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マサキカズラのクリスマス  作者: 大野ヨシオ
2/12

2、魔法契約

 翌日、昼前まで寝ていた葛は、リビングで少女に挨拶する。


「おはようラティファ。ふぁ〜寝たりないや」


 母親のジャージ姿にエプロンのラティファが、外出した両親に代わり、昼食の準備をする。母親に頼まれたそうだ。

 おかずは、葛の母親の手作りだが、ラティファが卵焼きを作ってくれた。


「卵焼き美味い!我が家とは違った味だな」


 素直に葛が褒めると、ラティファも得意げに言う。


「一応は、人間社会に適応できるように、様々な技術を取得します。料理もその1つです」


「へぇ。任務とは言え、大変だよな」


 着替えの洋服は、母親のサイズがぴったりの様で、色柄さえこだわらなければ、魔界少女に似合わなくもない。


「人間の若い男性は、ずいぶん睡眠時間が長いのですね。魔族と違い、人の一生は短いです。もっと有意義に過ごされたらいかがでしょうか?」


 食事が終わると、ラティファが片付けをしながら葛に言う。

 大きなお世話だと思いながらも、張りのない生活を送ってきた葛は、反論のしようもない。


「彼女でもいれば、別なんだけどな。休みの日は自宅警備隊が、目下の任務さ」


「自宅の警備も任務なのですね。それは失礼しました」


 真顔でそう言う、冗談も通しない少女。魔族とやらは、世間ずれしているようだ。


「葛さんは、自分が彼女と呼べる女性を取得したい。それが願いでよろしいですか?」


「それは、彼女はほしいけど、魔力で出会いとか、いい事なのかな?」


「あら、合コンは出会いのきっかけではありませんか?昨日申しましたように、私の任務は男女の仲を取り持つ事。本来の任務に葛さんは入っていませんが、助けて頂いたお礼をします」


(なんで合コンの事を知ってるんだ?やっぱり、記憶を読まれたんだな)


 自分よりも年下に見えるラティファに、かなり恥ずかしい日常が知られてしまった。赤面を通り越して、開き直りの境地に葛は至る。


「出会いのチャンスと言う意味では、合コンも魔法も一緒かな?ラティファの催眠術で、相手を思い通りに出来るとか?」


「いかがわしい事を考えてませんか?私の記憶の改竄は、自分の事だけを相手の記憶に刷り込む事が出来ます。葛さんとの嘘の記憶を、相手に埋め込む事は出来ません」


 男女の記憶を操作して、カップルを成立させる訳ではないらしい。


「男女の仲をとりもつのに、魅惑があります。魅惑の魔術とは、その人が持っている良い所を目立たせる効果があるんです」


「じゃあ。術にかかった相手を、思い通りに出来る訳じゃないんだ?」


「やっぱり、いかがわしい事を考えていますね。あなたは、思い通りになる性奴隷が欲しいのですか?それとも、苦楽を共にし、心の糧となる恋人が欲しいのですか?」


 ラティファは怒っているように、正面から葛を見据える。


「もちろん彼女さ。いかがわしい事なんか考えてないよ」


 年下の少女に叱責された気分だ。なんとかその場を取り繕う。


「いいでしょう。生まれ落ち、32年と87日間、恋人が1人も出来なかった葛さんに、チャンスを作って差し上げます」


「なんかズバリ言われると気が滅入るけど、宜しくお願いします」


「但し、恋が成就するかは、お相手と貴方次第です。よろしいですね?」


 そう言うと、葛を椅子に座らせたラティファが、目を閉じろと言った。言われた通りにすると、ラティファの顔が近づく気配がある。唇に柔らかな感触が触れ、鼻孔をくすぐる甘い香りがする。


「ファーストキスだったんですが!」


 驚いたのと恥ずかしさで、葛は抗議する。


「魔界では、約束の印を残す習慣があります。万が一の契約不履行は、魂をもって支払って頂きます」


(やっぱり悪魔との契約だ!死んだ後に、死神が魂を回収しに来るんだ。それにしても、柔らかい唇だったなぁ〜。これで、俺の生涯に一片の悔いもないかも!)


「葛さん、もう一度言いますが、私は魔族ですが悪魔でも死神でもありません。それに、約束を守って頂ければ契約不履行(けいやくふりこう)になりません」


 葛の思っている事を、言い当てるラティファ。読心術を使った様だ。


「ラティファ、心を読むのはやめてくれ。それで、契約の内容は?」


「数多くありますが、魅惑の魔法を受けた人間は、パートナーとなる異性に責任を追います」


「恋人との関係に、責任を追うのは当たり前だと思うけど」


「1つ、交際中は浮気をしない事。2つ、相手に嘘をつかない事。3つ、例え事情があって別れても、けして相手を恨まない事。それとですね・・・」


 ラティファの魔法契約は、数十に及んだ。


「今、ラティファが言った事は、恋人同士なら、しごく当たり前の事の様だけど」


 ラティファとの魔法契約を、最後まで聞いて葛は言う。


「当たり前の事が、人類では守られていない様なので、魔族の手を借りて魅惑のスキルを使う人間には、必ず守ってもらう約束事です」


「なるほど。よくわかったよラティファ。それで、俺の魅力ってなんだろう?」


 葛は、自分に魅力的な部分など、ない様な気がした。


「そんな事はありません!101回の不成立の恋に耐え貫いた強さと、けしてめげない信念。職場で、植物扱いされても笑っていられる図太い神経。更には、ネットで見た、幸福そうなカップルにかける呪いの呪文を、本気で信じた純真さ。葛さんは、素晴らしい才能をお持ちです」


「全然、褒められいる気がしないのだけど、どちらかといえば、俺、(けな)されてないかな?」


 職場で植物扱いとは、(まさき)の葛と昔は言われた植物で、現代のテイカカズラの事だ。葛の名の所以(ゆえん)もここから来ている。

 名付け親の祖母が、好きな花だそうだ。

 祖母の口癖は「雑草という名の花はない」事あるごとに、葛が聞かされた言葉だ。


「葛さん。今の貴方に必要なのは、根拠のある自信を持つことです。一生生きて、魔族に出会い、力を借りれる人間が何人いると思いますか?私と出会ったのは、運がある証拠です」


 どれくらいの確率で、魔族に出会えるのか、葛にはわからなかった。


「ちなみにですね。私が、まともに人間の男性と話をしたのは、ずいぶん昔なんです。貴方は幸運ですよ」


「中学生の頃、天中殺男子と言われた俺でもか?」


「自身をお持ちなさい葛さん。貴方の純真さ、ひたむきな心、いつまでも友人の開いてくれた合同コンパを忘れていない、感謝の気持ち。今時の男性に珍しいですよ」


 やっぱり、ラティファにリスられているんじゃないかと、葛は思った。


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