珍しく目の色が変わり、刑事の顔になった。


「まずは、外圧によって組織された、対魔界部隊の概要からだな」


 加藤はパソコンを操作して、1枚の画像ををモニターに映し出す。鎖に四肢を繋がれ、黒焦げになるまで焼かれた、人型の生物が映し出される。


「あの、加藤さん。対魔界部隊と仰いましたか?」


 美咲は、聞き間違えかと耳を疑がう。


「天童巡査。君の聞き間違いじゃない。数十年も前から、諸外国の行政には存在していた、魔界対策機関。数年前、いよいよ日本にも、魔界人の出現が確認されてね」


 波多野は、自分のバックからタブレットを取り出し、警視庁のシークレットファイルにアクセスする。美咲に英語で書かれた、PDFファイルを見せる。

 バチカンの国旗と、ICPOのロゴが書類に印字されていた。


「彼らの目的は、今のところわかっていない。ただ、バチカンが特別な協定をICPOと結んでいてね。ICPOの加盟国は、バチカンに協力する義務を負わされている」


「つまり、こういう事ですか?魔界の悪魔や魔女を退治するバチカンに、日本警察は協力する事になっていると?」


 悪い夢でも見ているかの様に、タブレットの公文書を、美咲はめくって行く。

 どれも、政府機関発行の本物の様だ。


「早い話が、その通りなんだが。この写真は魔族とされて、焼かれた遺体なんじゃがな」


 加藤はパソコンのモニターに、捜査資料を映し出す。資料をスクロールさせて、作成した捜査員の名を見ると、美咲は驚いた。


「お父さん!」


「そうだ。天堂警部補は、特務係が設立される前に、魔物やバチカンと遭遇する事になった」


 波多野が言った。

 美咲の父親は、強盗犯に発砲されて死亡した。そう聞かされていた。


「美咲ちゃんのお父さんは、さっきの焼け焦げ写真を公にしようとした。DNA鑑定の結果は、この世のいかなる生物とも一致しなかったそうじゃ。遺体は、すぐに回収されてしまった」


 加藤の話では、1人の青年を数人の外国人が、拉致して連れ去った。現場の市民から通報を受けた美咲の父は、廃工場にたどり着き、火達磨にされた人間と数人の外国人を発見。

 外国人達は、取り調べを受ける事もなく釈放。

 美咲の父が残した捜査資料は、加藤のコピーを除いて、闇へ葬られた。

 そして数週間後。美咲の父親は殉職した。


「私の父は、バチカンに殺された?!」


「天堂巡査、声が大きい。今の所は、その可能性も否定できないが、何の証拠もない。私と加藤は、君のお父さんの無念を晴らすべく、極秘裏に捜査していたんだ。残念ながら真実には至っていないがな」


 波多野が、タブレットを操作すると、音声ファイルを再生する。


「これは、事件の真相を暴くチャンスかも知れない。昨夜の通報だ」


「イタリア語の様ですね。お前も魔族の仲間か?と、言っています」


 美咲は、全てのファイルの転送を波多野に頼んだ。


「電話番号から、スマホの持ち主は特定してある。発信場所は、通報者本人の自宅近くだった様だ。天堂巡査、加藤警部補と捜査にあたってくれ。本格的にバチカンが動く前に、スマホの持ち主と魔族を保護する」


「了解しました。魔族と魔族に接触した市民の安全確保ため、保護に向かいます!」


 美咲と加藤は敬礼すると、足早に駐車場へ向かう。

 父の死の真相。魔族。それを助けたと思われる青年。魔物狩りを目的とする、治外法権のバチカン。

 覆面パトカーに乗り込んだ美咲は、混乱した思考を整理していた。


 美咲は、運転を加藤に任せると、波多野から転送されたPDFに目を通す。機密事項を、私物のタブレットに保管するのは始末書では済まされないが、そう言っていられる場合ではない。


「加藤さんも、父をご存知だったんですね?」


 父親の残した捜査資料には、加藤の名前も出てくる。


「黙っていたのは、ワシの親友の娘を、危険な目に合わせたくなかったからじゃが。美咲ちゃんも、今は刑事だ。必ず事件の真相を暴こうじゃないか」


 初老の加藤が、これほど頼もしく見えたことは無い。美咲は、人の上辺だけで加藤を昼行灯と思っていた、自分を恥ずかしく思った。


 車は高速道路へ入る。サイレンを鳴らして、緊急走行で向かいたい所だが、あくまで推測に基づく捜査に過ぎない。

 父親の死の真相。その手掛かりが、行先にはある。美咲は父親譲りの直感で、そう感じていた。


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